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四話 笑った顔

表現って難しい。

放課後。


私は昨日と同じ空き教室へ向かっていた。

「失礼します」

そっと扉を開けると、もう星奈さんは席に座っていた。


「あ、お疲れさま」

「お、お疲れさまです」

また敬語になってしまう。

「ふふっ」

星奈さんは小さく笑う。


「陽葵って、本当に礼儀正しいね」

「そんなことないです……」

「毎回『失礼します』って教室に入ってくる人、私初めて見たかも」

「えぇっ!?」

そんなに珍しいことだったの?


恥ずかしくなって顔を隠す。

「ご、ごめんなさい……」

「だから謝らなくていいって」

また笑われてしまった。


でも、不思議と嫌な気持ちにはならない。

むしろ、その笑顔を見ると安心した。

「じゃあ、今日も始めようか」

「はい!」


今日の問題は昨日より少しだけ難しい。

でも、昨日教えてもらった『天秤』を思い出しながら解いていく。

「えっと……まず三を反対側に……」

鉛筆を動かす。


途中で少し迷ったけれど。

「……できました」

「見せて」

星奈さんがノートを見る。


数秒後。

「正解」

「やった!」

思わず声が出た。

「あっ……」

嬉しくてはしゃいでしまった。


恥ずかしい。

「ふふっ」

また星奈さんが笑う。

「その笑顔、素敵だね」

「え?」

「陽葵もそんなふうに嬉しそうに笑うんだなって思って」

急にそんなことを言われて、顔が熱くなる。


「そ、そんな……」

「普段は少しっていうか結構大人しいから」

「うぅ……」

穴があったら入りたい。


星奈さんはそんな私を見ながら、楽しそうに笑っている。

「陽葵って、表情が分かりやすいよね」

「そ、そうですか?」

「うん。困ったらすぐ困った顔になるし、分かったらすぐ嬉しそうな顔になる」

「……自分では隠せてるって思ってました」


「全然」

即答だった。

「えぇ……」

思わず机に突っ伏す。


「恥ずかしいです……」

「私は見てて面白いけど」

「面白いって言われました……」

少しだけ拗ねたように言うと。

「ごめんねごめんね」

そう言いながら、星奈さんはまた笑った。

その笑顔を見て、私は気づく。


あれ……?

星奈さんって、最初に会った時よりずっと笑うようになってる。

最初はどこか近寄りがたい雰囲気だったのに。

今は、こんなふうに楽しそうに笑っている。

「……星奈ちゃん」

「ん?」

「笑った顔、すごく素敵です」

言った瞬間。


今度は星奈さんが固まった。

「……え?」

「その……すみません! 変なこと言いました!」

慌てて手を振る。

「違うの、その……」

「……」

星奈さんは少しだけ目を伏せる。


そして。

「ありがとう」

照れくさそうに笑った。

その笑顔は、今まで見たどの表情よりも柔らかかった。

私は思わず見とれてしまう。


「陽葵?」

「あっ!」

また見つめてしまった。

「な、何でもないです!」

慌てて教科書を開く私を見て、星奈さんは小さく吹き出した。


教室には、二人の笑い声が静かに響く。

勉強をするために始まった時間なのに。

気づけば私は、数学よりもこの時間そのものが楽しみになっていた。


雪の結晶が残った春って良いですよね。

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