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毎日夜9時更新です。
話途中で、三人称視点からヒロイン視点に変わります。
深夜の執務室。昼間、談話室でのロゼリッタとレナードの会話が、一言一句違わず再現されていた。報告の主は、侍女のサラである。
「――以上が、お二人の会話のすべてですわ。閣下」
サラは胸を張り、主君のヴィオレルを見据えた。彼女もまた、ハンスやバルトと同じくシュネーベルク家に骨を埋める覚悟を持った、忠実な僕の一人だったのだ。
「……そうか。『不気味ではない』……『大切にされている』と、ロゼリッタが」
ヴィオレルは、緩みきった口角を隠しもせず、その言葉を噛み締めていた。しかし、サラの追撃は止まらない。
「ええ! それにロゼリッタ様は、私のことを『お友達』と呼んでくださったんです! 私、一生あの方にお仕えします。あんなに優しくて丁寧で、お日様みたいに朗らかな主人は他にいませんわ。私とロゼリッタ様は、いわば相思相愛……」
「……待て。相思相愛なのは私と彼女だ。貴様はただの侍女だろう」
「あら、今のところ私の方がロゼリッタ様を笑わせて差し上げてますけど? それに、私は寝ても覚めても、ずっとお側にいますし!」
「……くっ……!」
「それに寝起きのロゼリッタ様の可愛らしさと言ったら。女の私でも、惚れ惚れするくらい……長い睫毛を潤ませて……。ふふっ……あと、私がお喋りしていると安心しきった様子で、うたた寝されるんですよ! だから、私……」
「……貴様……っ!」
本気でメイドに詰め寄ろうとする主君に、壁際に控えていたバルトが深い、深い溜息を吐いた。
「閣下、嫉妬の相手が間違っております。……サラ、次の報告を」
サラは勝ち誇ったように喉を鳴らし、表情を引き締めた。
「レナード様が、城下町の花祭りにロゼリッタ様を誘われました。ロゼリッタ様も、とても行きたそうに頷いておいででしたよ」
「……何だと!? 外に出るなど、まだ無理だ! あの細い体が地吹雪に煽られたらどうする!」
バルトが大きな溜息とともに、静かに首を横に振った。
「今は春風ですよ、閣下。……いいですか、このまま城に閉じ込めて、ロゼリッタ様が『王都に帰りたい』と思い詰めたらどうなさるおつもりで? ここが楽しい場所だと、美味しいものや綺麗なものがたくさんある領地だと、今のうちに刷り込んで差し上げるべきでしょう」
バルトの正論に、ヴィオレルはぐうの音も出ず、苦虫を噛み潰したような顔で「…くっ…分かった」と項垂れた。
〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜
翌朝。食卓を囲む空気は、どこか奇妙な緊張感に満ちていた。ヴィオレル様が、不自然なほど晴れやかな顔で切り出した。
「ロゼリッタ。今日は空も高く、この地にしては珍しく穏やかな陽気だ。……皆で、城下町の花祭りに行かないか?」
その言葉に、私の胸がぱっと高鳴った。私の喜ぶ姿を見て、ヴィオレル様は嬉しそうに微笑む。
「お祭り……! 行ってもよろしいのですか?」
「ああ。隣国の珍しい品々も並ぶ、この辺境では最大の催しだ。君が欲しいものは、店ごと買い与えてもいい」
ヴィオレル様の極端な提案に戸惑っていると、隣に座る兄様が、ぴしゃりと銀のスプーンを置いた。
「卿。私としては、久々の再会ですし、兄妹水入らずで回りたいと考えているのですが。……不気味な護衛がついてきては、ロゼリッタも羽を伸ばせません」
兄様の刺すような言葉に、ヴィオレル様が「ぐっ」と絶句する。私は少しだけ、ヴィオレル様とも歩いてみたいような気持ちがあった。
この気持ちは何だろう……。
ヴィオレル様と一緒にお祭りに行けると思うと、ふわふわと綿毛が風に乗って飛んでいくような心地がしたのに…。
でも、兄様が私の手をそっと握り、寂しげに目を細めた。
「……覚えているかい、ロゼリッタ。昔、王都の祭りで君が迷子にならないよう、こうして手を繋いで回っただろう? 学園に入ってからは、こんな風に過ごす時間は一度もなかった。そして、今も離れ離れだ。今日だけは、昔みたいに、二人だけで楽しませてくれないかな」
「兄様……」
そんな風に言われては、拒めるはずがなかった。
「……はい」
その瞬間。
視界の端で、ヴィオレル様がまるで城壁が崩れ落ちるかのごとく、椅子の上でガクッと項垂れた。
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