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毎日夜9時更新です。

話途中で、三人称視点からヒロイン視点に変わります。

 大食堂に現れた女主人の姿に、控えていた使用人たちの間に困惑が走った。

 用意された最高級のドレスは、痩せすぎた彼女の身体にはあまりに大きく、真紅の絹地に施された金糸の刺繍も、不恰好に浮いている。ロゼリッタが急いで結い上げたのであろう蜂蜜色の髪は、毛先が湿ったまま重たげに垂れ下がっていた。

 給仕に立つ他の侍女たちが、担当だったアイリスとカミラを「どういうこと?」と訝しげな視線で射抜く。二人は屈辱に頬を強張らせ、無言で俯くしかなかった。

 何より、彼女が慣れない手つきで引いた紅は、青白い顔色に浮いていて、お世辞にも似合っているとは言い難い。

 しかし、そんな周囲の冷ややかな空気など、主人の目には一切入っていなかった。


「……ああ、美しい。ロゼリッタ、やはりその色は君によく似合う」


 ヴィオレルはすこぶる上機嫌だった。普段の冷徹さはどこへやら、旺盛に食事を進め、何杯もワインを煽っている。


「私の城へ来てくれたこと、心から感謝しているよ。君がいるだけで、この殺風景な食卓が春の陽だまりのようだ」


 朗々と愛を語る主人の姿に、従者バルトさえ「やれやれ」と天を仰ぐ。

 ヴィオレルに勧められ、ロゼリッタはおずおずとワインを一口含んだ。

 すると、透き通るような白い頬が、熱を帯びたように柔らかな桃色に染まっていく。ヘーゼルの瞳が潤み、その姿だけは、誰の目から見ても愛らしかった。

 けれど、彼女は並べられた豪華な料理には一切手を付けず、ただヴィオレルの言葉に力なく相槌を打つばかりだった。

 その傍らでは、料理長が蒼白な顔で立ち尽くしている。主人の寵愛を受ける女主人が、いつ、どの皿を口に運んでくれるのかーー彼は祈るような心地で、その細い手元を凝視していた。



 〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜



 ……だめだわ。お腹が空いているはずなのに。旅の途中、何度も胃の中を戻してしまったからか……食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐き気がする。


 彼は楽しそうに笑っているけれど、私にはその声が、遠くの雷鳴のようにぼんやりとしか聞こえない。何を聞かれ、何を答えたか、それすら記憶に残らなかった。


 ようやく晩餐が終わり、逃げるように自分の部屋へ戻った。

 重い扉を閉めた瞬間、堰を切ったように苦しさが押し寄せてくる。

「……はぁ、はぁっ……」

 頭が割れるように痛い。

 無理にお湯を浴びて、髪を乾かさぬまま冷気に当たったのがいけなかったのか。それとも、あの一口のワインか。


 暖炉の薪が尽き、凍てつくように冷え切った部屋に、火の気はない。

 体が、火がついたように熱い。

 震える手でドレスの背中を緩めようとしたけれど、力が入らずに指先が空を切る。

 私は這いずるようにして、天蓋付きの大きなベッドに倒れ込んだ。ふかふかの枕に顔を埋めると、そこからも薔薇の香りがした。けれど今の私には、その香りでさえ、息を詰まらせる鎖のように感じてしまう。

 視界がぐにゃりと歪み、闇の中へと沈んでいく。


 父様、母様……。兄様……。

 遠ざかっていく意識の中で、私は二度と戻れない故郷を、声にならない唇で何度も呼んでいた。



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