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3/19

毎日夜9時更新です。

話途中で、三人称視点からヒロイン視点に変わります。

 シュネーベルク城の長い廊下を、二人の侍女が足早に歩いていた。

 一人は、仕事に厳格で冷静なアイリス。もう一人は、手先の器用さと速さが自慢のカミラ。二人は城の中でも精鋭と目される、選りすぐりの使用人だ。

「……信じられないわ」

 カミラが低く、不満げに呟いた。

「閣下が十年も執着して、わざわざ王都から連れてきた女主人が、あんな汚い小娘だなんて」

「声を落としなさい。閣下からは『ロゼリッタの言葉は私の言葉と思え。不敬があれば即座に極刑に処す』と厳命されているのよ」

 アイリスの言葉に、カミラは肩をすくめた。

 彼女たちの目の前には、主人の寝室の隣に用意された、城で最も陽当たりの良い豪奢な客室がある。そこにいるのは、お世辞にも「辺境伯夫人」には見えない、継ぎ接ぎだらけのワンピースを着た痩せた少女だ。

 二人は顔を見合わせ、深呼吸をしてから扉を叩いた。今夜の晩餐ーー主人が愛する女を披露する初めての席に向けて、彼女を「作り変える」のが二人の任務だった。

「失礼いたします、ロゼリッタ様。お召し替えと入浴の準備に参りました」

 部屋に入った二人は、内装に気圧されておどおどとしている少女を一瞥し、内心で愕然とした。 


(これが、あの『白狼』を骨抜きにした女……?)


 しかし、彼女たちの困惑をよそに、時間は無情に過ぎていく。二人は手際よくロゼリッタを取り囲むと、有無を言わさぬ手つきで、その見窄らしいワンピースを脱がせにかかった。


「あ、あの……! 待ってください、自分で、できます!」


 抗うロゼリッタの声を無視して服を脱がせると、二人は再び息を呑んだ。

 露わになったその肌は、貴族の令嬢とは思えないほどに荒れていた。家族を支えてきた証である細い腕と、節くれだった指先。何より、折れてしまいそうなほどに痩せこけた体躯。

 アイリスとカミラは、致し方なくといった風に、しかしヴィオレルの冷徹な命令を思い出して、その体を湯殿へと促した。



 〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜



 連れて行かれた先は、今まで見たこともないほど広くて立派な湯殿だった。

 白い大理石の床、天井には透き通ったガラスの装飾。お湯からは、ふんわりと薔薇の香りが立ち上っている。

「……さあ、ロゼリッタ様。お背中をお流しいたします」

「いえ!結構です!」

 私は慌てて、胸元を隠すように自分を抱きしめた。アイリスとカミラという二人の侍女は、とても綺麗な服を着て、隙のない動きをしている。そんな人たちに、自分のこの荒れた体を見られるなんて、恥ずかしくて耐えられない。


「お風呂くらい、一人で入れます。今までずっとそうしてきましたから。……お化粧も、髪を結うのも、自分でやります。ですから、外でお待ちいただけませんか?」


 私の言葉に、二人は信じられないものを見るような表情で顔を見合わせた。

「……ですが、それでは私共の仕事がございません。閣下に申し開きが立ちませんわ」

「そんな……、仕事だなんて。私ひとりのために、誰かの手を借りるなんて申し訳なくて」

 そう…私は没落寸前の伯爵家の娘だ。お湯があるだけで、石鹸があるだけで十分すぎるほどなのに。

 私が頑なに固辞し続けると、二人は途方に暮れたように立ち尽くしてしまった。

「お二人とも、お忙しいのでしょう? 私は本当に大丈夫ですから。……どうか、ゆっくり休んでください」

 精一杯の気遣いのつもりでそう言ったけれど、二人の顔はますます青ざめていった。彼女たちの仕事を、私は望まずして奪ってしまったらしい。



 私は一人、薔薇の香る湯船に浸かりながら、すでに遠い過去のように思える王都での生活に思いを馳せた。

 家族のために働いていた泥臭い毎日は、もうここにはない。

 居場所を奪われ、代わりに与えられたこの身に余る贅沢が、今の私には重くて、苦しくて仕方がなかった。


 急いでお湯から上がったものの、部屋の暖炉の火はいつの間にか消えかかっていた。手助けを断られた二人の侍女は、もうここにはいない。

 暖炉に薪を焚べようとして、ふと晩餐の時間が迫っていることを思い出す。少しの間なら、火がなくても大丈夫だろうーーそんな甘い考えが、この極寒の地では命取りになるのだと、当時の私はまだ知る由もなかった。


 用意されたドレスは胸元が大きく開き、私の痩せぎすで女らしくない体をかえって強調させるようだった。

 凍えるような空気の中、なかなか乾かない髪。軋む蜂蜜色の髪をなんとか結い上げると、鏡の中には見覚えのある、代わり映えのしない私が映っていた。せめてもの抗いとして、指先で紅を唇に薄く差す。


(こんな……格好で晩餐に出席してもいいのかしら……)


 胸をよぎるのは、拭いきれない不安。二人の侍女に素直にお願いしていれば、こんな惨めな思いはしなかったはずなのに。

 刻一刻と、約束の時間が迫ってくる。遅れて不興を買うわけにはいかない。私は意を決して、冷え切った部屋から立ち上がった。



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