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毎日夜9時更新です。

本話はルカ視点となります。

※キスシーンがあるため、苦手な方は飛ばしてください。

 ただ、この命をあの方の盾として捧げたかった。

 護衛騎士という影の座に身を置けば、誰よりも近くで彼女を感じ、その命の鼓動に耳を澄ませることができる。そう信じて疑わなかった。

 救い出したあの日……絶望の淵から引き揚げた華奢な身体。この世のものとは思えないほど、吸い込まれるような瞳。俺はもう……彼女以外、何も見えなくなっていた。


「貴方が私を助けてくれたの。ありがとう、ルカ」


 その清らかな一言が、血と鉄の味しか知らなかった俺の空虚な人生を、鮮やかな色彩で塗り潰した。俺が生まれてきた理由は、この人を救うためだったのだと。

 彼女の献身的な日々は、見ているこちらが胸を突かれるほどにひたむきだ。

 過酷な淑女教育の合間を縫って、彼女は一心不乱に古書を読み、異国の言葉をその唇に馴染ませていく。俺はただ黙ってその隣に座り、同じ行を追い、同じ難解な綴りに頭を悩ませた。   

 静寂の中に響く、彼女の衣擦れの音。部屋には、彼女と俺だけ。ふとした拍子に、あの瞳と視線がぶつかる。それだけで……今、まさに死が訪れようとも、俺は後悔しないだろう。


 金緑の光を閉じ込めるその双眸に見つめられると、俺の肺から空気が消え、時が永遠に止まればいいと願ってしまう。


 風に解けた蜜色の髪が俺の肌を掠めれば、その甘い香りに脳が痺れ、もはや彼女のいない世界など想像すらできなくなる。


 その唇が、歌うように俺の名を紡ぐたび、全身の髄が沸き立ち、内側から爆ぜるような熱情に身を焦がす。

 彼女がいたずらっぽく笑うたび、俺の愚かな心は「この笑顔を俺だけのものにしたい」という不敬な妄想に支配されるのだ。

 ……しかし、そんな夢想は、一瞬にして絶望へと突き落とされた。

 書物の重みに彼女が身を乗り出した、その一瞬。

 清廉な白磁の胸元に、悍ましいほど鮮やかな「紅」が潜んでいるのを見てしまった。

 それは主君である閣下が、彼女を独占し、蹂躙した証。俺の手では決して触れることのできない、絶対的な支配の刻印。

 その瞬間、俺のなかで何かが決定的に壊れる音がした。

 逆流する血液が、脳内で「奪え」と叫び続けている。

 このまま彼女を攫い、地の果てまで逃げ去りたい。閣下の視線も、誰の指先も届かない場所へ。


 暦は夏至を指そうとしている。

 あの方が他者の腕の中で、永遠の契りを交わす日が来る。

 今日もまた、私室で古書を読み耽るロゼリッタ様。穏やかな黄昏に、うとうとと船を漕ぎ始めた彼女を、俺は横抱きにして寝台に運ぶ。

 起こさぬよう、ゆっくりと。沈み込むロゼリッタ様が小さな吐息を漏らす。芳しい体温が鼻腔を刺激する。

 部屋には、俺とロゼリッタ様だけ。開け放たれた扉も、俺の研ぎ澄まされた感覚の前では無意味だった。廊下には誰もいやしない…。


 深く呼吸をする。

 微かに開く乾いた唇。赤い舌先が無情にも俺を誘ってくる。

 こんなにも欲することがあるのかと……俺の喉が、大きく動く。

 寝台の端に座り、彼女の全てを隈無く観察する。服までも透けて見えるように、身体の線をなぞっていく。





 ガチリ――。

 決して開かれるはずのない、隣室へと繋がる隠し扉が、不意に、けれど重々しく開かれた。


「……貴様、何をしている」


 開いた扉に呆然とする間もなく、ヴィオレル様が俺の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


「何も……してません」

「忘れたか? ロゼリッタに恋したら、殺すぞ」

「…………恋……ですか」


 寝台の端から引き摺り下ろされた俺に見せつけるかのように、寝ているロゼリッタ様に、閣下は覆い被さり口付けを降らせる。指先を静かに蜜色の髪に絡ませ、角度を変えては、何度もロゼリッタ様の清らかな唇に己の唇を押し付ける。俺の握りしめた掌に、爪が食い込み血が滲む。


「ルカ……お前の血で、ロゼリッタの部屋を汚すことは許さない」


 呆然と立ち竦む俺の前で、ロゼリッタ様の聖なる首筋を赤い舌先がなぞっていく。閣下の手がロゼリッタ様の腰を撫で、抱き寄せると、夢現の彼女が腕を閣下の首に回した。

 閣下が俺を一瞥した。


「……消えろ」


 俺は気配を消して、扉を閉めた。

 口付けの水音が、いつまでも耳を離れない。

 俺は閉ざされた扉の前で、ただ一人、立ち尽くしていた。



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