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毎日夜9時更新です。
本話はヴィオレル視点になります。
※キスシーンがあるため、苦手な方は飛ばしてください。
あの日、俺の指先は空を切り、あと一歩というところで彼女を救い損ねた。
城門を誰よりも早く飛び出したのは俺だったはずだ。それなのに、ルカの野性的な直感は、俺の想定を軽々と飛び越えていった。
かつて父が拾い上げたあの痩せ細った孤児が、これほどまでに強大な存在へと化けるなど、誰が予想しただろう。夜の闇を溶かし込んだような黒髪と、褐色の肌。無駄を削ぎ落としたしなやかな肢体は、猛獣のような美しさを湛えている。
剣技であれば俺が勝る。だが、弓を握らせれば、この国のどこを探しても彼の右に出る者はいない。
共に育ち、時には弟のように慈しみ、時には兄のように慕われた記憶。その穏やかな絆は、あの救出劇の瞬間、鋭利な刃によって無慈悲に両断された。
俺の元へ戻ってきたロゼリッタは、ルカの逞しい腕に力なく身を委ねていた。彼女の細い手首に滲む鮮血が、俺の無力を嘲笑うように、胸の奥を激しく抉り続ける。
俺が口にできるのは、無様な謝罪だけだった。しかし、彼女は「騎士団長に助けられたの」と、感謝を告げた。あまつさえ、ルカは彼女の傍に留まることを志願した。
その時からだ。俺の日常を司っていた正確な歯車が、異音を立てて狂い始めたのは。
今の城内では、彼女の背後に必ず、漆黒の影が控えている。
ロゼリッタが陽だまりのような微笑を見せれば、ルカの無表情な顔にも微かな揺らぎが生まれる。感情を殺して生きてきたあいつが、他人の前で表情を崩すなど、かつて一度として見たことがなかった。
他愛もない会話、交わされる視線。彼女が彼の名を呼び、彼がそれに二つ返事で応える。寄り添う二人の姿は、傍目には仲睦まじい恋人同士のように映り、その光景を幻視するたびに、俺の理性は焼き切れるような苦痛に悲鳴を上げる。
執務の合間、彼女の私室を訪れた時のことだ。
開け放たれた扉の先で、事もあろうに、ルカが彼女の横から覆い被さるようにして本を覗き込んでいた。ルカの指が頁の一文を示し、何事かを囁くと、彼女は吸い寄せられるように顔を上げる。
重なり合う寸前の距離で、互いの瞳を溶かし合う二人。
俺の存在に気づいた彼女が駆け寄ってきても、俺の網膜には、去り際に再び距離を詰める「二人の輪郭」が焼き付いて離れない。
夜。
膝の上で、深い眠りに落ちた彼女を抱き寄せる。
月の光に照らされた無防備な項を見つめ、俺は音もなく彼女に覆い被さった。
せめて夢の中だけでも、彼女の意識を俺だけで染め上げたい。目覚めぬように慎重に、しかし抗い難い衝動に突き動かされ、白磁のように滑らかな首筋へと唇を這わせる。
華奢な鎖骨の窪みに、誰の目にも明らかな「俺の所有」を告げる紅い刻印を深く刻みつけた。幾重もの紅薔薇が散るように…。
心も、身体も、その瞳に映る景色さえも。全ては俺のものだ。
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