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毎日夜9時更新です。
話途中で、三人称視点からヒロイン視点に変わります。
白々と明ける東の空。シュネーベルク城の朝は、慌ただしく幕を開けた。
今日、レナードが王都へと帰還する。厩舎では彼のために馬が整えられ、立ち働く使用人たちの足音が廊下に響いていた。料理長の罵声が飛び、選りすぐりの食材を使った朝食が用意される。そんな喧騒をどこ吹く風で、子犬のレオは元気いっぱいに城の中を走り回っていた。
「こら、レオ。皆さんの邪魔をしてはだめよ」
朝食を終えたロゼリッタが庭で手製の鞠を投げると、レオは短い足で一生懸命にそれを追いかけた。スカートの裾を甘噛みしたかと思えば、次はブーツに果敢にじゃれついている。庭に響くロゼリッタの笑い声。その様子を、少し離れた場所でヴィオレルが腕を組んで見守っていた。
「……おっと、危ない! 転んでも怪我をしないよう、もっと広く、柔らかい芝生が必要だな」
真顔で独り言を漏らす主君に、背後に控えていたバルトは小さく肩を揺らした。
やがて、別れの時が訪れる。
馬に跨ったレナードが、寂しげに目を細めて妹を見下ろす。
「ロゼリッタ、いつでも手紙を書くんだぞ」
「ええ! 兄様もお身体に気をつけて」
遠ざかっていく蹄の音を聞きながら、ロゼリッタは無意識に、隣に立つヴィオレルの軍服の袖をぎゅっと握りしめていた。それに気付いたヴィオレルは、そっと彼女を抱き寄せた。
「ロゼリッタ、寂しいか?」
「……ええ、少し……」
二人が見つめ合う様子を見て、臣下たちは昨日までとは決定的に違う二人の関係を察する。
「またすぐに会えるよ」
「……え?……」
瞳を瞬かせるロゼリッタ。ヴィオレルの言葉足らずな説明に、バルトは茶目っ気たっぷりに補足した。
「ロゼリッタ様、夏至の日には、この城で盛大な結婚式が開かれますからな。レナード殿だけじゃなく、ご両親にもお会いになれますよ」
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……夏至の日。
あと数ヶ月もしないうちに、私は正式にこの地の女主人になるのだ。
私の心臓は大きく跳ねる。急に芽生えた責任感に、私は意を決してハンスに向き直った。
「ハンス、私に女主人の仕事を教えてください。ただ守られるだけでなく、ヴィオレル様のお役に立ちたいのです」
すると、ヴィオレル様が困ったように眉を下げた。
「無理はしなくていい。君が笑ってそこにいてくれるだけで、私は救われるんだ」
「そんな……私はあなたの支えになりたいのです」
私が食い下がると、彼は愛おしそうに目を細め、私の手を取った。そして、その甲に深く、熱い誓いを刻むように口付けた。
「ならば、まずは身体を大切にしてくれ。それが私の唯一の希望だ」
あまりにも優しい彼。思い返すと、彼はいつでも私に優しかった。彼の朝焼け色の瞳が、甘く私に微笑む。そう………彼は、いつだって優しかった。
夜。
寝室で一人、月明かりの中、窓の外を眺める。
窓を開けるとふわっと湿った風が吹いた。城下町の燈が揺らめき、人々の営みの音が聞こえてくる。いつの間にか…この北の大地が好きになっていた。
彼のことも……。
目を背けることができないほどの恋心。初めての恋。一度、自覚してしまうと、彼が隣の部屋にいることが、私を落ち着かなくさせる。ふと、自室と彼の寝室を繋ぐ扉が目に留まった。昨日までは決して開けることのなかった、境界線。
(……少しだけ、お顔を見たいわ。そして、おやすみなさいって彼に言うの……)
恐る恐る扉を開けてみる。するとそこには、入浴したてで、シャツをはだけさせた無防備なヴィオレル様の姿があった。
「きゃっ……! ご、ごめんなさい!」
慌てて扉を閉じようとする私の手を、彼が驚きつつも優しく引き留める。
「謝ることはない。ここは君の部屋でもあるんだ。いつでも入ってきていい」
「……おやすみなさいって、言いたかっただけなの……」
恥ずかしいくらい耳が熱い。彼は私の手を引き、部屋に招き入れた。
「……っ!ロゼリッタ、手が冷たい」
「え?」
「また侍女がさぼったな! 懲らしめてやる!」
「ち、違うんです! やめて!」
ギリギリと歯軋りする彼を、私は誤解を解くようにぎゅうと抱きしめた。すると、彼の熱い身体は、夜風で冷えた私を抱きしめ返してくれる。
「…とても温かいわ」
「一生、熱い私の体温で君を包むと約束したはずだ」
「ふふっ…、毎日、おやすみを言いに来てもいいですか?」
「……え!?」
「……さっき…いつでも入ってきていいって言ってくれたから」
私の問いかけに、彼は顔を真っ赤にして頷いた。
「もちろんだ。この部屋にある大きな寝台は、いずれ二人のものになる場所だからな」
今度は、私が驚く番だった。
「私たちの……!?」
「……そうだ」
彼の低い声が、夜の静寂に甘く響く。
見つめ合う二人。ヴィオレル様の瞳に吸い込まれていく。口付けを乞うかのように沈んでいく瞼。
震える私の首筋を撫で、柔らかく髪を絡ませた彼の指が私を引き寄せると、私の唇が彼の熱に溶かされていく。
夢を見ているかのような淡い口付け。
「夏至の日が、待ち遠しくてたまらない」
彼の胸の鼓動を感じながら、私も同じ気持ちで、静かに目を閉じた。
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