Menu 71 ~ フルーツサンド ~
8時
クロエとアルと一緒に開店準備をしていると、外から店の前で車輪が止まったような音が聞こえた……気がした。
「ん?」
「あら?どうかしたの?タクトさん。」
「いや……今、店の前で馬車が止まったような音が……気のせいかな?」
「ううん。気のせいじゃないみたいだよ、タクトさん。」
アルがそう言った直後、店の外から声が聞こえてきた。
「何じゃ!?タクトくんの店の形が少し変わっておるぞ!?」
「大旦那様。本当にこのお店なのですか?大通りからかなり離れていますが……」
「うむ!秘密の隠れ家的な店だ。此処の料理は本当に美味いぞ。」
「うん。お菓子も美味しい。」
「お嬢様まで……御二人がそう仰るのでしたら……」
「あの声は、ヨハンさんね。」
「アル。開店前だけど、ヨハンさん達を店内に案内してくれ。」
「はぁい。」
アルが店の扉を開け、外に居るヨハン達を出迎える。
「おはようございます!ヨハンさん。」
「おや?君は確か……そうだ、アルさんだ。例の件は儂も新聞で読んだが……そうか!そうか!君も此処で働くことになったのだな。」
「はい!タクトさん達に会いに来られたんですよね?どうぞ、店内へ!」
「うむ!ありがとう。」
店の扉が開き、ヨハンとコレット、それと……初めて見る女の人が入ってきた。
綺麗な黒色の長髪で、ロングスカートタイプのメイド服を着ている。
「おはようございます、ヨハンさん。」
「うむっ!すまぬな、開店前だというのに。予定よりも早くアリアータに着いてな。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「どうぞ、コーヒーです。コレットちゃんには、オレンジジュースを。」
「ありがとう!クロエさん。」
「あの……」
「はい。何でしょう?」
「この飲み物も有難く頂きますが、その……私にも、お嬢様と同じそちらの飲み物を頂けますか?」
「もちろんです。すぐにお持ちしますね。」
「ヨハンさん。そちらの方は?」
「おぉ!そうだった。彼女は『 セレス 』。以前話した、コレット専属のパティシエだ。」
「あぁ!コレットちゃんのおやつを担当されてるという。」
「初めまして。お話は大旦那様から伺っております。何やら、とっても美味しいお料理を提供されているとのことですが……」
「ヨハンさん。セレスさんにどら焼きを……」
俺が質問すると、ヨハンはスッ……と視線を逸らした。
どうやら、以前来店した時に持ち帰ったお土産のどら焼きは、彼と彼の身内だけで食べ終えてしまったのだろう。
セレスの口には入らなかったようだ。
「ん~……美味いかどうかは個人の判断だし……皆さん、朝食は?」
「此処に来るのだからな。まだ朝食は取っておらんよ。」
「わかりました。それじゃあ、すぐに準備します。セレスさんにも、実際に食べてもらって判断してもらいたいですし。」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、必要な材料を出現させる。
「セレスさん。この食材の中で知らない物は無いですか?」
「全て存じております。白パンに牛の乳、それとイチゴですね。ただ、違いがあるとすれば、砂糖が私の知っている物より、ずっと白いということくらいでしょうか。」
「そっか。何にせよ、全部こっちの世界で手に入るっていうのなら、問題無いな。」
俺は牛乳に砂糖を入れて生クリームを作り始める。
「アル。このイチゴの葉っぱを取って、縦半分に切ってくれ。」
「うん!」
「どうぞ、セレスさん。オレンジジュースです。」
「あっ……ありがとうございます。」
セレスがクロエからオレンジジュースを受け取り、グラスに口を付ける。
「ごく………美味しい。コーヒーという飲み物も良い香りですが、こちらも柑橘の良い香りがして……砂糖が入っていない、自然な甘さで。」
「コレットちゃんには、少し苦かったかしら?」
「ううん。大丈夫。とっても美味しいです!」
「これなら……量を集めて、絞る手間はかかりますが、お嬢様のおやつの時だけでなく、こうして朝食の時にも提供ができますね。」
セレスが今後のことを考えている前で俺は白パンを薄く切り分ける。
「あの、タクトさん。白パンのその茶色い部分は使用されないのですか?」
「ん?あぁ。耳の部分は使用してもしなくても、どっちでも良いんだけど、今回は使用しない方向で。このまま捨てるっていう、食材を粗末に扱うような真似はしないから安心してくれ。」
俺は食パンに生クリームを塗り、アルに切ってもらったイチゴを乗せて、更に上から生クリームを塗って
食パンでサンドする。
「この状態で切っても良いんだけど、今のままだと生クリームがまだ緩いからな……」
追加で出現したラップを使って料理を包み、その上から包丁を使って斜めに2等分する。
「タクトくん。その透明な紙は何だね?」
「あぁ。ラップっていう食品を保存するための物です。スープは流石に無理ですが、固形の物ならこうして包むことができます。」
「ほぅ!タクトくんの居た世界には、便利な物があるのだな。」
「そうですね。ラップでしたか?あの道具があれば、隙あらば料理に寄って来ようとする害虫から、料理を守ることもできます。」
「あら?セレスさんは、タクトさんが使う異世界の道具を見ても驚かれないのですね。」
「はい。こちらへ来る前に、大旦那様からある程度のお話は伺っておりましたので。」
「お待たせしました。どうぞ、フルーツサンドです。」
俺は皿に盛りつけたフルーツサンドをヨハン達3人に提供する。
「うむ!ありがとう、タクトくん。では……早速頂くとするか。」
「うん!いただきます!」
「いただきます。」
ヨハン達が、フルーツサンドを手に持ち、口へと運ぶ。
「もぐ……もぐ……んっ!甘い!とっても美味しい!」
「うむ!牛の乳の甘さとイチゴの甘酸っぱさが合わさって、美味いな、これは!」
満面の笑みを浮かべて食べるコレットと、それに同調するように優しく微笑んでいるヨハンの隣で
セレスが真面目な顔をしながら黙々とフルーツサンドを食べている。
「あの……セレスさん。もしかして、口に合わなかったかな?」
「いえ!とんでもない!純粋に驚いていたのです。牛の乳のクリームの自然な甘さや、食材1つ1つの味は既知だったのですが、それがこうして1つの料理として組み合わせることができるという事実に……あぁ……とっても、とっても美味しいです!」
「ははっ、それならよかった。それじゃあ、はい。これはクロエとアルの分。試食ってことで。」
「まぁ!ありがとう、タクトさん!」
「ありがとう!」
クロエとアルにフルーツサンドを渡した後、俺は残ったパンの耳を置いておいた皿を手に取る。
「ん?タクトくん。その端の部分をどうするのだね?」
「あぁ。これはですね……」
フルーツサンドを作っている途中で熱しておいた油が入った鍋に、パンの耳を投入する。
「なっ!?その部分を揚げるのですか!?」
「どうやら、セレスさんが想像していた処理方法とは違ったみてぇだな。」
「はい。バターやジャムを付けて、そのまま食べるのかと……」
「あぁ~……まぁ、それが普通なのかもな。」
俺は油の中からパンの耳を取り出し、油をよく切りつつ、上から砂糖を振りかける。
「どうぞ。ラスクです。熱いから気を付けて。」
「ほぅ!では……」
ヨハン達はラスクを1本ずつ手に取り、口へと運んだ。
「んっ!んっ!おじい様!これも、とっても美味しいです!甘くて、サクサクして!」
「あぁ、そうだな。ただ、揚げ物だからな……儂は少しだけにしておこう。」
「あっ!ごめん、ヨハンさん。そこまで配慮できてなくて。」
「いやいや!タクトくんは何も悪く無い!むしろ、感謝しておるよ。」
ヨハンはそう言いながら、隣に座っていたセレスへと視線を向ける。
「まさか……白パンの端の部分が、こんな……こんな、簡単に作れて、しかもとっても美味しいお菓子になるなんて……凄い、凄いです!」
「食べる部分をもっと増やしたいなら、2~3日経って固くなってしまった白パンを縦半分に切ってから、同じようにすれば良いよ。ただ……こっちの世界では油は高価で、そうポンポン使えないんだよな。だから、油が使えない時は、パンに砂糖をまぶしてから低温のオーブンで10分くらい焼いて作る方法もあるから、そっちを実践してみてください。」
「なるほど、なるほど。」
俺が説明したことを、セレスが物凄く真剣にメモを取っている。
「おじい様。フルーツサンド、お代わりをお願いしても良いですか?」
「うむ。ラスクも分け合って食べた分、お腹の具合に余裕があるからな。儂ももう1皿くらいなら……タクトくん、フルーツサンドのお代わりを頂けるかな?」
「わかりました。それじゃあ……」
【 創造 】のスキルを発動させ、既に完成されたフルーツサンドを3皿出現させる。
「おや?タクトくん。今度のフルーツサンドのクリームは色が違うのだな。」
「はい。随分と黄色いですね。」
「これはカスタードクリームっていう、卵黄と砂糖を白っぽくなるまで混ぜた後、薄力粉を入れて更に混ぜて、沸騰寸前まで温めた牛乳を少しずつ入れた後、再度温めながら混ぜて、とろみがついたのを確認してから冷ました物です。」
「ほう!卵を使っておるのか。どれ……」
ヨハン達はカスタードクリームを使ったフルーツサンドを手に取り、口へと運んだ。
「もぐ……もぐ……んっ!おじい様!これもとっても美味しいです!」
「うむ!卵が加わった分、味も濃くなったな!」
「それに、薄力粉が入っているので、生クリームよりもしっかりしていて……白パンに挟んで、切り分けることを考えるのであれば、こちらの方が良いかもしれませんね。」
微笑みながら食べるヨハンとコレットとは対照的に、セレスが相変わらず真剣な表情でフルーツサンドを完食した。
「ふぅ……ごちそう様でした!ありがとう、タクトさん!」
「おぅ。お粗末様。」
「あの!タクトさん。カスタードクリームの作り方、もう一度、教えていただけますか?」
「もちろん!」
「それと、先程牛乳を『 少しずつ 』注ぐと敢えて仰ったのには、何か理由があるのですか?」
「あぁ。温かい牛乳を一気に注いでしまうと、卵が固まってしまうんだよ。だからその分、混ぜるのにも時間が掛かるし、完成形が『 クリーム 』って言えないくらい固い物になる。」
「なるほど、なるほど。」
「はっはっは!では、今のうちに支払いをしておくか。クロエさん。代金は幾らかね?」
「はい。タクトさん。ラスクの代金はどうしましょう?」
「ん?ん~……コーヒーとオレンジジュースは今回サービス、ラスクは試食ってことで。」
「わかったわ。なので、フルーツサンドが銅貨3枚が2皿ずつ、それが3人分なので、銀貨1枚と銅貨8枚です。」
「うむ!承知した。」
ヨハンは財布からお金を取り出し、クロエに支払った。
「はい!確かに、丁度いただきます。」
「いやいや、こちらこそ。本日頂いた料理も美味かった!……それでな、タクトくん。」
「はい。お土産ですか?」
「それはそれで魅力的な提案だが、今回は別件でな。ほら、近いうちに秋の大市があるだろう?」
「え?そっか……確か、春と秋の2回、大市があるんだっけ?」
「そうだよ。タクトさん、よく知ってたね。」
「以前、優秀な先生に教えてもらってな。」
俺はそう言いながらクロエの方を見る。
俺の視線に気づいたのか、クロエが何も言わずに優しい微笑みを返してきた。
「儂とコレット、セレスは大市が終わるまでの間、グウェルの来客として彼の屋敷で世話になることになっておるのだが……その間、流石に毎日というわけにはいかんことぐらい承知しているが時々で良い。以前も申したが、このセレスに色々とお菓子のレシピを教えてやってくれんか?」
「お願いします!お店の方が、そう簡単にレシピを教えてくださるとは思っておりませんが、どうか!少しでも、お嬢様に美味しいお菓子を作って差し上げたいのです!」
深々と頭を下げたセレスの方から、ゴンッ!という鈍い音が聞こえてきた。
どうやら、カウンター席に額をぶつけてしまったらしい。
「頭を上げてくれ、セレスさん。前にヨハンさんにも言ったんだけど、ウチは他の店と違って、レシピを訊かれたら普通に教えますから。ただ……材料の都合で教えられない物もありますけど。」
「材料……なるほど。本日フルーツサンドを出してくださったのは、そういうことなのですね。使用された物は、どれもこちらの世界でも入手可能な物ですから。」
「セレスさんのことはタクトさんにお任せするとして……ヨハンさん。コレットちゃんがしばらくこのアリアータに滞在するのは大丈夫なのですか?以前、コレットちゃんは『 子どもながらに多忙 』と仰っていたので……」
「ボクは領主様や貴族様のことは、あんまり詳しく知らないけど……それでも、執務や社交界みたいなので忙しそうなイメージはあるかな。」
「うむ。普段はそうなのだが……せっかくの祭りの時期だ。コレットにもバルニアの町以外の景色も見せてやりたいし、屋敷の者以外の人と触れ合う機会を設けてやりたいと思ってな。もちろん、この子の両親の許可は得ている。」
「そうですか。それなら、安心ですね。」
「何より、儂がこの店に集まる常連の皆と、コレットを会わしてやりたいのだ。孫の自慢ではなく、クレス君達のような冒険者、ヒルダさんやロイドくんのような職人、アンネリーさんやゲボルグ殿のような人間以外の種族……此処にはいろんな人が集まるからな。この子にとって、良い経験になると思うのだ。」
「そうですね。聖職者のテレサさんや、領主のグウェルさん。ターニャやユリア、引退しましたけどソニアのような軍に属する者も来店しますし。」
「先日、東のショウカ大陸からのお客様も増えたよね。」
「何と!異国の方まで!それは是非、儂も会ってみたいものだ。」
「聞こえてましたよ。ウチはいつでも歓迎です。コレットちゃん、いつでも遊びに来てくれて良いからな。」
「ありがとう!タクトさん!」
「タクトー!腹減ったから、何か作ってくれ!」
そんな声と共に店が開き、クレスが入ってきた。
「お前な……」
「いらっしゃいませ、クレスさん!」
「おう!おはよう、アル!……って、ヨハンさん!?あれ?俺、何か不味いタイミングで入って来ちまったか?何だったら、時間を改めようか?」
「何をそんなに慌ててんだよ。ヨハンさんとはもう何回か会ってるだろ?」
「はっはっは!いやいや、構わん。もっと気を楽にしたまえ、クレスくん。」
「そ……そうですか?ん?初めて見る人が……」
「あぁ、実はな……」
クレスにコレットとセレスを紹介し、今回の件を話しながら
店はゆっくりと営業時間を迎えていった。




