Menu 70 ~ 親子丼 ~
21時
この辺りから常連さん達の利用が落ち着き、時々夜勤のターニャが来店するくらいになる。
「さてと……2人共、遅くなっちまったけど、そろそろ晩飯にしようか。」
「うん!ねぇねぇ、タクトさん。今日は何を作るの?」
「そうだな……親子丼でも作ろうかな。」
「親子丼……丼ということは、牛丼や鰻丼のように、お米の上に何かを乗せる料理なのね。」
「あぁ。本当に簡単だから、すぐにできるよ。」
【 創造 】のスキルで出した鶏腿肉を切っていると、すぐ傍から2人の視線を感じる。
「どうしたんだ?2人共。座って待っててくれていいんだぞ?」
「えぇ。でも、簡単な料理のようだし、せっかくなら作り方を見ておこうと思って。」
「タクトさんが料理を作っている所を見るの、楽しいんだよね。」
「そっか。それじゃあ、ちゃんと見て、覚えてくれ。」
俺はスキルで出した専用の鍋3つに、ダシ醤油とみりん、砂糖で作った割り下をそれぞれ注いで
火を点ける。
「変わった鍋ね。タクトさん、これは何という鍋なの?」
「そのまんま、親子鍋っていうんだ。この親子丼や、カツ丼っていう別の丼物を作る時に、丁度良いんだよ。」
むしろ、この2つを使う以外で、あんまり使っている所を見たことが無い。
「ここに、鶏肉を入れて、鶏肉に火が通ってきたら、溶いた卵を注いでいく。」
「なるほど!鶏肉と卵を使うから、親子なんだね!」
「その通り。ちなみに、この鶏肉を豚肉に変えると、他人丼っていうのになる。」
「ふふっ、面白いわね。食材が変わるだけで、名前まで……でも、そうよね。豚は卵を産まないものね。」
「まぁ、他人丼は他人丼で美味しいんだけどな。さてと……残りの卵を注いで……火を止めて蓋をする。」
「えっ!?タクトさん。それだと、生のままなんじゃ……」
「いや、今は余熱で卵に火を通しているんだ。こうすると、卵が半熟っていう……そうだな……スクランブルエッグみたいな状態になる。」
ちょっと違うんだろうけど、トロトロになった卵の説明をするなら、これが1番アル達には伝わると思う。
「で、これを丼飯のうえにかけて、三つ葉を置いて……親子丼の完成だ。」
「良い匂い……タクトさん!早く食べよう!」
「おう!」
俺達はそれぞれ1つずつ丼鉢を持ち、少し広くした職員用の休憩スペースへと移動する。
「では……いただきます。」
「「いただきます!」」
俺は箸で、クロエとアルはスプーンで親子丼を掬い、口の中へと運んだ。
「はむ……もぐ……もぐ……んっ、ん~!美味しい!」
「本当!鶏肉はモチモチで、卵はトロトロ……このミツバというハーブも、良い香りね。」
「うん。久しぶりに作ったけど、良い感じだ。」
「親子……親子かぁ……」
「ん?アル。御両親に会いたくなったのか?だったら、休暇を取ってベゼットに帰っても良いんだぞ?」
「ん~……そうだね。今はタクトさんとクロエさんと一緒に仕事しているのが楽しいから、こっちに専念したいけど、そのうちお願いしてもいいかな?」
「もちろん。」
そんな話をしていた時、来客を知らせる鈴の音が鳴り響いた。
「ん?お客さんか。」
「ちょうど食べ終わったし、タクトさん。私が行くわね。」
「あぁ、頼む。」
クロエが席を立ち、来客の元へと駆け付ける。
「いらっしゃいませ!ようこそ、レストラン・タクトへ。」
「ほう……『 れすとらん 』というと……此処は食堂なのか?」
初めて聞く声に興味を持ち、カウンターから顔を覗かせると1人の中年……初老?の男性が立っていた。
白くて長い髪を頭の後ろで1束に結い、時代劇でよく見る胴着と黒色の袴を着ていて、
腰帯に刀を2本刺している。
「はい!どうぞ、お好きな席へ。」
「ふむ……お嬢さん。あそこの席に座ると、厨房を見ながら、顔を覗かせている彼と話すことができるのか?」
「カウンター席ですね。はい、可能ですよ。」
「では、あちらを利用させてもらおう。」
男性はゆったりとした動作で、俺の真正面のカウンター席に座った。
「貴殿が店主か?お初にお目にかかる。拙者の名は『 ゲンシュウ 』。東の『 ショウカ大陸 』から海を渡り、先程この地に降り立ったのだが……宿を確保したり、その他諸々の手続きに手間取っている間に、このような時間になってしまってな……」
「そっか。異国の方だったか。俺はタクトっていいます。よろしく、ゲンシュウ殿。」
「うむ。よろしく。」
「どうぞ、ゲンシュウさん。お水とおしぼり、メニューです。」
クロエがそう言いながら、ゲンシュウに水とおしぼり、メニューを提供する。
「ん?水……?拙者はまだ注文をしておらんが?」
「あぁ、その水は無料なので、遠慮しないで飲んでください。」
「ほぅ!このように澄んだ水が無料なのか。ありがたい。では、遠慮なく……」
ゲンシュウは嬉しそうに、グラスに入った水を飲み干す。
「あの、ゲンシュウさん。」
「む?何だ?あ~……えっと……」
「あぁ。ゲンシュウ殿、彼女達がウチの給仕で、髪を結っている方の女性がクロエ、髪が短い女性がアルっていいます。」
「そうか。うむ、では、アル殿。拙者に何か?」
「ゲンシュウさん、別の大陸から来たんだよね?凄く失礼なことを訊くんだけど……この大陸の文字、読めますか?」
「いやぁ……お恥ずかしながら、先程申した宿の手配等に手間取ったのがそこでな。こうして話すことはできるのだが、文字が全く違うので……書面に己の名を記載して、受付の方に理解してもらうのに時間がかかってしまったのだよ。」
「なるほど。ゲボルグと似たようなモンか。なら、ゲンシュウ殿。そのメニュー……お品書きに載っている食べ物で、興味がある物があれば、指差して教えてください。」
「もしくは、何か食べたい物があるのでしたら、タクトさんに相談してくだされば、メニューに載っていない物でも、作ってくれますよ。」
「ほう!それならば……タクト殿。先程から店内にダシと醤油の良い香りが漂っておるのだが……この匂いは料理の物であろう?よければ、この匂いの物を作ってはくださらぬか?」
「あいよ!」
俺は注文を受け、早速親子丼を作り始める。
それにしても……ゲンシュウの風貌から、ダシや醤油のことを知ってそうだな……とは思っていたけど
やっぱりか。
「む?この大陸にも、米が存在するのか。ショウカから輸出されたという報は聞いたことがないのだが……」
「あっ、タクトさんのお料理は特別なんです。」
「異世界の料理だもんね。」
「クロエ殿、アル殿。タクト殿の料理が異世界の物……というのは……?」
「あぁ、実はですね……」
クロエとアルが俺の代わりに、ゲンシュウに俺のことを話してくれた。
「ほう……御伽噺のような内容ではあるが……この御品書きを見た感じ、クロエ殿やアル殿が冗談を申しているとは思えん。妖の類にはどうにも見えんし……タクト殿が異世界から参ったというのは、真のことなのだろうな。」
「まぁ、飲食店として、食えない物は出さないから安心してくれ。よし……できた。はい!親子丼、お待ちどぉ!」
俺は完成した親子丼を、ゲンシュウの前に置いた。
「おぉ……良い香りだ。では、いただきます。」
ゲンシュウは箸を使って親子丼を掬い、口へと運ぶ。
「もぐ……もぐ……んっ!美味い……いや、実に美味いな!この親子丼という料理!卵も鶏肉も甘く味付けされ、下の米も……拙者が知っている物よりもふっくらしていて、ほのかに甘い……」
「ゲンシュウさん、タクトさんと同じように、その箸っていうのを使って食べるんだね。」
「うむ。慣れ親しんだ物だからな。」
「お米や醤油のことも知っていたし……ゲンシュウさんとタクトさんって、住んでいた場所は違っていたけど、文化に関しては似ていたのかもしれないわね。」
「あぁ。俺もそれは思ってた。」
「いや、しかし、米や卵、肉は既知の物だが、こうして1つの料理にするという発想は無かった。タクト殿が以前住んでいたという世界は、文化こそ拙者達のそれと近いのかもしれんが、食に関しては非常に柔軟だったのだな。」
ゲンシュウは1人納得したように頷きながら、親子丼を完食した。
「ふぅ……満足した!タクト殿、馳走になった!」
「おぅ!お粗末様。」
「して……代金なのだが、幾らするのだ?」
「えっと……親子丼は、銅貨7枚だな。」
「ふむ。銅貨……銅貨…………む?すまぬ、クロエ殿。」
「何ですか?ゲンシュウさん。」
「以前、ショウカで商いの手伝いをした際、僅かばかしだが、この地の物であろう硬貨を得たのだ。実際、この地の宿で使えたのでな。だが……それだけだ。今の拙者の財布には、ショウカで使われている硬貨しか入っておらんのだ。なので、拙者も説明する故、こちらの大陸での価値を教えてくれないだろうか?」
「もちろんです。ご説明させていただきますね。」
ゲンシュウが財布の中から某忍者の卵の作品で、主人公の同級生の、ドケチな生徒が集めているような
小銭を取り出してカウンター席の上に置き、その1枚の価値を話しながらクロエと相談する。
「…………ふむ、なるほど。では、タクト殿。ショウカの銭で申し訳ないが、これで銅貨7枚相当になる。受け取ってくだされ。」
「わかりました。これは両替しないで、取っておくよ。記念にもなるし、次にゲンシュウが来てくれた時の釣銭になるかもしれないからな。」
「うむ!拙者はこの店が気に入った!時折ショウカへ戻ることもあるだろうし、毎日というワケにはいかぬが、この町に滞在している間は、頻繁に利用させてもらうとしよう。今後とも、よろしくお願い申し上げる。」
「おう!こちらこそ、よろしくな!ゲンシュウ。」
「お店は朝の8時30分から夜の23時まで開いてるからね。」
「うふふ。またの御利用、お待ちしております。」
ゲンシュウは俺達に軽くお辞儀をした後、退店していった。
「まさか、違う大陸からのお客様だなんて、ビックリしちゃったよ。」
「でもまぁ、ウチの常連さん達なら、あっというまに打ち解けられるだろうさ。実際、アンネリーやゲボルグとも仲良くしてくれているし。」
「えぇ、きっと……うふふ、またお店が賑やかになるわね。」
異文化コミュニケーションで苦労することもあるだろうけど
この店を訪れてくれた時には、ゆっくりしてもらえるようにしよう。
何にせよ、新しい出会いには感謝しないとな。




