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Menu 65 ~ 参鶏湯 ~

15時


「こんにちは、タクトさん。クロエ先輩。」


店の扉を開けて、ターニャが入ってきた。


「いらっしゃい、ターニャ。おやつ休憩?」

「いえ。本日は公務で来させていただきました。あの、タクトさん。失礼ですが、厨房を見せていただいても宜しいですか?」

「厨房を?公務っていうなら、従わないとな。クロエ、こっちまで案内してあげて。」

「えぇ。ターニャ、こっちよ。」

「ありがとうございます。」


クロエに案内され、ターニャが厨房に入ってきた。


「…………ふむ。タクトさん、食材はどちらに保管されていますか?」

「ん?あぁ。食材は使用する時にスキルで出しているから、貯め置きはしてないんだよ。」

「なるほど、そうでしたか。では、生ゴミなどは?」

「そっちは土とオガクズと混ぜて、肥料にしてストックしてある。需要がありそうなら、どこかで売ろうかと思って……」

「魚の骨はハサミで切ったり、動物の骨や貝殻はハンマーで砕いたりして混ぜてるわよ。」

「なるほど!そのような方法が!これは衛兵の詰め所の食堂でも実行を……とにかく!タクトさんのお店は、被害が出ていないようで安心しました。」

「被害?他の店で何か遭ったのか?」

「はい。他のお店の食材や生ゴミが、ネズミに荒らされているという被害報告が相次いでいるのです。」

「ネズミか……」


飲食店経営者にとって、ネズミとゴキブリとの格闘は日常茶飯事なんだろうな。

こっちの世界に来てから、ゴキブリは見たことがないから居ないのかもしれないけど……

ネズミ……ネズミに近い姿のモンスターは居るのか。


「そいつは、早く対処した方が良いな。ネズミは多くの疫病を媒介するって話を聞いたことがある。」

「ターニャ。ネズミがどこから侵入しているのか、判っているのですか?」

「はい。あの小さな体ですから、行商の荷物に紛れ込んだ可能性もありますが、最近の情報によると、どうやらネズミ達は地下水路から出てきているようなのです。」

「「地下?」」


ターニャの報告に、俺とクロエは思わず訊き返してしまう。


「こちらも調査で判明したのですが、どうやら幾つかの飲食店が腐った食材や、客が残した残飯を定例されたゴミの日に出さず、地下水路に廃棄していたようなのです。地下には生活排水が流れているため、『

此処に捨てたら、流れに乗って町の外へ出るから、都合がいい 』と思った者達が、頻繁に行っていたようです。」

「はぁ!?何だ、そいつ等!食べ物、粗末にしてんじゃねぇよ!」

「まったくよ!タクトさんのような知識やスキルが無かったとしても、決められたルールは守ってもらわないと!ターニャ!その飲食店のオーナーや、実行した料理人を厳しく罰しなさい!」

「はいっ!」

「はぁ……いくら川へ放出する途中に、不純物を分解・食べてくれるスライム達を配置してあるとはいえ、そこへたどり着くまでに水路に引っ掛かった生ゴミをネズミ達が食べて繁殖していたとしたら……地下水路には、かなりの数のネズミが居そうね。」


あぁ。下水処理はどうしてるんだろう?と思ったことはあったけど、水を綺麗にしてくれるスライムが居るのか。

……そいつ等は、地上に這い出して来ないだろうな?


「はい。なので状況を危惧した有志で集まってくださった冒険者や狩人の方々が、先日からネズミ駆除を行ってくださっているのです。クレスさん達や、アルさんのお姿も見かけました。」

「そっか。皆、頑張ってくれてるんだな。今度、ウチに来てくれた時、労ってやらねぇと。」

「うふふ。そうね。」


「タクト殿!すまん!部屋を貸してはもらえないだろうか!?」


店の扉が勢い良く開き、慌てた様子のゲボルグが入ってきた。


「ゲボルグ!?どうした?部屋を貸してくれって……ん?何を背負って……」


ゲボルグの背後が気になって覗き込むように見ると、傷だらけのアルが背負われていた。


「アル!?」

「「えぇっ!?」」

「いろいろ訊きたいことはあるけど、今はそれよりも!ゲボルグ!アルを俺に!ゲボルグのその体格だと、俺達の寝室がある2階まで行けないから!」

「あぁ。タクト殿、アル殿をよろしく頼む。」

「任せろ!」

「タクトさん!私、教会まで行って、テレサさんを呼んで来るわ!事情を話せば、きっと回復魔法を施術してくれると思う!」

「わかった!頼んだぞ、クロエ!ついでに、店の看板をCloseにしておいてくれ!」

「えぇ!わかった!」

「では、ゲボルグさん。アルさんを発見した時のことを詳しくお話してもらえますか?」

「承知した。」

「タクトさんは、アルさんの傍に居てあげてください。ゲボルグさんから伺ったお話は、後程必ず致しますから。」

「あぁ。頼んだぜ、ターニャ。」


俺はアルを抱きかかえ、自分の寝室へと運んだ。


「はぁ……はぁ……うぐっ……!」

「とりあえず、クロエがテレサを戻って来るまで応急処置くらいはしておくか。何もしないよりはきっといいはず……」


俺は【 創造 】のスキルで消毒薬と脱脂綿を出し、ピンセットで摘まんだ脱脂綿に消毒薬を染み込ませ

アルの傷口に軽く当てていく。


「ぐっ!?」

「染みるよな……でも、我慢してくれよ。アル。」

「はぁ……はぁ……」


辛そうに荒い呼吸をするアルが、俺の手を握ってきた。

無意識の行動なんだろうけど、今はどうでもいい。

とりあえず、安心させてやるつもりで、俺もアルの手を握り返した。


「失礼します、タクトさん。ターニャです。」


寝室の扉がノックされ、外からターニャの声が聞こえてきた。


「おぅ、ターニャ。それで、ゲボルグは何て?」

「それが……アルさん。ネズミに襲われていたそうなのです。」

「ネズミに?」

「はい。先程話したネズミ駆除の依頼を受けて、ゲボルグさんも駆除に参加してくださっていたのです。それで、町中でネズミ駆除をしていたときに、地下水路から慌てて駆けだしてきた冒険者達の姿を見て、地下で何か遭ったのか?と思って様子を見に行ったら、アルさんが中型犬くらいの大きさのネズミの下敷きにされていて、周囲も大量のネズミに囲まれていたそうなんです。」

「中型犬サイズって、なかなかのバケモンだな!?そっか……アルは、そいつ等を守ってネズミに襲われたのか?」

「そこまでは……後程、アルさんからも詳しいお話を聞くことになりますが、今は……」


「タクトさん!ただいま!テレサさんに、来てもらえたわよ!」

「お話はクロエさんから伺っています!早速、回復魔法を施術しますね!」


テレサがアルの額に当てた右手から放たれた淡い緑色の優しい光が、アルの全身を包み込む。


「タクト!クロエ!居るか!?」

「ん?今の声は……」

「セシルの声ね。私が行って対応してくるわ。」

「あぁ、頼む。」


クロエが退室したと同時に、アルを包み込んでいた淡い光が消えた。


「ふぅ……これで大丈夫です。アルさんの傷は癒えましたよ。アルさん、怪我だけでなく、毒の症状も出ていたので、解毒もしておきました。ですが、念のために明日1日くらいは安静にするよう、意識が戻ったアルさんにお伝えください。」

「おぉ!ありがとう、テレサ。待っていてくれ。今、治療費を持ってくる。」

「いえ、それには及びませんよ。タクトさん達には普段、お世話になっていますし。このお店で知り合った方を助けてあげたいと思う気持ちは、一緒ですから。」

「そっか。ありがとう、テレサ。」

「いえいえ。それでは、私は教会に戻りますね。お大事に。」


そう言ってテレサは俺の寝室から出て行ったのと入れ替わるように、クロエとセシルが入ってきた。


「ターニャ。今、良いかしら?」

「はい。何でしょう?クロエ先輩。」

「セシルが冒険者ギルドに来て欲しいそうなの。」

「ん?セシル。冒険者ギルドで何か遭ったのか?」

「あぁ。私達が本日分のネズミ退治の成果の報告をしに、冒険者ギルドへ行った時、見慣れない冒険者達が、地下水路に女の子を置き去りにしてきたという話をしていてな……事と次第によっては、衛兵の詰め所にしょっ引いてもらおうと思ったのだが……そうか。犠牲に遭ったのは、アルだったのか。」

「今、クレスとシーナ、受付嬢さんでその冒険者達を取り囲んで、事情聴取をしてくれているそうなの。ゲボルグもセシルから話を聞いて、先行してくれたわ。」

「なるほど。わかりました!タクトさん、私もこれで失礼します!アルさんが起きたら、私が事情を訊きたいと言っていたこと、お伝えしていただけますか?」

「あぁ。わかった。」


セシルとターニャは俺の部屋から出ていき、冒険者ギルドへと向かって行った。


「ん……あれ?ボク……」

「おっ!目が覚めたか、アル。」

「よかった。」

「タクトさん……クロエさんが居るってことは……此処、レストラン?」

「あぁ。レストランの2階にある、俺の寝室だ。」

「えっ!?此処、タクトさんの部屋なの!?ごめん!ベッドまで……すぐに退くよ!」

「いやいや!病み上がりなんだから、無理すんな!お前の怪我を治癒してくれたテレサからも、明日までは安静にするように言われてんだから!」

「テレサさんが……?」

「アル。貴女が地下水路でネズミに襲われていたところを、ゲボルグが発見してくれて、此処まで背負って来てくれたのよ。」

「そっか……皆に助けてもらって、今度、お礼を言いに行かないと……」

「アル。ターニャが詳しい事情を聞きたいそうなんだけど……確か、地下水路で冒険者と一緒になったんだってな?それで、そいつ等を逃がすために1人残ってネズミ共と戦っていたのか?」

「……ううん。ボクが『 ネズミ達の巣は地下水路にあるんじゃないかな? 』って思って、地下水路に行った時には既に、3人の冒険者達が駆除をしていたんだけど……その最中に、ありえない大きさの1匹のネズミが現れて、冒険者メンバーの魔導師がファイヤーボールを放ったんだ。でも、その攻撃がはずれてしまって、逆上したその大ネズミが冒険者達に跳びかかろうとしたのと同時に、冒険者達が逃げ出して……途中でボクの肩を掴んで、押し退けるように水路の方じゃなくて、大ネズミの居る方へボクを突き飛ばしたんだ。」

「何だと!?」

「怪我をしたアルが嘘を言うようには思えない……タクトさん。ちょっと、ターニャの処へ行ってくるわ。冒険者ギルドに居なければ、衛兵の詰め所まで。」

「あぁ。わかった。アルが言ったこと、正確に伝えてくれ。」

「えぇ!任せて。確実に、正確に伝えて来るわ。」


クロエはそう言って俺の部屋から出て行った。


「さてと……アル。」


俺がアルに話しかけたのと、ほぼ同じタイミングで、アルのお腹から可愛らしい空腹を示す音が聞こえてきた。


「ぁ……あはは。安心したら、お腹空いてきちゃった……」

「ははっ、俺も今、何か簡単な物を作って来るって言おうとしたんだ。うっし!それじゃあ、今出してやるからな。」


俺は【 創造 】のスキルを発動し、完成された料理を出現させる。


「タクトさん……これは……?鳥の丸焼きが入ったスープ?」

「あぁ。参鶏湯っていってな、内臓を取り除いたその鶏肉の中に、米とか人参とか、その他体に良い物を詰め込んで、長時間煮込んだ物だよ。」


高麗人参は風邪等で発熱がある時に食すると動悸を誘発するため、発熱時に高麗人参入りの参鶏湯を

食する行為は禁忌だって聞いたことがあるので


テレサに回復してもらったとはいえ、毒の症状で発熱していたかもしれない可能性を考え

スキルで出したこの参鶏湯の中の人参は、高麗人参ではなく普通の人参にしてある。


「ありがとう、タクトさん。いただきます……」


アルはスプーンで鶏肉を解し、中の具材と一緒に口の中へと運んだ。


「ん……もぐ……んっ……はぁ……中の具材のどれかかな?ちょっと変わった香りがするけど、うん。優しい味だね。美味しい。」

「そいつは良かった。慌てないで、ゆっくり食べな。」

「うん。それにしても……先日頂いたトンポーローも凄かったけど、このサムゲタンに入ってる鶏肉も、凄く柔らかい。スプーンで簡単に崩せちゃうよ。」


アルは楽しそうに鶏肉を解しながら、ゆっくりと参鶏湯を完食した。


「ふぅ……ごちそう様。ありがとう、タクトさん。美味しかったよ。」

「そいつは良かった。アル。今日は此処に泊っていくと良いよ。」

「えっ!?良いの?」

「あぁ。病み上がりの人間を追い出す程、俺も鬼じゃねぇよ。俺の部屋が嫌なら、クロエに頼んで、彼女の部屋で一緒にでも……」

「ありがとう…………ねぇ、タクトさん。」

「ん?」

「もし……もしもだよ?ボクが狩人を辞めたいって言ったら……タクトさんは、止めるかい?」

「え?いや、止めないぞ。オークの肉を持って来てくれていたのは嬉しかったし、美味しかったけど。でもやっぱり、できることなら、もう少し安全な仕事をしても良いんじゃないかな?って思うときもあったぞ。アルだって女の子なんだから。」

「タクトさん……」

「アルがどうして狩人になったのかは知らない。けど、ベゼットに御両親が居るんだ。親御さん達を心配させないためにも、比較的安全な仕事に転職しても、罰は当たらねえんじゃないかな?」

「そっか……うん、そうだね。タクトさん、ボク、転職するよ。まだ次に何をするかは決めてないんだけどね。」

「ん~……じゃあ、アル。ウチに住み込みで働かないか?クロエと同じ、ウェイトレスとして。」

「えっ!?良いの!?」

「あぁ。寝泊まりする部屋はまだあるからな。ただ、いきなり別の職種で、覚えることがそれなりにあるけど……」

「それでも……やってみたい。ボクも!クロエさんと一緒にタクトさんのお店で働きたい!」

「そっか。じゃあ……」


「ただいま。戻ったわよ、タクトさん。ふぅ……冒険者ギルドで会えて、良かったわ。」


ターニャを探しに行っていたクロエが、俺の部屋に入ってきた。


「クロエ。丁度良かった。」

「?」


俺はクロエに、アルとたった今までしていた会話の内容を話した。


「そう……えぇ。私もその方が良いと思うわ。」

「それじゃあ、アルがウチで働く件も」

「もちろん!というか、此処はタクトさんのお店でしょ?犯罪に関与するみたいな、物凄く駄目な内容以外でタクトさんが決めたことに、反対するつもりは無いわよ?」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、でもやっぱり、一緒に働く仲間の意見も大事かなって……まぁ、何にせよ!これからよろしくな、アル。」

「うん!こちらこそ!よろしく、タクトさん、クロエさん!」


こうして、俺の店に新しいボーイッシュな店員が増えた。

これからの経営も、楽しい物になりそうだ。

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