Menu 62 ~ 東坡肉 ~
10時
「今更ながら、それなりに生活してきたとはいえ、この世界の食材について、俺は知らないことが多い。けど、いろんな人達から話を聞いた感じ、この世界特有の物もあるけれど、それほど俺の世界の物と変わらないってことが判ってきた。」
「逆におコメや魚介類、ゴボウやキクラゲのように、タクトさんに教えてもらわなければ、知らない食材もいっぱいあるけれど。」
「まぁ、魚介類とか野菜、果物に関しては、今はいいや。それより気になっているのは、肉だな。」
「お肉?」
「クロエ達の話で、鳥肉、牛肉に関することは概ね理解したよ。廃鶏や病気以外で何らかの事情がある牛肉が市場に出回ると。」
「えぇ。」
「それじゃあ、この世界の人達の主食になるお肉って、豚肉になるのか?」
「そうね。豚……というより、猪のお肉が主流ね。あとはウサギや鹿、山鳥のお肉かしら?」
「なるほど、ジビエってヤツか。ということは、アルが持って来てくれるオークのお肉って、貴重だったりする?」
「そうでもないわよ。以前も言ったと思うけど、オークは討伐してもいつの間にか自然復活しているから、そこまで貴重というわけでもないわよ。味はとっても美味しいけど。」
「だよなぁ。あのモンスターの肉が、あんなに美味いとは思ってもみなかったぜ。」
「こんにちは~!」
店の扉を開け、アルが元気良く入ってきた。
「いらっしゃいませ、アル。」
「いらっしゃい。ちょうど今、アルの……いや、お肉の話をしていたんだ。」
「お肉の?」
「えぇ。市場に出回っているのは何のお肉か……とか。ついでに言うと、タクトさん。お肉の食べ方の殆どは焼くか煮込む、干し肉にする3パターンよ。」
「まぁ、それだけできれば、何とでもなるからな。」
「でも、タクトさんなら、それ以外の方法で美味しい物が作れるよね?」
「そうね。タクトさんなら、きっとやってくれるわ。」
カウンター席に座ったアルと、アルの傍に立っていたクロエが、キラキラした純粋な眼差しを俺に向けてくる。
「そんな期待を込めた眼差しを向けられても……まぁ、心当たりは幾つかあるけど。」
「やっぱり!ねぇ、タクトさん。それを作って見せて!」
「ボクも気になる!タクトさん、お金を払うから、今日はそれを食べてみたい!」
「わかった。それじゃあ、まずは材料を……」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、豚バラ肉の塊と調味料を出現させる。
「あれ?タクトさん。そのお肉、皮が付いてるけど、良いの?」
「ん?あぁ。アルがいつも持って来てくれる肉は血抜きしたり、丁寧に処理してくれてるけど、今日作ろうとしている物には、この皮が絶対に必要なんだ。」
「へぇ!そうなんだ!」
「まずはこの豚肉の皮に残っている毛を剃刀で剃って……剃り残しが無いように、火で炙る。」
俺はコンロに火を点け、直火で豚肉を炙っていく。
「そのまま焼き肉にするわけじゃ、ないのよね?」
「あぁ。毛を取り除いた肉を、軽く茹でて……」
すでに用意しておいた、お湯を沸かした大鍋の中に豚肉を投入する。
「これを醤油と調理用の酒を混ぜた液体に漬け込み……油で揚げるように焼いて、肉に色と香りを付ける。」
「わぁ……良い匂い……それだけでも、もう美味しそうだよ。」
「でも、まだ完成じゃねぇんだよ。この焼き色の付いた肉を、皮を下にして深皿に置いて、ここに醤油と酒、ショウガを切った物と、だし汁を入れて……これも忘れずに入れる。」
俺は小瓶からスパイスを2個取り出し、深皿に入れる。
「タクトさん、それは?」
「見たことない、変わった形だね。」
「あぁ。これは八角っていうスパイスだよ。これを入れると、独特な風味が出るんだ。」
「へぇ、可愛い形ね。」
「それに、とっても良い香りがする。ボクはこの匂い、結構好きかも。」
「あとはこのお肉をこのまま蒸篭に入れて」
「あら!蒸篭、久しぶりに見たわね。ということは、このお肉を蒸すの?」
「あぁ。このまま2時間ちょっと蒸せば、完成だ。」
俺は厨房に置いてあった時計のタイマーを2時間後に設定する。
「「2時間!?」」
「まぁ、さすがに2時間もアルを待たせるわけにはいかないから、あれは俺とクロエの昼飯にするとして……完成した物が、こちらになります。」
俺は【 創造 】のスキルで、完成した物を盛り付けた皿をアルの前に置く。
「これが完成形なんだね!タクトさん、これは何ていう料理なの?」
「東坡肉っていう、蒸し器を使ってはいるけど、一応煮込み料理だ。」
「煮込み料理なんだね。それじゃあ、早速……いただきます!」
アルはフォークに刺した東坡肉を口へと運ぶ。
「はむ……もぐ……んっ、んんっ!?何コレ!?凄い!お肉が口の中で溶けた!」
「え?そんなに?でも、タクトさん。そこまで難しい事していなかったわよね?」
「あぁ。この東坡肉って料理は、皮付きの豚バラ肉を丁寧に処理して、根気強く蒸し煮にするだけだよ。」
「トンポーロー、凄く美味しい!皮の部分がネットリして、脂身の甘さが次に来て、お肉の部分がホロッと崩れて……」
「あの豚肉の塊が、そんなに柔らかくなるなんて……でも、それだけの時間をかけないといけないのね。」
「あぁ。この煮込みの時間が短いと、ゴリゴリした舌触りになるんだ。時間が掛かるから、あらかじめ用意しておかないと、店で出すときは【 創造 】のスキル頼りになるだろうな。」
「確かに……仕込みは簡単だけど、大量生産は難しそうね。」
「タクトさん!ご飯欲しくなってきた。ご飯、お願い!あと、トンポーローおかわり!」
「おかわりとご飯だな。あいよ!すぐ用意する。」
俺はスキルで出した東坡肉とご飯を、アルの前に置く。
「ありがとう!いただきます!」
「おーっす!タクト!暇だから遊びに来たぜ!」
店の扉が開き、クレスが元気良く入ってきた。
「おぅ!いらっしゃい、クレス。」
「いらっしゃいませ、クレス。」
「ん……もぐ、んっ……おはよう!クレスさん。」
「おぅ!ん?アルは今、朝飯食ってるのか?」
「うん。ボクも遊びに来た時に、興味深い話を聞いてね。タクトさんに出してもらったんだ。」
「へぇ、肉料理か。それって、今、厨房の奥で見慣れない籠で作ってるヤツか?」
「あぁ。ただ……完成するまで、あと1時間30分ちょっと掛かるな。興味あるなら、クレスの分もスキルで出そうか?」
「おう!頼むよ、タクト。」
「あいよ!」
俺はスキルで出した東坡肉とご飯を、クレスの前に置く。
「ふぅ……ごちそう様でした。クロエさん、代金の支払いを……」
「えぇ。えっと…………タクトさん。このトンポーロー、メニューに載せていないわよね?」
「え?あぁ、そうだな。ん~……じゃあ、アル。ちょいと手間をかけているからな。銅貨8枚……2皿だから、銀貨1枚と銅貨6枚貰って良いかな?」
「うん!それでも、他のお店でお肉料理を食べることを思ったら、ぜんぜん安いよ!それじゃあ……はい。クロエさん。」
アルは財布から銀貨と銅貨を取り出し、クロエに手渡した。
「……はい!確かに丁度、お預かりしますね。」
「うっめぇぇぇえ!!おい、タクト!何だよ、この肉料理!口の中で溶けて消えたぞ!」
「ははっ、毎回クレスは良い反応してくれるな。」
「でも本当に、タクトさんが出してくれるお肉料理を食べると、もう他のお店のお肉料理じゃ、満足できなくなるのよね。」
「うん。それに、タクトさんとクロエさんは優しいし、クレスさんみたいな他のお客さん達との距離も近くて楽しいし、居心地が良いから、ついつい来たくなっちゃうんだよね。あっ!もちろん、お店が混む時間になったら、すぐに退店するよ?でも、こうしてゆっくりできる時は、ゆっくりしていたくなるんだよ。」
「そう言ってもらえて、嬉しい限りだ。店をこういう造りにして良かったって、本当に思うよ。」
「タクト!この肉料理……トンポーローっていうのか?さっき、クロエさんが言ってた。これ!もう1皿頼むよ!ついでに、ご飯もおかわり!大盛りで頼む!」
「あいよ!」
その後も、いつものお客さん達が、まばらながらも来店してくれて
いつも通りに、店は賑わいを見せてくれた。




