Menu 61 ~ アイスクリーム ~
バルニア近郊・ヨハン別邸
「失礼します!ヨハン様。」
「む?どうした?」
「バルニアに居られるご領主様よりお手紙が。」
読書を楽しんでいたヨハンに、使用人が1通の手紙を手渡す。
「領地の運営に関しての報告は受けていた……が、特に問題は無かったはず………………ふむ…………」
一通り手紙に目を通したヨハンが、手紙を折りたたんで、小さく溜め息を吐く。
「むぅ……ついにこの時が…………うむ。これはあの店に頼るしかないな。」
◇◇◇
14時
レストラン・厨房
「……よし。上手く固まってるな。」
「タクトさん。今日は何を作ったの?」
「ん?」
俺は深みのある金属製の器を取り出し、中に詰まっている物を少し大きめのスプーンで掬って、小皿に盛り付ける。
「はい。アイスクリーム。」
「まぁ!アイスクリーム!とっても美味しかったのを、ちゃんと覚えているわよ。」
「ほら、溶ける前に試食してみてくれ。」
「良いの!?じゃあ、遠慮なく。いただきます!」
俺から器を受け取ったクロエが、スプーンで掬ったアイスクリームを口へと運ぶ。
「ん~!甘くて、冷たくて、やっぱり美味しい!でも……以前、チョコレートパフェに入っていた物と、香りが違うわね。同じ白いアイスクリームなのに。」
「あぁ……あの時はチョコレートの香りの方が勝ってたんだろうな。今食べてもらっているのは、バニラアイス。このバニラエッセンスっていう香料を入れて作った物だよ。」
そう言いながら、俺はクロエに小さな瓶を見せる。
「くん……くん……あっ、凄い。瓶に栓がしてあるのに、微かだけど、アイスクリームと同じ甘くて良い匂いがするわ。」
「この香料を入れなければ、牛の乳の味をより感じられて、それはそれで美味しいんだ。」
「あぁ、もう。タクトさんの話を聞いていたら、食への好奇心が抑えられなくなるわね。1度、タクトさんの住んでいた世界に行って、心置きなく美味しい物を食べ歩いてみたいわ。」
クロエと話をしていると、店の外から馬の蹄の音と車輪が転がる音が、店の前で止まったような気がした。
「ん?来客かな?」
「ごちそう様、タクトさん。アイスクリームも食べ終えたし、応対して来るわね。」
「あぁ、頼むよ。クロエ。」
クロエが店の出入り口の方へ早足で向かったと同時に、店の扉が開き、呼び鈴の音が店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませ!ようこそ、レストラン・タクトへ!」
「うむっ!ソニア殿の結婚式以来だな、クロエさん!」
「ヨハンさん!いらっしゃいませ!……あら?その子は?」
ヨハンの背後に隠れるように、白いワンピースを着た金色長髪の女の子が立っている。
「この子は儂の孫娘で、名を『 コレット 』という。実は……タクトくんにお願いしたいことがあるのだが、カウンター席に座らせてもらっても構わんかな?」
「もちろんです。お好きな席へどうぞ。」
クロエに案内され、ヨハンとコレットがカウンター席に並んで座る。
「いらっしゃい、ヨハンさん。聞こえていたんですけど、俺にお願いしたいことっていうのは?」
「うむ。お願いしたいことっていうのは、他ならぬコレットのことなんだ。」
「その子の?」
「どうぞ、ヨハンさん。お水とおしぼりです。はい、コレットちゃんも。」
「あぁ、ありがとう。クロエさん。」
「ぁ……ありがとう……ございます。」
ヨハンの隣に座っていたコレットが、目をキラキラさせながらコップに入った水を飲む。
「実はな……先日、この子がおやつの時間を拒否してしまったようでな。」
「「おやつの時間を拒否?」」
ヨハンの言葉に、俺とクロエは声を揃えて訊き返すような形になってしまった。
「うむ。この子も領主の娘ということで、子どもながらにそこそこ多忙でな。そんな多忙な日々の癒しとして、毎日決まった時間におやつの時間を設けているのだが……」
「そこで何か問題が?」
「あぁ……その……お菓子担当の料理人のレシピが少ないのか、毎度出される料理が限られていてな。いや、甘い物が貴重だから、贅沢は言えんことは解かっているのだが……あまりにも同じ物が何度も出てくるため」
「飽きてしまったのですね。」
「クロエさんの言う通りだよ。そして先日、ついにおやつの時間に出されたお菓子に、まったく手を付けずに、夕食の時間まで部屋に引きこもってしまったという書状が儂の元に届いたのだ。」
ヨハンが事情を説明する隣で、コレットが恥ずかしそうに眼を逸らした。
「そこでな、タクトくん。君の居た世界のお菓子を、この子に食べさせてあげてくれないだろうか?もちろん、代金は払う!」
「落ち着いてください、ヨハンさん。事情は解りましたから。丁度さっきできた物があるので、お出ししますよ。」
「おぉ!ありがたい!是非、私の分もお願いする!」
「了解です。」
俺はアイスクリームを小皿に盛り付け、それぞれ2人に提供する。
「どうぞ。アイスクリームです。」
「ほぅ……これは……」
「こんなの、見たことない……」
「領主のお孫さんに、初見の物を出すのはマズかったですかね?何なら、俺が今此処で毒見して見せましょうか?」
「いやいや。君達が安全で美味しい物を提供してくれていることも、誠実な応対をしてくれていることは、把握しているからな!そこまで気を回してくれなくて構わんよ。」
「「ありがとうございます。」」
「では……頂くとしようかな。コレットも遠慮しないで食べなさい。」
「はい。おじい様。」
2人はスプーンでアイルクリームを掬い、口へと運んだ。
「む……おっ、おぉ!?」
「何……これ!?甘い……冷たい、美味しい!」
「まさか、噛まずに舌の上で溶けて消えてしまうとは……!うむ!後味の香りも良いな!」
「そうやって、舌の上で溶けるのには、ちゃんとした理由があるんですよ。」
「ほう?その理由とは?」
「冷やす前の過程で生クリームを泡立てる時、空気を含ませるため攪拌させるように泡立てるんです。一見すると塊のようなアイスクリームですが、実は小さな粒の集合体なんです。この泡立てる時に含ませる空気が少ないと、地層のような仕上がりになって、舌の上に乗せても上手く溶けないんですよ。」
「なるほど。空気が重要なのか。」
「生クリームを泡立てるのは、だいたい7分。後は卵の黄身や、果物の果汁なんかを泡立てた生クリームと混ぜて、5、6時間程冷やし固めれば完成です。」
「なるほど。冷やすのに時間はかかるが、特に難しいことはしないのだな。」
「おじい様!このアイスクリーム、もう1皿食べたい!」
「そうか、そうか。うむ!好きなだけ食べなさい。」
「いやいやいや!ヨハンさん、気持ちは解かるけど!アイスクリームはまだまだあるけど!無くなったら無くなったで、スキルで出せますけど!冷たい物、いっぱい食べたらお腹壊しちまうから!」
「そうです!少なくとも、この2皿目で止めておいた方が良いかと思います!コレットちゃんのお腹のためにも!」
「おっ……おぉ。うむ、そうだな。コレット、お腹を壊さないためにも次の1皿までにしておきなさい。」
「はい!おじい様。」
「代わりといっては何だが、タクトくん。以前頂いたどら焼きのお持ち帰り、あれを2……いや、3箱お願いできるかな?茶葉の入った筒も2本。あれも美味しいからな!儂用と、この子の実家用に。」
「わかりました。また、お帰りの際にお渡ししますよ。」
「うむ!ありがとう!」
その後、ヨハンとコレットは2皿目のアイスクリームを完食した。
「ふぅ……美味かった。ごちそう様だ!」
「とっても美味しかった……おじい様、これ……また食べたい。」
「うむうむ。また食べに来ような。おっと!忘れぬうちに、クロエさん。勘定を頼むよ。」
「はい!えっと、アイスクリーム1皿銅貨3枚が4皿なので、銀貨1枚と銅貨2枚ですね。それとは別に、どら焼きとお茶のお持ち帰りが、合計で銀貨5枚になります。」
「うむ!わかった。」
ヨハンは財布を開き、銀貨6枚と銅貨2枚を取り出して、クロエに手渡した。
「はい!丁度お預かりします!」
「……なぁ、タクトくん。料理人にとって、レシピがいかに大切な物かということは、重々理解しておる。が、頼む!お菓子のレシピだけで良い。教えてもらえないだろうか?」
そう言いながら、ヨハンはテーブルに両手を着いて、頭を下げる。
「あっ、頭を上げてください!ヨハンさん。他の店がどうかは知らないけど、俺はレシピを訊かれたら、ちゃんと教えますよ。ただ……俺がレシピを教えたからといって、必要な食材がこの世界に無ければ、当たり前ですが実現はできません。グウェルさんが米を栽培しようとして田んぼを作ろうとしているのは、そういうことです。」
「ふむ。確かに……材料が無ければ、料理は作れんのぅ。」
「あの……提案なのですが、次にヨハンさんがお店に来られるとき、コレットちゃんのおやつを作っている職人さんと一緒に、材料を持って来て、タクトさんに教えてもらうというのは……どうでしょう?」
「なるほど。お料理教室ってヤツか。」
「そう!新しい試み……やってみない?タクトさん。」
「あぁ。面白そうだな。やってみるか!」
「良いのか?タクトくんのお店に迷惑が掛かるのでは……?」
「いえ、大丈夫です。そうですね……じゃあ、ヨハンさん側の話が纏まったら、事前に手紙をこの店宛に送ってもらえますか?それに合わせて、こちらも他の参加希望者用に店の前に張り紙を出したりしますので。」
「常連さんの中にも、お菓子を作りたいって人が居るかもしれないですから。」
「ありがとう!では、よろしく頼む!よぉし!早速バルニアへと戻るぞ!料理担当の者に、この件を話さねばいけないからな!はっはっは!」
「お兄さん、お姉さん。ありがとう。アイスクリーム、とっても美味しかった!また、来ます。」
「おう!いつでもおいで。」
「うふふ。またの御来店、お待ちしてますね。」
ヨハンはお土産のどら焼きの詰め合わせと茶筒を受け取り、コレットと一緒に店を出て行った。
「ははっ、相変わらず賑やかな爺さんだ。」
「それに、コレットちゃんも可愛かったわね。」
「御両親のことは知らないけど、あんまりヨハンさんには似てなかったな。」
「うふふ。そうね。」
とりあえず、今後お料理教室をすることは確定したけど、実行するのはまだ先の話。
今はこれまで通り、来店してくれたお客さん相手に、誠実な商売を続けなければ。




