Menu 59 ~ ビーフステーキ ~
午前8時
朝食を済ませてクロエと開店準備をしていると、店の扉が叩く音が聞こえた気がした。
「あら?誰か来たのかしら?」
「テレサが子ども食堂を依頼してきたパターンもあるし、クロエ。接客を頼むよ。」
「えぇ、わかったわ。」
クロエが店の扉を開けると、ロイドが立っていた。
「ロイドさん!いらっしゃいませ。」
「おはようございます、クロエさん。タクトさんは今……大丈夫かな?」
「えぇ。大丈夫ですよ。こちらへどうぞ。」
クロエがロイドをテーブル席へと案内する。
「ん?おはよう、ロイドさん。もしかして、また材料不足ですか?」
「いや、今日は別件で……タクトさん。これを見てくれるかい。」
そう言いながら、ロイドは小さな箱を取り出して、開いて見せてくれた。
中にはお洒落な指輪が入っている。
「指輪……ってことは!」
「うん。この町のいろんな店を廻っても納得のいく物が見つからなくて、自分でようやく納得のいく物が作れたから」
「えっ!?これ、ロイドさんが自作したのか!?」
「包丁や武具以外も作るようになったのですか!?ロイドさん!」
指輪を自作したというロイドの発言に、俺とクロエは驚きの声を上げてしまった。
「まぁ、装飾で少し手間取ったけど、リングの部分は鉄が柔らかいうちに丸めるだけだったし……」
「それで、話しを戻すんだけど、指輪の準備ができたってことは……」
「うん。今日、ソニアさんに結婚を申し込もうと思う。それで、タクトさん。貸し切りじゃなくても良いから今日の夜、この店を使用させてもらえないかな?」
「もちろん!じゃあ、今座ってるこの1番奥の席を、予約席ってことで取っておくよ。」
「ありがとう!ごめんね、急に押しかけて。これから仕事だから、今しか頼めなくて……」
「あら?ロイドさん。これから仕事なんですか?」
「はい。午前中だけ。午後からは半休をいただいているので、ソニアさんと過ごそうかと。」
「まぁ、たぶん大丈夫だとは思うけど、今夜此処に来るまでの間に、ヘマしないようにな。」
「ははっ、あぁ、気を付けるよ。」
◇◇◇
同日 18時
「タクト殿。あそこの奥の席……随分と飾り付けられているが、何か特別な催し物でもあるのか?」
来店したゲボルグが、店の1番奥の席を指差す。
ロイドが帰った後、テーブルクロスを敷き、ちょうど真ん中にあたる位置に、花を生けた花瓶を置いてある。
「ん?あぁ、メインの前の前座……とでも言えば良いのかな?大事な予定があるんだよ。」
「そうなのか?ふむ……では、俺は退店した方が良いか?」
「いやいやいや!全然居てくれて構わねえよ!」
「ん?何だ?何か揉め事か?」
店の扉が開き、クレスとセシル、シーナが入ってきた。
「いらっしゃい、3人共。今日は1番奥の席は利用できないの。他の席でも構わないかしら?」
「ん?あぁ、もちろん!俺達はタクトが提供してくれる美味い料理が食えるなら、どの席でも構わないぜ。」
「ふぅ……私達が購入した拠点にも厨房があるから、自炊もできるのに……な。どうしても自分達で作るより、タクトの店で食べようって結論になってしまうんだ。」
「タクトさん。今日もお願いします。」
「おう!任せろ。」
「ん?ゲボルグ!まだ食事してねえなら、一緒に食おうぜ!」
「そうだな。久しぶりに相席しようか。タクト殿、席を移っても構わんか?」
「もちろん!食事してもらい、交流したり、団らんしてもらうのがこの店の役割だからな。今みたいに一言伝えてくれたら、どんどん相席してくれ。」
ゲボルグが水が入ったコップを持ち、クレス達と一緒に座ったのと、ほぼ同じタイミングで店の扉が開き
備え付けてある呼び鈴が、本日の主役が来店したことを伝えてくれた。
「こんばんは、タクトさん。クロエさん。」
「いらっしゃいませ!ロイドさん、ソニア。お待ちしておりました。奥の席へどうぞ。」
クロエの案内で、ロイドとソニアが店の1番奥の席に、向かい合わせで腰を下ろす。
「どうしたのですか?普段はクロスなんて無いのに……ロイドさんが頼んでくださったのですか?」
「席の予約は今朝、タクトさんとクロエさんにお願いしてはいたけど……」
「2人共。今日の料理は、タクトさんに一任させてもらって構わないかしら?」
「え?あぁ。わかりました。ソニアさんも構わないかな?」
「はい。うふふ。何を出してくれるのか、楽しみです。」
「クロエさん!俺達も注文!とりあえず、ピザのLサイズ1枚とコーラを4人分。ピザに乗せる具材は、腸詰でも燻製肉でも良いから、肉系の具材を多めに頼むよ。」
「承知致しました。ただ……先に、あちらのお料理を優先させてもらっても良いかしら?」
「もちろんだ。私達は雑談でもしながら、気長に待たせてもらうよ。急ぐ用事など、無いからな。」
「ありがとうございます。では、少々お待ちください。」
「…………よし。焼けた。それじゃあ、クロエ。これをロイドさんとソニアに。俺はクレス達のピザを作るよ。」
「えぇ。よろしく、タクトさん。ピザに乗せる具材、肉系の物を多めにって追加注文があったわ。」
「ははっ、あいつ等も慣れてきたな。了解!」
「お待たせしました。こちらが今夜、2人に提供させていただく……ビーフステーキです。」
そう言いながら、クロエが2人の前に木枠に収まった鉄板の上でジュウゥゥと音を立てているステーキを
置いていく。
「うわっ!凄い……美味しそうだ!」
「本当に!早くいただきましょう!ロイドさん!」
「付け合わせのパンとスープはおかわり自由だから、いつでも声をかけて。それと……今回は特別。」
クロエはワイングラスに赤ワインを注ぎ、2人に提供する。
「えっ!?これって、葡萄酒かい?でも、確かタクトさんのお店って、お酒の提供が無かったはずじゃ……」
「普段はそうですね。タクトさんがお酒の味を知らないため、どの料理にどのお酒が合うかが判らないので、夜時間……17時からは、お客様自身によるお酒の持ち込みを許可しています。ですが今回は、牛肉には赤ワイン……この葡萄酒が合うという知識をタクトさんが持っていたので、こうしてスキルであらかじめ、ご用意させていただきました。」
「そうだったのですね。ありがとうございます。」
「残りのワインはこちらに置かせていただきますね。それでは、ごゆっくり。」
「えぇ。ありがとう、クロエ。」
「よし……じゃあ、早速……」
ロイドとソニアがステーキにナイフを入れて一口大にカットする。
「おぉ……牛肉が、こんなに柔らかいなんて……」
「タクトさんに出会うまで、牛肉は努力して煮込み料理にするしか、食べられませんでしたものね。はむ……あつっ……もぐ……んっ!美味しい!」
「牛肉を食べて、肉汁が口の中で弾けるなんて体験をする日が来るなんて、思っても無かったよ!」
「このお肉にかかっているソース……玉ねぎを調味料を使って煮詰めているのでしょうか?これも美味しいです!」
談笑しながら食事をするロイドとソニアを横目で見ながら、クレス達が注文したピザの焼き加減を確認する。
「…………よしっ、焼き上がった。クロエ。ピザカッターで縦に1回、横に1回、左右から斜めに1回ずつ切ってくれ。コーラもすぐ用意する。」
「えぇ!わかったわ。」
クロエがピザを8等分に切り分け、クレス達の処へ持っていく。
「さてと……ソニアさん。」
「ん?何ですか?ロイドさん。」
「…………貴女が僕達の鍛冶屋を訪れてくれたあの時、貴女に一目惚れをして……そこで終わりかと思ったのですが、今日まで幾度か共に過ごしてきて、貴女を好きだという気持ちがより強くなっていきました。」
「…………」
「僕はまだ鍛冶屋の1職員でしかなく、稼ぎはそこまでよくないけれど……貴女が好きだという気持ちは今も変わりありません。こんな僕でも良ければ……僕と、結婚してください。」
そう言いながら、ロイドは小箱を開いて自作した指輪をソニアに見せる。
「嬉しい……断る理由なんて、ありません!私も……ずっとロイドさんと結ばれたいと思っていました。結婚の申し出、快くお受けします。これから、末永くよろしくお願いしますね。」
ソニアがロイドの両手を握り返した瞬間、クレス達の席から盛大な拍手が巻き起こった。
「おぉおお!おめでとう!ロイドさん、ソニアさん!」
「こうなることは薄々判っていたが、やはりおめでたいな。おめでとう、2人共。」
「結婚、おめでとう!ロイドさん、ソニアさん。」
「そうか、なるほど。これはめでたいな!ロイド殿、ソニア殿!」
「ふふっ、よかったわね。おめでとう、ソニア。」
「クロエ……皆……ありがとう!ありがとう!」
「良かったですね、ロイドさん。おめでとう!」
「タクトさん……ありがとう。ここまでこれたのは、君のおかげだよ。」
「いやいや……俺は店という場所を提供して、料理を出しただけ。プロポーズの成功は、ロイドさんの誠意ある対応と、ソニアと培ってきた時間だと思うよ。」
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
「おや?ずいぶんと賑やかですね。何かありましたか?」
店の扉が開き、グウェルが入ってきた。
「いらっしゃい、グウェルさん。たった今、ロイドさんのプロポーズが成功したところなんですよ。」
「ほぅ!それはおめでたいですね!」
その後……
次々と訪れる常連のお客さん達から、ロイドとソニアは祝福の言葉を受けていた。




