Menu 60 ~ ウェディングケーキ ~
ロイドがソニアにプロポーズをした日から数日経った
良く晴れた日曜日の午前10時
テレサの居る教会の鐘の音が、アリアータの町に鳴り響いた。
「いよいよ結婚式が始まったみたいね。」
「あぁ。それじゃあ、俺達も準備を始めようか。」
「えぇ!」
プロポーズの翌日、開店前にロイドとソニアが改めて報告に来てくれたときに聞いた話によると
ソニアは海軍都督だった父親を海賊との戦闘で亡くし、現在は隣町に住む母親にはロイドとの結婚を報告して、了承を得ていること。
ロイドの御家族は流行り病によって既に他界しており、鍛冶屋の親方さんが父親のような存在、
他の職人さん達が兄弟のような存在で、ソニアとの結婚を報告した時、男泣きしながら喜んでくれたこと。
結婚式は、テレサの居る教会で、水軍のメンバーと鍛冶屋のメンバー、ソニアの母親を呼んで行われたあと
この店に常連達で集まって二次会をするということになった。
「なぁ、クロエ。この世界の結婚式って、どんな感じなんだ?」
「そんなに難しいことは無いわよ。衣装を整えた新郎新婦が教会の祭壇の前で、神父様から祝辞の言葉を述べてもらった後、愛を誓いあうためにキスをして、屋根の無い馬車に乗ってアリアータの町を1周して町の人達からも祝福してもらうの。」
「確かに難しそうなことは何も無いな。でも、ブーケトスとケーキカットも無いのか。」
「ブーケトス?ケーキカット?それは何をするの?」
「ケーブーケトスは、花嫁さんが集まってくれた人達に背を向けた状態で、手に持っている花束をその人達に向けて投げるんだ。それで、その花束を取ることができた人が、次に結婚できるって云われてる。」
「まぁ!素敵じゃない。」
「ただ……言い方は悪いかもしれないけど、婚期を逃しそうな女の人達による、血みどろの争奪戦が勃発した事例なんてのもある。」
「そっ、それは……笑えないわね。ケーキカットの方は?」
「縦に厚みのあるケーキを3段重ねた物を、新郎新婦が剣のように長いナイフで切り分けて、集まってくれた人達に提供するんだ。ケーキカットは夫婦による初めての共同作業で、ブーケトスもケーキカットも幸せのお裾分けって意味があるとか何とか」
「へぇ!素敵ね。それじゃあ、2人には是非とも此処でやってもらいましょう。ケーキカット!」
「そうだな。今から作ってたら間に合わないし、あんまり早くにスキルで出しても、ケーキを入れておけるだけの大きさの冷蔵庫がないから、直前にスキルで出すよ。今は飾りつけの準備をしようか。」
「はい!」
「おはよう!タクトさん、クロエさん!」
店の扉を開けて、アルが入ってきた。
「アル?早いな。もう来たのか?主役はまだ来てねぇぞ。」
「わかってるよ。それより、タクトさん……はい!またオーク肉を持って来たよ。」
そう言いながら、アルは葉っぱで包んだオーク肉を差し出してきた。
「おぉ!ありがとう、アル!」
「また狩ってきてくれたのね。ありがとう、アル。」
「ソニアさんとロイドさんのおめでたい日だもん!良い物を用意したくって。昨日のうちに狩っておいて、血抜きもしておいたよ。」
「うっし!この肉を使って、また生姜焼きを作って今日の席に出すよ。」
「やったー!」
「おはよう!タクトさん、クロエさん、居るかい?」
店の扉が開き、木箱を抱えたヒルダが入ってきた。
「おぅ!おはよう、ヒルダ。」
「おはよう。」
「おはよう、ヒルダさん。」
「おや?アルも居たのかい。早いねぇ。」
「ついさっき来てくれてな。オークの肉を提供してくれたんだよ。」
「そうかい!実はアタイも活きの良い海の幸を持って来たんだ。ソニア様には随分と世話になってるからね。アタイなりの結婚祝いってことで。」
そう言いながらヒルダがカウンター席に木箱を置いた。
中には魚やイカ、貝が数種類と……未だに髭がピクピク動いているイセエビのような大きなエビが入っている。
「うわっ!凄い!このエビ、まだ生きてるよ!」
「タクトさん。先日、クレス達の家で作ったパエリアという料理、あれを作りましょう!」
「おっ!そうだな。」
「タクトさん。何か手伝えることはあるかい?このまま2人が忙しそうにしているのを、ただ見てるだけってのもねぇ。」
「ボクも!肉や野菜を切るくらいなら……作り方を教えてもらえれば、料理だって!」
「ありがとうな、2人共。それじゃあ、ちょっと手伝ってくれるか?」
「あいよっ!」
「任せて!」
「おはようございます。タクトくん、クロエさん。」
「おはようございます!」
店の扉が開き、グウェルとヨハン、アンネリーの3人が入ってきた。
「おはようございます!あっ、ヨハンさん。いらっしゃい!」
「ヨハンさんも、ソニアとロイドさんを祝福してくださるのですか?」
「うむっ!儂もソニア殿にはいろいろと世話になったからな。その彼女が選んだ殿方であるなら、間違いないだろう!」
「タクトくん。アンネリーさんにお願いして、またお酒を持ってきましたよ。」
「いつもありがとうございます、グウェルさん。」
「タクトさん!グウェルさんからお預かりしている酒樽、どちらに出しましょう?」
「そうだな……クロエ。代わりに指示してやってくれ。」
「えぇ!わかったわ。」
「お~っす!タクト!ソニアさんとロイドさんの結婚凱旋、もうすぐこの辺りに来そうだぜ。」
扉を開けて店に入って来てくれたクレスが、そう報告してくれた。
続いてソニア、シーナ、ゲボルグが各々祝いの品を持って入って来る。
「おっ!そうか。じゃあ、こっちも準備をしておかないとな。」
「主役の2人以外でまだ来ていないのは……式に参加しているユリアと、テレサさん。あと、凱旋の警護に駆り出されているターニャの3人ね。」
「確か、ターニャは出勤の調整ができたから、警護が終わったら此処に来るそうだし、テレサもユリアも教会での式が終わったら、此処に来るって言ってくれてたな。」
「それなら、5人が来たらすぐ始められるようにしておかないといけないわね。」
店に集まってくれた皆の協力もあり、準備を順調に進めていると
「タクトさん、クロエ。」
店の扉が開き、純白のウェディングドレスを着たソニアと、同じく純白のタキシードを着たロイドが入ってきた。
と、同時に、集まっていた常連達から盛大な拍手と『 おめでとう! 』の声が巻き起こる。
「よく似合ってるぜ、2人共。」
「えぇ!とっても素敵よ、ソニア。ロイドさん。」
「あらあら。教会の結婚式よりも、凄い賑わいですね。」
「流石ソニア様!皆様から慕われているのですね!」
「町の人達からも、凄い人気でしたね。」
ソニアとロイドの少し後ろから、テレサとユリア、ターニャが入ってきた。
「これで全員揃ったかな。それじゃあ、皆!移動だ!クロエ。できている料理を順番に外のテラス席に運んで行ってくれ。」
「えぇ!わかったわ!」
店の外のウッドテラス席に、新しく出した長方形テーブルの上に出来上がった料理を並べていき
立食パーティが始まった。
集まってくれた皆から『 美味い! 』『美味しい!』の声が上がる度に、嬉しくなる。
「ん~……タクトさん。皆が満腹になる前に、やっておいた方が良いんじゃないかしら?」
「あっ、そうだな。ソニア、ロイドさん。」
「ふぁんふぇふふぁ?タクトふぁん。」
リスのように両頬に食べ物を詰め込んで膨らませたソニアが、振り返る。
「口の中の物を飲み込んでから、話しなさい。ソニア。」
「あはは……いや、大したことじゃねえんだけどな。俺とクロエから、2人に贈り物があるんだ。」
「こんなに美味しい料理をたくさん用意してくれたのに、これ以上、何をしてくれるっていうんだい?」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、1段がとても分厚い3段重ねのウェディングケーキと、カット用のナイフを出現させる。
「まぁ!素敵!」
「おぉ!これは凄いね!」
ソニアとロイドが感嘆の声を上げたと同時に、常連客達からも同じような声が上がる。
「これは俺の居た世界の結婚式で執り行われる、ケーキ入刀っていう夫婦の初めての共同作業でね。このナイフを2人で持ってケーキを切り、集まってくれた人達に分けて振る舞うんだ。」
「はい。2人共。このナイフを使って。」
クロエが微笑みながら、2人に長剣のようなナイフを手渡す。
「なるほど。初めての共同作業か。責任重大だね。」
「大丈夫ですよ、ロイドさん。此処に集まった人達なら、多少の失敗くらい、笑って許してくれますよ。きっと。」
2人は共に持ったナイフをケーキに刺しこみ、周囲から盛大な拍手が巻き起こった。
「タクトさん。ソニアにブーケトスのことも話す?」
「やめといたほうがいいんじゃねぇかな。せっかくのお祝いムードなのに、ブーケの争奪戦で常連さん達の間で争いが起きるのは、見たくねぇからな。」
「絶対にそうなるとは言い切れないけど……確かに、やめておいた方がいいかもしれないわね。」
俺とクロエが話している前で、ソニアとロイドは無事にケーキを切り終えた。
とりあえず集まってくれた全員に分けて、余った分は各自食べたい人に……ということになった。
「タクトさん。クロエ。本当に……本当にありがとう!タクトさんのお店を利用している常連の皆に祝福してもらえて嬉しいけれど、やっぱり、あなた達2人に祝福してもらえたのが、何より嬉しいわ!」
「そりゃあ、ソニアとは、俺がこっちの世界に初めて転生した時からの付き合いだからな。」
「改めて言うまでもないけれど、貴女とは幼い頃からの親友なんですから。祝わない方がおかしいわよ。おめでとう、ソニア。絶対にロイドさんと幸せな家庭を築きなさい。」
「ありがとう……ありがとう……!」
ソニアとクロエが嬉し涙を流しながら、手を取り合う。
その光景を見ていたユリアとターニャも、感涙を浮かべていた。
◇◇◇
23時30分
結婚式の二次会も無事に終わり、俺とクロエは後片付けをしていた。
「ソニア。海軍都督を退職して、ロイドさんの居る鍛冶屋の受付嬢として働くことにしたそうよ。」
「そっか。まぁ、今後のことを考えると、海賊とか海の魔物とかと戦う危険な戦場から身を引くのは、賢明な判断だと思うよ。」
「そうよね。うふふ。2人の赤ちゃんを見る日が楽しみだわ。」
「気が早いな。まだ、そういう報告は聞いてないだろ。」
「確かに、赤ちゃんは天からの授かりものとは聞くけれど……でも、遅かれ早かれ、必ず来ると思うわ。」
「そうだな……うん。その日が来ると良いな。」
先の未来がどうなるかを楽しみにしつつ
俺は店の扉の表に掛けてある札を『 Open 』から『 Close 』へと裏返した。




