Menu 57 ~ 豚汁 ~
午前7時30分
この日
俺達を乗せたアリアータ水軍の船は、順調に海の上を進んでいた。
「皆。もうすぐ目的地に着きますよ。」
甲板に出てきたソニアが、船上に居る俺達に報告してくれた。
なぜ、俺達がソニアの水軍が所有する船の上に居るのかというと……
◇◇◇
昨日
俺とクロエが、ソニアとユリアの居る水軍に、レストランを臨時休業する事情を伝えに行くと
「そういうことなら、私達も協力しますよ!」
「え?いいのか?」
「はい。アルさんの地元が何処かは、明日にでも本人に訊くとして……陸路よりも、水路の方がきっと速いはずです。兵の皆の操船訓練にもなるでしょうし……ね、ユリア。」
「はい!私はまだ、そのアルさんと会ったことは無いですが……困っているというのであれば、力を貸してあげたいです!たとえ、皆さんと一緒に直接現地に行けないとしても、送迎くらいはお役に立てるはずです!」
「本当に大丈夫なの?ソニア。職権乱用にならない?」
「これが職権乱用になって、周囲から非難を受けることになったときは、甘んじてそれを受け入れましょう!ユリアも言ってくれましたが、私も困っている人が居るのであれば、力を貸してあげたいのです。今回は特に……アルさんという、タクトさんのお店で知り合った、お友達のためですから。」
「ソニア……ユリア……ありがとう。今回一緒に行ってくれる皆には俺達から伝えておくから、是非とも水軍の力を貸して欲しい。」
「任せてください!ということで、ユリア!全員に報告!明朝までに出航の準備を済ませますよ!」
「はい!」
◇◇◇
ということがあって、現在に至る。
「水軍の皆さん!本当にありがとう!アリアータから陸路でだと、片道3日は必要になるのに……」
「気にしないでください、アルさん。ただ……」
ユリアは持っていた俺達の住む大陸の地図を見せてくれた。
さすが、軍というだけのことはあり、測量がしっかりとされた軍事用の地図である。
「アルさんの地元・『 ベゼット 』には、本来でしたら船で川を溯って、より近くまで行くことができるのですが……この乾季で川の水位が下がっているとの報告が事前に入っていて、このまま強行すると船が座礁してしまう恐れがあるため、川下までの案内になります。申し訳ありません。」
「そんな!そこまで連れて行ってくれるだけで充分だよ!」
「じゃあ、そこからは陸路で行くとして……アル。ユリアが言ってくれた場所から、そのベゼットって村までは、どれくらい掛かるんだ?」
「そこからだと、半日あれば村に着くよ。今からだと……夕方には着くと思う。」
「なら、タクトさんと私は、夜と明日の朝の食事を提供すれば良いのかしら?」
「うん!あとは昨日見せてくれた非常食があれば充分だよ。」
「では、皆さんが戻って来るまでの間、船は川下に停泊させておきますね。」
「ありがとう。せめてもの礼として、水軍の皆さんの停泊中の食事と飲み物は用意させてもらうよ。」
「そんな……ありがとうございます、タクトさん。水軍都督として、お礼申し上げます。」
***
目的地に着いた船から碇が下ろされ、川岸に架けられた渡し板を使って、水軍を除いた全員が上陸する。
「よぉし!此処からは、俺達の仕事だ!気合入れるぞ、セシル!シーナ!タクトに何か遭ったら、今後2度と美味い飯が食えなくなるし、アンネリーに何か遭ったら、サイダーとか他の良い品物を2度と買えなくなると思え!」
「それは困る……!わかった。いつも以上に気を引き締めていこう。」
「クレス以外全員、私が絶対に守る……」
「それで、タクトさん?昨日見せていただいた商品が見当たらないのですが……」
「ん?あぁ。インスタント麵と缶詰は現地で出して……今後どうするかの商談は、アンネリーに任せる。」
「わかりました!」
「さてと……」
俺は『 収納 』していた屋台を、久しぶりに出現させる。
「おっ!久しぶりだな、その屋台!」
「私達、随分とこの屋台とタクトさんの料理のお世話になったわね。」
「え?タクトさんって、最初からあのレストランで料理を出してたんじゃないの?」
「そっか。アルはレストランになってからのお客だったか。俺がこの世界に来た最初の頃は、こいつで営業してたんだよ。アリアータを離れるつもりがなかったから、ずっと停車させた状態だったけど……こいつを引いて、移動することもできるんだよ。」
俺は屋台を引きながら、ゆっくりと歩き始める。
「タクトさん。私が後ろから押すわ。」
「私もお手伝います!」
「ありがとう。クロエ、アンネリー。それじゃあ、アル。案内を頼む。」
「うん!皆、ボクに着いて来て!」
***
アルの案内で陸路を歩くこと半日
魔物や賊に遭遇することもなく、アルが予想していた通り、夕方にはベゼットの村に到着した。
「よしっ!それじゃあ、調理を始めるか!」
「タクトさん。何を作るつもりなの?」
「いくらタクトがスキルでいろんな料理を出せるからって、この村の人達の注文を全員分聞いて、その都度個別に出してたんじゃ、夜が明けちまうぞ。」
「あぁ。だから、今回はスープを作ります!これから夜になって、冷えるだろうしな。」
「タクトのことだ……ただの具無しのスープを作るのでは、ないのだろう?」
「久しぶりに、タクトさんが作るところ、見てみたい。」
「ん~……いや、今回は量を作らないといけないからな。皆にも手伝ってもらいたい。といっても、野菜を切ってもらうだけなんだけど……手本を見せるから、お願いできるかな?」
「もちろん!喜んでお手伝いさせてもらうわ!」
「そうですね。野菜を切るだけなら、私にもできそうです!」
「おう!タクトが手本を見せてくれるなら、俺にもできそうだ!」
「タクト。遠慮はいらない、存分に私達を頼ってくれ。」
「私も、頑張る!」
「ボクも、助けてもらってばかりはいられない。頑張ってお手伝いするよ!」
「うっし!それじゃあ、まずは材料を出すぞ。」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、豚肉と野菜、調味料、業務用の寸胴鍋を出現させる。
「まず、大根と人参は輪切りにしてから皮を剥いて、こう……4つに銀杏切りにして欲しい。」
「この切り方、銀杏切りっていうのね。わかったわ!じゃあ、大根は私が引き受けるわ!」
「でしたら、私が人参を引き受けますね!」
「おう!じゃあ、その2つはクロエとアンネリーに任せた。」
「なぁ、タクト。野菜に混ざって、木の根っこがあるんだが……こいつは何だ?」
「木の根っこ?あぁ、そいつは牛蒡っていう、大根や人参と同じ、根菜……食える野菜だよ。」
「へぇ!これ、食えるのか。」
「初見だと、そう思ってしまうわよね。私も以前、釜めしを頂いたときに初めてそのゴボウを見て、今のクレスと同じような反応をしたわ。」
「ははっ、そうだったな。クレス。その牛蒡はもう水洗いをしてあるから、こう……多少皮が残っていても問題無いから、包丁で側面を削るように……『 ささがき 』って状態にしてほしい。」
「なるほど。薄く削れば良いんだな。よし!任せろ!」
「おぅ!頼んだぜ。」
「タクト。残る肉とネギは分かるんだが……この灰色の……これは何だ?」
「そいつはコンニャクっていう、特別な芋を加工した物だ。」
「え?これが芋なのか!?一体、何をどう加工すれば、これに辿り着くんだ?」
「このコンニャクをまずは半分に切って、次に細く……短冊切りっていうんだけど、食べやすい大きさに切って欲しいんだ。」
「わかった。これは私が引き受けよう。ふむ……この抵抗感……スライムを相手にしているようなものだと思えば、問題無いな。」
「あぁ。頼むよ、セシル。」
「じゃあ、タクトさん……私がネギを切る。」
「ボクがお肉を切るよ!」
「わかった。シーナ。ネギは小口切りっていう……ゆっくりでいいから、こう、細かくこの間隔で切ってくれ。」
「了解。」
「アルは、この豚バラ肉を食べやすい大きさに切ってくれ。」
「任せて!お肉の処理は普段からやってるから、問題無くやってみせるよ!」
「頼りにしてるよ。さてと……皆に頑張ってもらっている間に……」
俺は寸胴鍋にサラダ油を垂らし、火を点ける。
「よし……それじゃあ、コンニャクとネギ以外の具材を、鍋に入れてくれ!」
「「「「了解!」」」」
大根と人参、牛蒡と豚肉を鍋の底で軽く炒めて火を通す。
「…………よし。火が通ったら、だし汁を淹れて……セシル。切れた分のコンニャクを入れてくれ。」
「わかった。」
鍋でひたすら煮込みながら、たまに浮かんでくる灰汁を丁寧に取り除いていく。
「あとは、この味噌を溶いて、器に入れた後でシーナが刻んでくれた葱をトッピングすれば『 豚汁 』の完成だ。」
「もうすぐ完成なんだね!それじゃあ、ボク、村の人達を呼んで……」
「いえ……その必要は無いみたいよ。アル。」
「え?」
俺達が調理しているのが珍しかったのか、豚汁ができていく匂いに釣られたのか
ベゼットの人達が様子を伺いに来ていた。
「…………よし。できた!アル。村の人達に集まってもらってくれ。」
「うん!わかった!」
「クロエ。配膳を任せても良いかな?」
「えぇ。それは構わないけど……タクトさんは?」
「もし、万が一のことを考えて、2つ目の準備をしておく。」
「了解!」
「うっし!じゃあ、俺達も豚汁を配る手伝いをしようぜ!全員に行き渡るようにするのは当然のことだけど、できれば御老人と子連れの人を優先だ!」
「わかった。では、私が御老人を担当しよう。」
「じゃあ、私が子連れの人に配って来る。」
「そうだ……アンネリー。今のうちにインスタント麺と缶詰を幾つか出すから、豚汁と一緒に食べ方を説明してあげてほしい。」
「わかりました!」
「よしっ!じゃあ、俺は全体の状況を見て、アンネリーの手伝いにも回るよ。」
「ありがとうございます!クレスさん!」
「アンネリー、クレス、村の人達に配る前に、実食して見せてあげてくれ。豚汁を作るところを1から見ていない人達に、安心して食べてもらうために。毒が入っていないってことを示してあげてほしいんだ。」
「おう!わかった!」
「お任せください!」
皆の協力のおかげで豚汁はベゼットの人達に行き渡り、クレスとアンネリーが実際に食べているところを見て
あちこちで豚汁を食べ始めた人達から「美味い!」「美味しい!」「温まる!」といった声が上がった。
インスタント麺や缶詰も、最初のうちは当然、おっかなビックリな様子だったけど
実際に食べてもらった結果、好評のようで安心した。
「好評みたいね、タクトさん。」
「あぁ。喜んでもらえているようで、安心した。」
「タクトさーん!お父さんとお母さんを連れてきたー!」
元気良く手を振りながら、アルが御両親を連れて戻ってきた。
「初めまして。私がこの村の長を務めている『 グレン 』と申します。」
「妻の『 アンナ 』です。」
「話は娘から聞かせていただきました。この度は、このベゼットのために力を貸してくださり、誠にありがとうございます!」
「いえ、そんな……頭を上げてください。アルが困った状態で俺達に助けを求めてきたので、友達として、力になってあげたいと思ったんです。」
「タクトさん……」
「それに、本日訪れた私達の中には、様々な状況で禄に食事を摂ることができなかった者も居ます。空腹でひもじい思いを経験したことがあるからこそ、今回の件は見過ごせないとも思ったのです。」
クロエがそう言うと、クレス達が力強く頷いた。
「ありがとうございます……!それで、村の皆が食べている食事の代金なのですが……」
「え?いや、要りませんよ。今回の食べ物は、寄付という形にさせてください。とりあえず今回は3ヶ月分、インスタント麺や缶詰を提供させていただきますが、もし今後追加で必要になりそうだったり、個人的に気に入って購入される場合は、アルを通して注文してください。そしたら、あそこに居る猫耳の女の子……アンネリーというんですけど、彼女は行商人なので、御注文いただいた品を持って来てくれるでしょう。」
「3ヶ月分も……!?ありがとうございます。わかりました!必要な時はアルに頼みますが、このまま皆さんに頼り切りになるわけにはいきません。我々自身、頂いた美味しい物を活力にして、再度農業や狩りを頑張ろうと思います!」
やる気に満ち溢れるグレン殿に呼応するように、豚汁を食べていた若い男女が威勢の良い声を上げる。
「皆……今回は本当に……本当にありがとう!おかげで村の皆に、笑顔と元気が戻ったみたいだ!」
「良かったな、アル。」
「タクトさん……お父さんはあぁ言ったけど、このお礼は必ず!ボクの生涯をかけて何としてでも返すから!」
「え?いや、そんな……無理することないぞ、アル。俺が好きでやったみたいな感じだし……」
「あら……これは……」
「ん?どうした?クロエ。」
「うふふ。いいえ、何も。」
「とにかく!そういうことだから!」
「あ……あぁ、わかったよ、アル。」
とりあえず、この日は村で休んで
翌朝、村の人達に簡単な朝食を振る舞った後、俺達はソニア達水軍が待つ川下へと向かったのだった。




