Menu 55 ~ クラムチャウダー ~
10時
厨房の窓からふっと海を眺めていると、今の時間は干潮らしく、海水が完全に引いて、砂浜だけになっている。
「今なら潮干狩りでアサリやハマグリが良く取れそうだな。」
「アサリ?ハマグリ?」
「こっちの世界に居るかは判らねぇけど、貝の種類だよ。普段は海の砂の中に居るから、あぁいう潮が引いた時に、砂に空いた小さな穴を目安に砂を掘り返すと、取ることができるんだ。」
「そうなの。時々ヒルダが素潜りして獲ってきてくれるけど……そんな簡単な方法で取ることもできるのね。」
「ヒルダが獲って来てくれるのは、あそこに潜んでる貝よりも深い場所に棲んでる貝だな。」
クロエとそんな話をしていると、見せの出入り口が開き、来客を告げる鈴がチリンチリンと音を鳴らした。
「あら、お客様ね。対応してくるわ!」
「あぁ。俺もすぐに行くよ。」
「いらっしゃいませ!ようこそ、レストラン・タクトへ!」
「えっ!?クロエ先輩?」
「た……『 ターニャ 』……」
「ん?クロエの知り合いか?何て言うか……元の職が職なだけに、町に知り合いが多いと、色々と大変だな。」
「えぇ……本当に……」
カウンター席から顔を覗かせて、クロエが衛兵をしていた時に着ていた軍服に身を包んだ
金色の長髪をポニーテールに結った女性が立っているのを確認した。
クロエとは違って、ちゃんとミニスカートを穿いている。
あのレオタードが正装ってわけではなかったんだな。
「タクトさん、紹介するわ。彼女はターニャ。私が衛兵をしている時に、人員整理で私の部隊に入ってきた新人だった子なの。」
「そっか。俺はタクト、この店の店主をさせてもらってるよ。」
「店……そういえば、先輩はレストランと言っていましたね。このような町外れにあって、お客様は来るのですか?」
「まぁ、それなりには……」
「せっかくだし、ターニャ。何か食べて行かない?」
「え?いえ、私は警邏の途中で見慣れない建物があったので、気になって入っただけなのですが……そうですね。少し早い休憩にしましょうか。あの……タクトさんでしたか?このお店に、『 食事のできるスープ 』という物はありますか?」
「食事のできるスープ?」
「はい。大陸中央の都市で、スープに野菜と干し肉を入れた物が出回り始めていると、同僚から聞きまして……暇を見つけては、この町でも探しているのですが、まだこの辺りでは出回っていないようで……」
「なるほど……」
ターニャの話的に、俺の知っている料理で1番近い物はたぶん、ポトフとかあの辺りだろうな……
「ターニャさん。具さえ入っていれば、どんなスープでも大丈夫かな?」
「え?そんなに種類がある物なのですか?え……えぇ。出していただけるのでしたら……」
「よし!それじゃあ、スキルで出してしまうな。」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、温かいスープを出現させる。
「どうぞ。クラムチャウダーだ。」
「クラム……初めて聞く料理ですね。いただきます……」
ターニャがスプーンでスープを掬い、静かに口へと運ぶ。
「ん……優しい味……ベースはミルクのようですが、いろんな味が染み出していて……」
「クロエも食べてみるか?」
「えぇ。いただくわ。」
「この厚切りの燻製肉に、ジャガイモ、玉ねぎ……この3つは判るのですが、この茶色の……これは?見たことの無い形ですが……」
「あぁ。それがクラム……アサリっていう貝だよ。」
「えぇっ!?貝って……貝殻は装飾品として露店に売られているのは見たことがありますが、貝の身って、食べられるのですか!?」
「他の人達も、タクトさんのお店で、初めて貝が食べられるって知るのよねぇ。はむ……ん……クニクニして、ただの塩味とは違う、魚介類特有の潮の味がして美味しいわ。」
「クロエ先輩が何の躊躇も無く……そうよね。食べられない物をお店の人が出すとは思えないし……はむっ!」
意を決したように、ターニャがスプーンで掬ったアサリを口へと運ぶ。
「もぐ……ん……あっ、本当です。クロエ先輩の言った通り、噛んだら味が染み出してきて……アサリ、美味しいです!」
「あと、貝ってのは、種類にもよるけど煮込んだら良いダシ……スープが出るんだよ。」
「確かに。牛乳と塩だけでは、この味は出せないと思います。この味……これがきっと、アサリから出た旨味なんですね。」
「こういう具材の多いスープや、シチューは良いんだぜ。お湯に溶け出した食材の栄養を、スープとして摂取できるからな。」
「なるほど……あっ、タクトさん。あの……えっと、おかわりを頂いても……」
「もちろん。すぐに出すよ。」
「うふふ。ターニャもタクトさんの出す、異世界の料理を気に入ったみたいね。」
「え?あの、えっと……異世界とは、どういう……?」
「えっと……タクトさん……」
「あぁ。ちゃんと説明する。」
俺はこっちに来てからもう何度目かになる説明を、ターニャにも話した。
「そうだったのですか……羨ましいです。タクトさんが以前居た世界は、このクラムチャウダーのように美味しい料理がいっぱいだったのですね。」
「本当に。私も何度、タクトさんの出してくれる料理に救われたことか……」
「なるほど。クロエ先輩が時々、詰め所を抜け出していたのは、タクトさんのお店に来ていたんですね。」
「えっ!?こっそり抜け出していたつもりだったのに……バレていたの!?」
「はい。バレバレです。まぁ、詰め所の外まで付け回すようなことはしませんでしたが。」
「そうだったの……ごめんなさい。私が衛兵だった時に、貴女にもタクトさんのお店を紹介しておいてあげるべきだったわね。」
「それに関しましては、まったくその通りです!もっと早く、このお店のことを知りたかったですよ!」
その後も雑談をしながら、ターニャは2杯目のクラムチャウダーを完食した。
「ふぅ……ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!」
「おう!満足してもらえたみたいで、良かったぜ。」
「あの……クロエ先輩。お会計をお願いしたいのですが……これだけ美味しかったんです。やはり、お高い……ですよね?」
「えっと……タクトさん。クラムチャウダーってメニューに載ってたかしら?」
「どうだったかな…………あぁ、載せてあるな。1杯、銅貨7枚だ。」
「え?」
「了解。それが2杯だから、銀貨1枚と銅貨4枚ね。」
「え?え?私の耳がおかしくなったのでしょうか?えぇっ!?あの具沢山で美味しいクラムチャウダー1杯が、たったの銅貨7枚!?仮に他のお店で同じ物を再現できたとして、1杯銀貨5枚は取られますよ!?」
「あっははは!こういう反応を見るのは、やっぱり面白いな。」
「うふふ。私も初めて料理の値段を聞いた時は驚いたけど、ターニャも見たでしょ?タクトさん、スキルで料理を出すときもあって材料費がかかっていないのよ。だから、この値段でも大丈夫だし、私も納得したわ。」
「そ……そうですか。店主のタクトさんが決めたお値段で、クロエ先輩も納得されているのなら……わかりました!」
ターニャは財布から銀貨と銅貨を取り出し、クロエに手渡した。
「はい!ちょうど頂きます。」
「タクトさん。」
「ん?」
「先輩と一緒に居てくれてありがとうございます!そして、お料理、とっても美味しかったです!私もクロエ先輩のように時間を見つけて、利用させていただいても宜しいですか?」
「もちろん!いつでも好きな時に来てくれ。」
「またの御来店、待ってるわね、ターニャ。」
「はい!それでは、私も仕事に戻ります!改めて、ごちそう様でした!」
ターニャは満足そうな笑みを浮かべて、店を出て行った。
「うふふ。相変わらずのようで、安心したわ。」
「また利用してくれるみたいだし、衛兵の詰め所程ではないけど、頻繁に顔を合わせることになりそうだな。」
「えぇ。いつか私と同じように疲れた状態で、このお店に来店したとき……先輩として、愚痴の1つくらいなら聞いてあげるつもりよ。タクトさんが私に、そうしてくれたように。」
「あぁ。その辺は各々、お客さんの様子を見て随時対応していくということで。」
店側の人間とお客さん、そして、お客さん同士の距離が近くなるように、あまり大きくない店構えにしてあるんだ。
これからも、いろんな人と人の輪ができて行けば良いな……と思った。




