Menu 53 ~ 八宝菜 ~
アリアータ・グウェル邸応接室
「もぐ……ほぅ……このお菓子は、美味いな。」
「でしょう。最近知ったお店で売ってもらったのですよ。」
「ふむ……儂も帰りしなに買って帰るかな。どこの店だ?」
「では、せっかくですし、昼食はその店で食べましょうか。」
◇◇◇
12時
店内でクロエと食器の片づけをしていると
「何だ!?これは!この季節に、料理をこのようなガラスの箱に入れて!腐ってしまうだろ!?」
「いえ、これは作り物ですよ。このお店で出してくれる料理を模した物です。」
「これが作り物!?ほぅ……どれも見たことが無い物だが、うむ。よくできていると思う。」
「何だろう?外が騒がしいな……」
「声から察するに、1人はグウェルさんでしょうけど……もしかしたら、先日言っていたお客様と一緒に来てくださったのかもしれないわね。」
「あぁ……それっぽいな。とりあえず、クロエ。接客を頼む。」
「えぇ!」
クロエが入り口の方へ歩いて行ったのとほぼ同時に扉が開き、グウェルが店内に入って来た。
「いらっしゃいませ!ようこそ、【 レストラン・タクト 】へ!」
「こんにちは、クロエさん。本日は2名なのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです!席は……カウンター席とテーブル席、どちらにされますか?」
「そうですね……では、カウンター席でお願いできますか?彼をタクトくんにも紹介したいので。」
「わかりました!それでは、お席の方へどうぞ。」
クロエに案内され、グウェルと連れの白髪の男性がカウンター席に座る。
グウェルよりも少し歳上のように見え、某髭の配管工程ではないが、髪と同色の整えられた口髭と顎髭を生やしている。
「いらっしゃい、グウェルさん。そちらが先日話してくださった……」
「はい。彼は『 ヨハン 』。私の友人で、アリアータから北東に位置する『 バルニア 』という町の領主……だったのですが、どうやら先日、息子さんに家督と領主の任を譲り、今はバルニアの近くに建てた別荘で、楽隠居されているそうです。」
「ふむ……この店の名は、店主であろう君の名から取ったのか。あちらの給仕の彼女といい、随分と若いが……本当に美味い料理を出してくれるのか?」
「美味い料理……かどうかは、断言できないですね。結局のところ、その人が料理の味を気に入ってくださるかどうかですから。」
「ほぅ……」
「どうぞ。お水と、メニューです。」
クロエがグウェルとヨハンの斜め前に水とメニューを、そっと置いていく。
「む……すまんな。どれ……」
ヨハンはメニューを手に取り、1枚ずつページをゆっくり捲っていく。
「むぅ……どれもこれも、味の想像が……いや、肉や魚を使った物は、大体の予想はできるか……」
「タクトくんのお店の料理を全部、1回ずつ食べ尽くすには、どれくらいの月日がかかるんでしょうね。」
「ヨハンさん。『 何かコレが食いたい 』という料理があれば、言ってください。そちらのメニューに載っていなくても、条件に合って俺が知っている物でしたら、提供できますから。」
「ほぅ?言ったな?最近、こちらで行った実験とやらのおかげで、内陸でも美味い魚が食べられるようになった……が、今でも基本的にパンや干した肉、それとしなびた野菜やジャガイモが主食となる。この歳まで生きると、それしか食べる物が無いとはいえ、さすがに飽きてきてしまってな。そこで、店主である君に頼みたい。おそらく探せばこのメニューに載っているのだろうが、野菜を美味しく食べられる料理をお願いできるかな?」
「野菜ですか。良いですね。タクトくん、私にもヨハンと同じ物をお願いできますか?」
「わかりました!時間は大丈夫ですか?この後用事があるなら、スキルで完成した物を出しますが……」
「グウェルはどうかは知らんが、儂は問題無い。せっかく厨房が見えるこの席に座らせてもらったんだ。君が作るところを見学させてもらえるかな?」
「えぇ。私もタクトくんが作るトコロを見たいです。」
「了解です!それじゃあ……」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、必要な材料を出現させる。
「ほぅ……見慣れない食材が2つほどありますね。」
「うむ。タクトくんだったかな?その葉野菜は?儂等が知っている物よりも随分と大きく、楕円なのだが……」
「え?あぁ。これは白菜っていうんです。」
「ハクサイ……初めて聞く野菜だ。」
「それも、タクトくんが居た世界の野菜ですか?」
「グウェルさんもヨハンさんも知らなくて、この世界の市場に出回っていないのなら、そういうことになりますね。」
「グウェル。お前は何を言っているんだ?まるでタクトくんが、この世界の人間ではないような物言いをして……失礼であろう?」
「あぁ、いえ……実はタクトくんは……」
俺が食材を切っている間、俺に変わってグウェルがヨハンに俺の過去のことと、クロエがこの店で働くことになった経緯を説明してくれていた。
「なるほど、そうであったか……それにしても、これほどまでに可愛らしいお嬢さんが、元衛兵とはな。」
「あっ、ありがとうございます。」
「ということは、先程グウェルの屋敷で頂いた、あのお菓子も……」
「はい。タクトくんの居た世界のお菓子ですよ。あっ!タクトくん、ヨハンがあのどら焼きを気に入ってくれましてね。私達が帰るときで良いので、昨日と同じ、箱に入った物を用意していただけますか?」
「おっ!嬉しいですね。わかりました、後でスキルでまた出します。」
とりあえず、材料を切り終えたので、サラダ油を熱した中華鍋に豚肉、人参、白菜の芯を入れて炒め始める。
「……で、ある程度火が通って来たら、ピーマンと白菜の葉、剝きエビとイカ、湯通しした木耳を入れて……」
「待った!そう、それだ!いや、エビやイカが食べられるということも驚きなのだが、その黒い物は何だ!?」
「キクラゲ……と言っていましたが……」
「タクトさんがこの世界に来る前、ソニアが時々、『 海に落ちた新兵がクラゲに刺されて、その箇所が酷く腫れた 』と話していたんだけど……これが、そのクラゲなの?」
「いや、海に居るクラゲとは別物だよ。あれはあれで、加工次第では食えるヤツも居るんだけど……この木耳は、そのクラゲと食べた時の食感が近いってだけで、こいつはキノコの一種なんだ。」
「キノコ……これがキノコなのか!?タクトくんの居た世界には、面白い物が生えているのだな。」
3人が食材が入った中華鍋を凝視している前で、殻を剥いた鶉卵と、調味料と水溶き片栗粉を入れて、また炒める。
「……よし!こいつを皿に盛って……八宝菜、お待ちどぉ!」
俺は八宝菜を盛った皿を、グウェルとヨハンの前に置いた。
「おぉ!何とも具沢山だな!」
「俺の居た国の文字で『 八 』つの『 宝 』の『 菜 』って書くんですけど、この『 八宝 』というのは、『 8種類の具材 』ってことじゃなくて、『 いろいろな具がたくさん入ってる 』って意味らしいです。」
「はっはっは!まさに、名前通りの料理ですね。それでは、いただきます。」
「うむ!いただきます!」
グウェルとヨハンはフォークで食材を刺し、それぞれのタイミングで口へと運ぶ。
「む……もぐ……もぐ……ほぅ!これは!今まで食べたことの無い味だが、うむ!美味い!このハクサイだったか?葉の部分はしんなりと柔らかく、芯の部分はシャキシャキしていて、良いな!」
「このとろみのあるソースのおかげか、人参もまるで煮込んだかのように柔らかく、食べやすくなっていますね。」
「そして、このエビとキクラゲだ!エビやイカはプリップリと、キクラゲはコリコリと、どちらも違った良い歯応えで、しかも美味いときた!」
「うふふ。ヨハンさん、凄いテンションね。」
「あぁ、見ていて面白いな。あっ、そうだ。グウェルさん、ヨハンさん。その八宝菜、1度返してもらえますか?」
「おや?まだ何かしてくれるのですね。わかりました。ヨハンも、タクトくんを信じて。」
「うむ!わかった。」
俺は2人から八宝菜を返してもらい、丼に炊いておいたご飯を盛り、その上に八宝菜をかける。
「む?何だ?あの白い物は。」
「おや?ハッポウサイをおコメの上にかけるのですか?」
「はい。こっちがグウェルさんの、そんで、こっちヨハンさんの……すみません、お待たせしました。中華丼です!スプーンで食べてください。」
「わかりました。」
「牛丼、鰻丼、釜めしにパエリア……私もおコメを使った料理を色々食べさせてもらったけど、こんなこともできるのね。」
「万能だろ?」
「えぇ、本当に。」
「おぉぉっ!これは凄い!ハッポウサイだけでは、腹が膨れるか疑問ではあったが……このコメというのか?これのおかげで、食べ応えがより増したな!」
「このゆで卵の優しい甘さも嬉しいですね。そして、ソースが染みたおコメが、また美味しい。」
グウェルとヨハンは時々談笑しながら、各々のペースで中華丼を完食した。
「ふぅ……いやぁ、美味かった。年甲斐も無く、夢中になって食べてしまったわ。」
「はっはっは。わかります、その気持ち。では、クロエさん。お会計を。」
「はい!えっと、八宝菜1皿で銅貨9枚です。ちなみに……ねぇ、タクトさん。この八宝菜、中華丼にしても同じ値段でいいの?」
「そうだな……うん!同じ値段で!」
「とのことです。」
「わかりました。それでは……」
「いや、待てぃ!あれだけ美味しかった料理が……銀貨1枚に到達せんのか!?仮にもし!バルニアでタクトくんが提供してくれたこの料理と同じ物を実現できたとしよう。おそらく銀貨3枚ほどの値段で提供されるぞ!」
「ま……まぁ、俺は材料をどこかの店で買ってるんじゃなくて、自分のスキルで出している分、材料費がかかってないので……あと、今、あっちの世界ではどうなってるのかは知らないけど、値段の大体の目安は俺が元居た世界で『 たぶん、これくらいの値段 』っていう、曖昧な記憶を基準にしているんで……」
「ふむ……そうか……まぁ、店主である君がそういうのであれば、儂はそれに従おう。グウェル、今回の支払いは、儂に任せろ。」
「よろしいのですか?ありがとうございます。」
「なぁに!他の店で支払うことに比べたら、可愛いもんだ!」
ヨハンは財布から銀貨1枚と銅貨8枚を取り出し、クロエに支払った。
「はい!確かに丁度、いただきます!」
「ヨハンさん。追い討ちをかける様で悪いんだけど……お持ち帰りのどら焼きの箱詰めと、緑茶が入った茶筒です。」
「おぉ!それもあったな!もちろん、そちらの代金もちゃんと支払わせてもらうよ。」
「一応、数日は日持ちしますが、できるだけ早く食べきってください。」
「うむ!わかった。」
俺はヨハンから土産分の代金も頂いた。
「はははっ!グウェル、良い店を紹介してくれたこと、感謝する!しかし、ただ1つの不満は、アリアータとバルニアとの距離が、少し離れているくらいか。」
「またいつでも来ればよいではありませんか。家督を息子さんに譲り、今は時間があるのでしょう?」
「ふむ……それもそうだな。ついでに、その時間を使ってお前がしようとしている、新しい試みを手伝ってやろうか。先程、屋敷で『 コメという植物を植える場所を探している 』と言っていた時は、『 何を言っているのだ?こいつは 』と思ったが、今、こうして実食して判断した。これは良い!可能であれば、アリアータとバルニアの中間辺りで、良い場所を探そうではないか!」
「それは良いですね!では、屋敷に戻って具体的な話をしましょう。タクトさん、クロエさん。失礼しますね。」
「タクトくん、クロエさん。儂はこの店が気に入った!頻繁には来れんだろうが、このアリアータを訪れた時は、必ずまた寄らせてもらうよ。」
「ありがとうございます!」
「またの御来店、心よりお待ちしております。」
ヨハンは楽しそうに笑いながら、グウェルは優しく微笑んで軽くお辞儀をして、店から出て行った。
「いやぁ、なかなかに気持ちの良い爺さんだったな。」
「お爺さんと呼んで良いのかどうかは、少し迷うけど……良い人であることには、間違いないわね。」
「楽隠居しているみたいだし、また来てくれると良いな。」
2人が食べ終えた食器を下げつつ、ヨハンがまた来店してくれる日が訪れれば良いなぁと、思ったことが自然と口から零れ落ちた。




