Menu 45 ~ 冷しゃぶ ~
8時30分
「さてと……掃除も朝食も済んだし、少し早いけど開店しようか。」
「えぇ!それじゃあ、表の掛け看板をひっくり返してくるわね。」
クロエが外に出て、扉に掛けている看板を『 Close 』から『 Open 』へと変えた時
「おぉぉぉ!タクトさんのお店があった場所に、お洒落なお店が建っています!」
「あら?アンネリー!戻って来たのね。タクトさんから聞いたわよ。実験のために王都の方まで行っていたとか……お疲れ様。」
「え?その声、クロエさんですか!?どうしたんですか?その恰好!いえ、可愛いとは思いますが……」
「うふふ。ありがとう。タクトさんに実験の報告へ来たのよね?ちょうど今、開店したところよ。さぁ、中へ入って。」
「あっ、はい!ありがとうございます!」
「おぅ!いらっしゃい、アンネリー。」
「タクトさん!いきなりですが、結論から報告させていただきます!実験……成功しました!」
「おぉぉ!マジか!」
「はい!【 収納 】している間は、時間が経過していないようで、王都前の平原で取り出して確認しましたところ、魚を冷やすためにシーナさんに用意してもらった氷は溶けておらず、焼いて食べてみたところ、傷んでいませんでした!」
「そっか!そいつは良かったな!ちなみにグウェルさんには?」
「昨日戻って来た時に報告させていただきました!大変喜んでおられましたよ。ごめんなさい……本当はその流れで、昨日のうちにタクトさんにも報告しようと思ったのですが、グウェルさんが手配してくださった宿を利用しているうちに、クレスさん達も私も眠ってしまって……」
「良いって、良いって!でも、そっか……それが判ったのは、本当に大きいな。」
「えぇ。今後、新鮮なまま魚を購入できるようになって、内陸の人達も喜ぶでしょうね。」
「ですね!本当はこの情報をしばらくの間、私だけで独占しようかとも思いましたが……此処で食事した後、他の商人さん達と話して、より多くの商品をアリアータの外へ売り出そうと思います!」
「そっか。まぁ、急かしたりしないから、好きなだけゆっくりしていってくれ。」
「はい!」
「アンネリー。はい、メニュー。」
「ありがとうございます。クロエさん。」
クロエからメニューを受け取ったアンネリーが、ページを1枚ずつ捲っていく。
「そうですね……お肉と野菜をしっかり食べたいんですが……どれにしましょう。いつものことながら、悩んでしまいますね。」
「えぇ。解るわ、その気持ち。どれも美味しそうよね。」
「ん~……外は少し暑かったし、できれば冷たい物が食べたいんですけど……野菜はともかく、お肉を冷たく食べる方法なんて無いですよね?」
「肉と野菜を冷たくか……わかった。ちょっと時間がかかるけど、大丈夫か?」
「あるんですか!?はい!お願いします!」
「あいよ!」
俺は【 創造 】のスキルで、必要な物を出現させる。
「クロエ。この器を奥の冷蔵庫に入れてから、鍋で湯を沸かしてくれるか?」
「えぇ。わかったわ。」
クロエに用意してもらっている間に、俺は野菜を切っていく。
「タクトさん。その白い野菜は何ですか?形はニンジンと似ていますが……」
「ん?あぁ、大根か。ん~……どう説明しようかな。とりあえず、色の白い人参だと思っててくれればいいよ。」
皮を剥いた人参と大根をスティック状に切り、アスパラの根元を切る。
「タクトさん。お湯、沸いたわよ。」
「おぅ!まぁ、この後することは簡単なんだけどな。」
俺は人参、大根、アスパラ、ヤングコーンを軽く茹でて笊へと取り出し、そのまま冷蔵庫で冷やす。
「そんで、野菜を茹でたお湯で肉を……」
箸で掴んだ肉を2回ほどお湯の中で動かし、野菜をしまう時に冷凍庫から出した氷の上で、同じように2回ほど動かして熱を取る。
「えっ!?タクトさん、大丈夫なの?それ。ちゃんと火が通ってるの?」
「あぁ。熱を通しやすくするために、ステーキみたいに焼いて食うための肉より、ずっと薄く切ってあるからな。逆に、あんまり茹ですぎると、この湯の中に肉の旨味が出過ぎてしまうんだよ。」
「なるほど。そうだったの。」
肉を数枚、同じようにして火を通して冷やしてから、クロエに頼んで冷やしてもらっていた容器と野菜を取り出し、
水洗いした後、水気をしっかり切ったレタスを数枚千切って器に敷いてから、野菜と肉を盛り付けていく。
「最後にこのゴマドレッシングをかけて……待たせたな、アンネリー。冷しゃぶ、お待ちどぉ!」
カウンター席に座っていたアンネリーの前に、冷しゃぶを置いた。
「わぁぁ!とっても涼やかで美味しそうです!」
「えぇ!本当に!タクトさんの居た世界には、こんな風に肉を冷やして食べる方法もあるのね。」
「それじゃ……いただきます!」
アンネリーはフォークで肉を刺し、口へと運ぶ。
「はむ!もぐ……ん……もぐ……ん~!美味しいです!本当に、お肉にちゃんと火が通っていて……このゴマの風味のする、味が濃い目のドレッシングも美味しいですね!ちょっと淡白な味のお肉によく合います!」
「ははっ、喜んでもらえて良かった。」
「野菜も新鮮で、シャキシャキした歯応えで美味しい……ん?あの、タクトさん。」
「何だ?」
「この小さくて薄い黄色の……これの大きくて、もっと黄色の濃いコーンは知っているのですが、これは成長しきっていないのですか?」
「あぁ~……えっと、俺も詳しいことは知らないんだ。トウモロコシの成長する前の物なのか、元からそういう品種……野菜なのか。まぁ、大きい方は無理だけど、そのヤングコーンは芯まで食べられるぜ。」
「そうなんですね!もぐ……んっ!コリコリして、甘くて美味しいです!」
そのままアンネリーは美味しそうに、冷しゃぶを完食した。
「ふぅ……美味しかった!ごちそう様です、タクトさん。」
「おう!お粗末様。」
「最初見た時は、お肉が入ったサラダとしか思っていなかったけれど、アンネリーのその様子を見ると、ちゃんと主食としても満足できるみたいね。」
「はい!私も、野菜でこんなに満たされるなんて、思っていませんでした。あっ!お支払いをしないとですね!」
「えっと……タクトさん。メニューには載っていないのだけれど……幾らにする?」
「そうだな……少し高くなるけど、銀貨1枚……って言ったら、怒るか?」
「とんでもないです!この世界では珍しい野菜や、美味しいお肉を使用されているんです。他のレストランなら、おそらく……金貨1枚いく手前くらいの値段はするでしょう。それを銀貨1枚だというのですから、タクトさんは優しすぎますよ。」
そう言いながらアンネリーは財布から取り出した銀貨を、クロエに手渡した。
「はい!銀貨1枚、丁度いただきます!」
「うふふ。衛兵の時の凛々しいクロエさんも良かったですが、タクトさんのお店で給仕として働いているクロエさんも……笑顔が優しくて、良いですねぇ。」
「そこに気付くか。なかなか見る目があるな、アンネリー。」
「恐縮です!」
「そ……そうかしら?その……えっと、ありがとう……」
「さてと!私も御2人を見習って、ちょっと頑張ってきます!」
「えぇ。頑張って、アンネリー。」
「料理を食いにでも、商談でも、また気楽に足を運んでくれて良いからな。」
「はい!ありがとうございます!それでは!」
行儀良く頭を下げたアンネリーが、店から出て行った。
「実験成功か……こりゃ、ヒルダ達漁師さんもやる気が出るだろうな。」
「えぇ。アンネリーが他の商人さん達にその件を伝えて、それを聞いた商人さん達が口伝で他の町の商人さんに広める……もしかしたら、次の大市は、凄いことになりそうね。」
「あぁ……確かに。まぁ、大市はまだ先の事だし、俺達は此処に来てくれるお客さん達を常に大事にしていこうぜ。」
「はい!」
この日の夜、来店したグウェルさんに話を聞くと、アンネリーから話を聞いた、この町に居て【 収納 】のスキルを持つ商人達が
ここ数年、諦めが入って奥底に潜ませていたやる気を、これでもか!と発揮して、夕方港に戻って来た漁師さん達から活きの良い魚を
……血みどろの喧嘩にまでは発展しなかったが、威勢の良い声を飛び交わせて、奪い合うように購入したとのことだった。




