Menu 35 ~ 鰻丼 ~
8時
「あっ!おはようございます、タクトさん!」
【 収納 】のスキルを発動して、夜間使用したテントを片付け、屋台を出したところで、大通りから慌てた様子でクロエが駆け寄って来た。
「おはよう、クロエ。どうしたんだ?何か慌ててるみたいだけど……」
「えぇ。実は、先程詰め所に漁師さんが駆け込んできて……シー・サーペントの幼体が複数、魚と一緒に網にかかったそうなのよ。」
「シー・サーペント!?」
確か、シー・サーペントって、バカデカいウミヘビのモンスターじゃなかったっけ?
その幼体が水揚げされたのか……
「いや、それでクロエ達衛兵や、ソニア達水軍が慌てるのは解るけど……何で俺の所に?」
「えっと、その……私達が知らないだけで、タクトさんが居た世界で食べられている魚の可能性も少しはあるかもしれないと思って……」
「あぁ、なるほど。わかった、そういうことなら俺も同行するよ。」
「御協力、感謝しますっ!」
◇◇◇
俺とクロエが漁港に着くと、大きな人だかりの中に、ソニアとヒルダの姿を見つけた。
「あっ!クロエ、それにタクトさんも!」
「来てくれたんだね!」
「えぇ!それじゃあ、タクトさん。確認してもらって良いかしら?」
「おう。ちょっと、失礼します。」
俺は漁師さん達に少し退けてもらい、件のシー・サーペントの幼体を見せてもらった。
そこには水が張られた大きな木製のタライの中で、黒くて細長い生き物がクネクネと泳いでいた。
「こいつは、鰻じゃねぇか!この世界にも居たのか。」
「ウナギ……ですか?」
「シー・サーペントの幼体じゃないの?」
「あぁ。こんな見た目だけど、立派な魚だよ。鮭って魚と一緒で、川から海へ、そして海から川へ移動するんだ。」
「なるほど。元々は川のお魚なんですね。」
「誰だい!?シー・サーペントの幼体とか言い出したのは!?ちょいと恥をかいちまったじゃないかい!水軍都督さんにも衛兵部隊長さんにも出動してもらう騒ぎにまでなっちまって……」
「まぁまぁ、ヒルダ、落ち着いて。私は気にしていないから。それで、タクトさん。そのウナギは食べられるの?魚……なのよね?」
「あぁ。食べるまでにかなり時間がかかるけどな。ヒルダ。この鰻を売ってもらえないかな?」
「もちろんだよ!ただ、初めて獲れた魚なんで、値段の付けようがねぇ……タクトさん。コイツはタダで譲るから、調理してみせてくれないかい?」
「わかった。他の漁師さんもいるし、此処で実演させてもらうよ。」
「興味がありますね。タクトさん、私とクロエも見せてもらって良いですか?」
「おぅ!もちろんだ。ただ、裂くところから始めるから、30分くらいかかるけど、大丈夫か?」
「えぇ。大丈夫よ。」
「よしっ!それじゃあ……」
俺は【 収納 】していた屋台とバーベキューの時に使用したカマドを出現させ、炭火の用意をした後に鰻を1匹手に取り、まな板の上に置く。
本来なら何年も修行が必要なんだけど、【 プロの技術 】のスキルの効果で、楽させてもらおう。
「上手いもんだねぇ。アタイも掴もうとしたけど、ヌルヌルしていて、とてもじゃないけど掴めなかったよ。」
「コツがあるんだよ。頭の後ろと尻尾の少し上辺りを持って、そのままだとヌルヌルと手の内を擦り抜けるから、鰻の動きに逆らわずに、鰻が動く方向へ自分の身体を付いていかせるんだ。」
「なるほどねぇ。」
まな板の上の鰻の頭に杭を刺し、背中から裂いて身を開き、骨と内臓を取って、尻尾部分を長めに、胴と2分の1の割合で切りに分ける。
「変わった捌き方ですね。」
「えぇ。お腹の辺りから開くか、見た目から、ぶつ切りにするのかと思っていたのだけれど……」
「別にどっちから裂いても良いんだけどな。俺が元居た国……大陸?の境界線は判らないんだけどな、大陸を東と西で分けた時、東側ではこんな感じで背中から捌いて、西側では腹から捌くそうだ。」
「なるほど。いろんな流儀があるんですね。」
最初の鰻の切り身に串を刺して白焼きにしているうちに、今度は【 収納 】のスキルを発動して、蒸し器を出現させる。
「あら?ショーロンポーを出してくれた時に見せてくれた、セイロと同じ使い方……ということは、ウナギを蒸すの!?」
「あぁ。焼いて、蒸して、鰻が持つ泥臭さを取るんだ。俺が居た世界の他の国では、この鰻をぶつ切りにして、ゼラチンって成分で固めたゼリー寄せって料理もあるんだけど、焼く、蒸すのどっちかの工程をしてないから、ちょっと泥臭いそうなんだよ。」
「へぇ……でもまぁ、どうせ食べるんなら、手間がかかっても美味しい方が良いよねぇ。」
焼き上がった鰻を皮の方を下にして蒸している間に、2匹目の鰻を捌き、蒸しあがった鰻につけるタレの用意をする。
「…………よし、蒸しあがったな。このままでも食べられるけど、タレをつけてまた焼く。」
「あぁ……とっても良い香りですね!」
「食欲をそそられる匂いだねぇ。」
他の漁師さん達も、血眼になって……中には涎を垂らしながら、鰻が焼けていくのを見学している。
焼いて、タレをつけて……これを3回繰り返し
「よしっ!焼けたぞ!これを熱々のご飯の上に乗せて……鰻丼のできあがりだ!それじゃあ、まずはヒルダに食ってもらおうかな。ソニアとクロエの分も、順番に焼き上がるから、待っててくれ。」
「はい!ありがとうございます、タクトさん。」
「うふふ。楽しみね。」
「それじゃ、お先にいただきます!はむ……ん……もぐ……っ!?何だいこりゃ!?香ばしいのに、魚の身はフワフワしていて、ホロホロと崩れて……この甘辛いソースの味も相まって、めちゃくちゃ美味しいよ!」
「ヒルダの姐さん、そっ……そんなにかい?」
「あぁ!アンタ達も食べてみな!下の白いコメってモンと一緒にね。タクトさん、スプーンを何本かお願いできるかい?」
「おぅ!すぐに出す。」
スプーンを受け取った漁師さんのまずは3人が、鰻とご飯を一緒に口の中へと運んだ。
「……っ!?何だこりゃ!?すっげえ美味い!」
「さっき、このウナギを焼いてくれてる兄ちゃんが言ってたけど、本当に泥臭さが感じられない!」
「こんなに美味い魚、今まで食べたことねぇよ!」
「はいよっ!これはソニアの分。」
「ありがとうございます!」
「ねぇ、タクトさん。ウナギを焼くのに炭を使っているけど、フライパンを使って焼いたらダメなの?」
「ん?いや、焼くだけならフライパンでも大丈夫だけど、できるなら、炭で焼いた方が美味しく仕上がると思うぞ。赤熱した炭に鰻の脂とタレが滴り落ちて、それが焦げて上ってくる煙が鰻にまとわりついて、香ばしく焼き上がるんだよ。」
「なるほど。ちゃんと意味があるのね。」
「あと、鰻の風味ってのは失われやすいからな。作り置きしておくなんて論外!一度鰻を捌きだしたら、焼き、蒸し、焼きの工程を滞りなくやって、熱い丼飯の上に乗せて食う。たぶん、これが鰻を1番美味く食べる方法だと思うよ。はい!お待たせ、クロエ。」
「うふふ。ありがとう、タクトさん。」
「遅れて申し訳ありません!シー・サーペントの幼体が水揚げされたというのは、本当ですか?」
鰻を3匹捌いているから、そこそこ時間が経過してると思われる中、グウェルが慌てた様子で漁港へ駆けつけて来た。
「あぁ……それなんだけどねぇ、領主様。ごめん!タクトさんのおかげで、すっかり解決しちまったよ。」
「おや?そうなのですか?もしかして……今、タクトくんが捌いているのが、件の生き物ですか?」
「はい。鰻っていう魚です。ちょっと時間は掛かりますが、グウェル殿も食べていってください。」
「ほほぅ。魚なのですね。えぇ、是非ともご馳走になりましょう。」
「それにしても、本当に美味しいです!タクトさんの居た世界でも、よく食べられていたのですか?」
「あぁ。美味すぎて、鰻は食べると精が付くってんで、スタミナ源としてもいっぱい食べて、数がかなり減って……今では人の手を介して数を増やす努力がされてるくらいにはな。」
「そうでしょうね。こんなに美味しいんですもの……人気が出るのも、解るわ。」
「ウナギを食べると精が付く……ロイドさんにも食べてもらいたいですね。」
「美味かったよ、タクトさん。ちなみに、お値段はいくらだい?」
「え?そうだな……今日はお試しで皆に食べてもらうから良いけど、次から店でちゃんと売りに出すなら……初の銀貨1枚かな。」
「「「安いっ!」」」
俺が示した値段に、ソニアとヒルダ、クロエ……に加えて、鰻丼を食べた漁師達までもが口を揃えて言い放った。
「タクトさん、そりゃ安すぎるよ!こんなに美味しい物が、銀貨1枚だなんて!」
「そうですよ!タクトさんがこのウナ丼を作る工程を最初から見ていましたけど、あれだけ手間がかかっているのでしたら、もっと料金を取っても、誰も文句言いませんよ!」
「そうだ!せっかくグウェル殿がいらっしゃるのですし、グウェル殿に食べていただいて、値段を決めてもらいましょう!」
「「「異議無し!」」」
「おやおや。何やら責任重大ですね。」
「悪いな、グウェル殿。……よし、できた!どうぞ。これが今、値段で揉めている鰻丼です。」
「おぉ!とても良い香りですね。では、いただきます。」
俺から鰻丼を受け取ったグウェル殿が、スプーンで掬って口へと運ぶ。
「もぐ……もぐ……おっ、おぉぉぉ!これはっ!素晴らしく美味しいですね!鰻の身の柔らかさも、ソースが染み込んだこの温かいおコメも、たまりませんね!」
額から汗をかきながらも、グウェル殿が豪快に鰻丼を完食する。
「ふぅ……夢中で食べてしまいました。ご馳走様でした、タクトくん。」
「おぅ!お粗末様でした。」
「それで、グウェル様。このウナ丼のお値段はどうしましょうか?」
「そうですね……私個人としましては、金貨1枚をお支払いしたいのですが、あまりに高価すぎると、嫌味ではなく、他の方々が気軽に手が出せなくなってしまいます。もっといろんな人にも、この美味しさを知ってもらいたいですからね。なので、間を取って……銀貨5枚でどうでしょうか?それだけの価値はありますし、食べて、少し間をおいて、また食べようと思う感覚は人それぞれでしょうが、その空いている期間に銀貨5枚なら、貯められると思いますので。いかがでしょう?」
グウェル殿の提示した値段に、その場にいた全員が肯定の意を示した。
「わかりました。皆がそれで納得してくださるのならば、そうだな……明日から、銀貨5枚で提供させていただきます。」
「よぉしっ!皆!今度から網にウナギが掛かったら、乱獲を避けるために適度に逃がしつつ、ある程度の量は港に持ち帰るようにするよ!そんで、他の店から声がかかるまではタクトさんに売って、美味しいウナ丼にしてもらうんだ!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
ヒルダの呼びかけに、漁師達のやる気がめっちゃ上がっていた。
「でも、本当に……タクトさんのお店の真似をして、他のお店でもウナギを提供できるお店が増えれば、アリアータの魚食にも進展があるかもしれませんね。」
「そうですね。タクトくん、これからも美味しい料理を提供してくださいね。それが長い目で見て、アリアータの食の発展へ繋がると思いますので。」
「はい。わかりました。」
その後、各々仕事に戻り、俺もいつもの裏通りで屋台を展開し、食器洗いを始めた。
まさか……鰻に出会えるとは思ってなかったな。
そして、その調理した物が、かなり好印象で受け入れてもらえて嬉しかった。




