Menu 31 ~ おにぎり ~
10時
「こんにちは、タクトくん。」
放置してしまった昨日の食器等を洗っていると、大通りの方からグウェルが歩いて来た。
「いらっしゃい!グウェルさん。昨日は盛り上がりましたね。」
「はっはっは!えぇ、とっても楽しかったですね。改めて!タクトくん、ありがとうございました。」
「いやいや、俺は俺がこの世界で、できることをやっただけですから。それより今日は?朝食ですか?」
「そうですね……いえ、食事の前に。本日はタクトくんに相談があって伺いました。」
「相談?」
俺は洗い物をする手を止め、グウェルと向かい合うようにカウンターを挟んで座椅子に座る。
「はい。タクトくん。昨日の打ち上げの時に出してくれたおにぎり……でしたか?あの白い三角形の。」
「あぁ、はい。米っていう穀物を、塩水で洗った手で、あの形に整えた物ですね。」
「そう!そのお米です!あのお米を、この世界で作ることはできますか?」
「ん~……できるのはできるでしょうけど……グウェルさん。これを見てください。」
俺は【 創造 】のスキルで小学校の時に使用していた歴史の教科書を出現させ、稲作のページを開く。
「この絵に描かれている黄土色の植物、これが稲穂……この草の房の中に、お米の粒が入っているんです。この作物を育てるのも大変ですが、まずは何より、この米を育てる土台……田んぼが必要です。」
「田んぼ?」
「物凄く簡単に言えば、水を張った畑ですね。この水を張った田んぼに苗を植え付けていくんです。」
「ほぅほぅ。」
「まずはこの田んぼを確保して、苗を植えて……気候などに恵まれたとしても、苗を植えてから収穫までは、1年かかります。それと、グウェルさん。飯を食う場所でこういうのを見せるのもアレなんですが……」
俺はもう1度【 創造 】のスキルを発動して、今度は虫の図鑑を出現させる。
「えっと……あぁ、居た。このイナゴ……まぁ、バッタですね。こいつをこの辺りで見かけたことは?」
「いや……初めて見ますね。お米を作るのに、この虫が必要なのですか?」
「いえ!逆です!こいつ、群れで大移動して、米が実る前の苗や、他の植物の葉っぱも食い荒らすんです。場所によっては、こいつ等のせいで、お米が収穫できなくなった農家さんの収益に、大ダメージを与えたり、農作物が食べ尽くされた結果、飢饉で死者が出た場所もあるとか……」
「何と!そのようなことが……」
「仮にアリアータに田んぼができて、苗を植える……田植えっていうんですけどね。それが終わったとしましょう。その後、育ってきた葉っぱに変に穴が開けられたような跡があったら、まぁ、たぶん……いや、ほぼ確実に、コイツ等の仕業です。」
「なるほど。いかに、この虫が大変な存在なのかは解りました。そうですね……とにかくまずは、この田んぼを作ることができる場所の検討から始めましょうか。」
「グウェルさん。場所が決まったら、川から水を引くための水路を作る手配もしておいた方が良いですよ。絶対に水は必要ですので。」
「はい。わかりました。いろいろとやることが沢山ですが、長い目で見て、いつかこのアリアータの食を支える新たな生産物になれば良いのですがね。」
「そうですね。グウェルさん。帰る時にでも、教科書……は必要無いか。虫の図鑑と、米の育て方や収穫した後のことが載ったこの本をどうぞ、持って行ってください。虫の方は必要無いかもですが、何かの役に立つかもしれませんので。」
【 創造 】のスキルで更にもう1冊出現させ、紐で縛る。
「良いのですか!?ありがとうございます、タクトくん!」
「いえいえ。俺が口で説明するよりも正確ですから。他の必要な道具は、いつか、米が実った時にお祝いの品という形でプレゼントさせてください。」
「えぇ。ありがとうございます。さてと……ご相談したかったことは、今のところこの件だけです。なので、今から朝食を頂きたいのですが……お願いできますか?」
「もちろんです。何にしますか?」
「メニューには載っていないのですが、あのおにぎりを、またお願いしても構いませんか?」
「おにぎりですか?えぇ、大丈夫ですよ。ただ、まだ米を炊いていないので、スキルで出してしまいますね。」
「えぇ、お願いします。」
俺は【 創造 】のスキルを発動し、おにぎりが3個乗っている皿を出現させる。
「はい!おにぎり、お待ちどぉ!」
「おや?タクトくん。この黒い紙は何ですか?剥がして食べれば……」
「あぁ、いえ、それは海苔っていう、海藻を専用の型に入れて、天日で乾かした物です。食べられますよ。」
「ほぅ!食べ物なのですか。では、いただきます。」
グウェルは彼から見て左端のおにぎりを手に取り、かぶり付いた。
「ん、もぐ……おぉ!ノリ、でしたか?パリッとしていて、磯の香りがして、美味しいですね。はむ……んっ!?おや?おにぎりの中に何か、具が!この味、この断面……もしかして、魚ですか!?」
「正解!以前提供した、カルパッチョや海鮮丼の中にあった鮭って魚を塩焼きにして、解した身を入れてあるんです。」
「あぁ!あのオレンジ色の魚ですか!んっ……この鮭の強い塩味のおかげで、お米が甘く感じられて……いやぁ!これは美味しい!さて、お次は……」
最初の1個を食べ終えたグウェルが、真ん中のおにぎりに手を伸ばす。
「はむ……んっ、んん!?なっ、すっ……酸っぱ!?……ごくっ!はぁぁ、驚きました。タクトくん、この赤い具は何ですか!?」
「それは梅干しっていう食べ物です。」
「梅干し?」
俺は【 収納 】してあった植物図鑑を取り出し、梅が乗っているページを探す。
「………おっ、あった!その梅干しは、この木に生る実を収穫した後、塩と紫蘇っていうハーブと一緒に漬け込んで、夏の暑い時期に天日干しした物なんです。」
「ほぅ!果実を加工した物なのですね。ん……この酸っぱさと塩辛さが、早くお米をくれと身体に訴えかけてきているようです……はむっ、これは、おにぎりを食べる手が止まりませんね。」
「その梅干しには抗菌・防腐効果があって、そう簡単には痛まないんです。ただ、そうしておにぎりの中に入れたりした場合、その梅干しの周辺にしか抗菌効果が発生しないので、やっぱり、できるだけ早く食べた方が良いのは確かですね。」
「なるほど、なるほど。もぐ……んっ!この梅干し入りのおにぎりも美味しかった!さて、最後のおにぎりは……」
グウェルは最後のおにぎりを手に取り、かぶりつく。
「もぐ……んっ!?これは……鶏肉?少し酸味の効いた調味料で味付けされていて、これも美味しいですね!」
「ははっ、惜しいな、グウェルさん。そいつはツナマヨ。マヨはこのマヨネーズっていう卵黄と酢と油を混ぜて作った調味料。そんで、ツナっていうのは、マグロのことですよ。」
「マグロ……以前、私が美味しいと言っていた、あのマグロですか!?」
「あぁ、そういえば言ってましたね。そのマグロに火を通して解した物とマヨネーズを和えてあるんです。」
「その調味料を和えるだけで、こんなに美味しくなるんですか……魚の生臭さが、まるで感じられませんね。」
「魚……特に刺身にマヨネーズっていうのは、俺の居た世界だと、漁師さんがやり始めたことなんです。」
「漁師さんが?」
「えぇ。今はどうかは知りませんが、少し前まで、漁に出ている方達の食事は魚が主だったんです。どんなに魚が好きでも、ほぼ毎日だと、このアリアータの人達のように飽きてしまう。そんなある日、1人の漁師さんが刺身をマヨネーズのかかったサラダの上に落としてしまって、床に落ちたわけでもないので、そのまま食べてみたら、不思議と美味しかった。これが事の発端です。それ以降、刺身にマヨネーズが流行ったとか。」
「ほぅ。面白い話ですね。」
「どうして、美味しくなるのか……それはさっき、グウェルさんが言った通り、マヨネーズが何か良い感じに魚の生臭さを押さえてくれて、食べやすくなるんです。」
「なるほど。先程、タクトくんが言っていた、『 惜しい 』というのは?」
「あぁ。俺の居た世界で、このマグロを加工したものが『 シーチキン 』……海の鳥肉って名前で売られてたってだけの話ですよ。」
「海の鶏肉……はっはっは!確かに、この食材にピッタリの名前ですね。」
そして、グウェルは満足気に最後のおにぎりも完食した。
「グウェルさん。どうぞ、お茶です。」
「あぁ、ありがとうございます。ずず………ふぅ、いやぁ!堪能させていただきました!ごちそう様です、タクトくん。」
「喜んでいただけて、何よりです。」
「タクトくん。今、このおにぎりを頂き、改めて魚とお米の相性の良さを確信致しました。やはり、何とかして米作りを成功させて、このおにぎりや海鮮丼のように、魚と食べることを広めることができれば、アリアータの食事情はもっと良いものになると思うのです!」
「そうですね。時間はものすごくかかるとは思いますけど、グウェルさんならきっとやり遂げられる……成功できると思います。頑張ってください!」
「ありがとうございます!……そうだ、おにぎりの代金を支払わないとですね。幾らですか?」
「そうですね……おにぎり1個銅貨1枚が3個なので、銅貨3枚お願いします。」
「はっはっは!相変わらず、良心的な御値段ですね。」
「よく言われます。」
俺はグウェルから銅貨3枚を受け取った。
「はい!丁度いただきます。グウェルさん。先日のバーベキューの時や、今、グウェルさんが食べたように、このおにぎり。片手で食べるのには都合が良いので、他のホットドッグやサンドイッチ同様、持ち帰りも可能にします。今回のように朝食や、夜間の作業で小腹が空いた……そんな時に食べる夜食として、売り出すつもりです。」
「おぉ!それはありがたい!書類仕事などをしていると、食事をする時間を忘れてしまったりするので……仕事が長引くと、事前に判った時は、持ち帰りで購入させていただきますね。」
お茶を飲み終えたグウェルは立ち上がり、紐で縛った2冊の本を手に取る。
「ありがとうございます、タクトくん。帰ったら早速、屋敷の者達と共にこの本を読み、まずは知識を得ることから始めたいと思います。」
「はい。また何かあったら、いつでも来てください。話でも食事でも、俺が起きている時間だったら、いつでも付き合いますので。」
「えぇ。助かります。それでは、失礼しますね。」
頭を下げて一礼した後、グウェルはご機嫌な様子で大通りの方へ歩いて行った。
「いつか、この世界でも稲作が始まる日が来るかもしれないのか……」
あの優しい領主様なら、絶対やり遂げる……
まだまだ先の話ではあるけれど、いつか始まるその日を楽しみに、俺は食器を洗い始めた。




