Menu 29 ~ カキフライ ~
大市前日
本番は明日なのに、午前8時の教会の鐘の音が鳴り響くと同時に、大通りから活気溢れて賑わう声が聞こえてくる。
「おぉ……本番じゃないのに、凄い賑わいだな。今、こんなに賑わってたら、明日には目玉商品なんて残って無いんじゃ……」
「やっ!おはよう、タクトさん。」
眺めていた大通りの方から、ヒルダが木製の箱を左脇に抱えて歩いて来た。
「おっ!ヒルダ。いらっしゃい。漁から戻って来たのか。」
「あぁ!いやぁ、明日は大市だし、毎年のことだから覚悟してたんだけどね、あの人だかりには参っちまったよ。」
「毎年、あぁなのか……」
前日であの賑わいなら、当日はどうなるんだろう?
「それよりさ!タクトさん。漁の空き時間に素潜りしてみたんだよ。そしたら、以前タクトさんが言ってた通り、岩にそれっぽいのが引っ付いてたから獲って来たんだけどさ……」
そう言いながらヒルダは持って来た木箱を俺の前に置いて、中の物を見せてくれた。
箱の中には貝と思われる物が、たくさん入っている。
「食べられるかどうかが判んなかったから、タクトさんに見てもらおうと思って持って来たんだ。」
「これは確か……この世界特有の物かもしれないけど、似たような殻の貝は知ってるよ。試しに、1つ開けてみても?」
「もちろん!」
俺は貝を1匹手に取り、ナイフを上と下の殻の隙間に差し込む。
「タクトさん、それは何をしてんだい?」
「この貝の貝柱の場所を探ってるんだ。おっ!此処だな。この上と下の殻の隙間にナイフを挿し込んで、貝柱を切ってから抉じ開ける様にすれば……よしっ!開いた。」
上の殻を退かすと、俺の良く見知った貝の身が存在していた。
「やっぱり、牡蠣だったか。おぉ!身が大きくて、プリップリだな。」
「タクトさんのその反応から察するに、そのカキだっけ?そいつは食べられるんだね?」
「あぁ。新鮮な物なら、こうして水で洗って……生で食べられる。醤油とか付けず、噛み切らないで、そのまま1口で食べてみな。」
「う……うん……」
俺から牡蠣を受け取ったヒルダは、下の殻を器に、牡蠣の身を手で摘まんで、口の中へ放り込んだ。
「ん……もぐ……んんっ!凄い!フライに入ってるホタテって貝も甘くて美味しいけど、この牡蠣って貝は磯の香りがして、とってもクリーミーって言えば良いのかな?濃厚な味で、ホタテとはまた違った旨さだよ!」
「美味い上に、この牡蠣って貝、俺が前に居た世界では『 海のミルク 』って呼ばれてたくらい、栄養価も高いんだよ。」
「へぇ!そいつは良いことを聞いた。それじゃ、もっと食べても問題無いね。」
「あぁ。ただ、バカみたいに食べ過ぎて、牡蠣に 中って亡くなった人が居るって話も聞く。ヒルダ。この牡蠣を安全に食べるために、俺に任せてもらっても構わないか?」
「ん?あぁ、もちろんだよ。タクトさんに任せておけば間違い無いだろうからね。」
「了解!」
「タクトさ~ん!」
俺が牡蠣を剝いていると、大通りの方からアンネリーが走って来た。
「おっ!アンネリー。確か、お試しで粉チーズとタバスコを売ってみたんだったな。どうだった?」
「はい!タクトさんに教えてもらった通りに茹でたパスタと、必要だからと頂いたソースを用意して、粉チーズとタバスコをかけた物を試食としてお客さんに差し出したところ、大変好評で!開始20分で、粉チーズとタバスコそれぞれ30本ずつ、全部完売しました!」
「マジで!?」
「そこで、お客様達には午後までにはまた補充しておくって言ってしまったんです!お願いします!追加で50本ずつ用意していただけますか!?」
「あぁ……それは構わねぇけど……悪い、今は無理だ。」
「え?あっ!お客様が!ごめんなさい!慌てていたので、気付かなくって……」
「あっはっは!良いよ、良いよ。気にしないでおくれ。それより、初めて見る顔だねぇ。」
「あぁ。彼女はアンネリー。商人さんだよ。アンネリー、彼女はヒルダ。この町の漁師さんだ。」
「そうだったのですね!アンネリーといいます。よろしくお願いしますね、ヒルダさん。」
「こちらこそ!よろしくね、アンネリー。」
「それで、今は何を作っているんですか?」
「ヒルダが獲って来てくれた牡蠣って貝を調理するところだったんだよ。」
「貝?え?貝って食べられるんですか?」
「タクトさん。こりゃ、アンネリーにも教える必要があるみたいだよ。」
「だな。アンネリー、商売の本番は明日からだろ?良かったら、食っていかないか?今回はお試しってことで、俺の奢りにしておくからさ。」
「良いんですか!?」
「あぁ。ヒルダも。牡蠣の代金ってわけじゃないけど、今回は無料で良いよ。そんで、次からはちゃんと牡蠣の代金も支払う。」
「そんな!気にしなくて良いのに。でもまぁ、それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかね。」
俺は牡蠣を剥き、衣を付けて油で揚げていく。
「へぇ!貝を揚げるんですか!」
「あぁ。元々生でも食べられる貝だから、衣に色が付く程度にな。この牡蠣だけに限らず、貝は熱を通し過ぎると、固くなっちまうんだ。」
「なるほどねぇ。」
「…………よしっ、頃合いかな。」
俺は先に揚げていた6個とキャベツを皿に盛りつけ、ヒルダの前に置く。
「はい!カキフライ、お待ちどぉ!タルタルソースはこの小鉢に入れてあるから。」
「ありがと、タクトさん。それじゃ、いただきます!」
ヒルダはカキフライにフォークを刺し、まずは何も付けないで、一口で食べた。
「熱っ、はふ……んっ、もぐ……おぉぉ!この衣のザクザクした食感と、カキの味が混ざり合って、こりゃあ美味しいねぇ!」
「はい。アンネリーの分。」
調理が済み、同じように皿に盛り付けたカキフライを、アンネリーの前に置いた。
「ありがとうございます。いただきますね。」
アンネリーもヒルダと同じようにカキフライにフォークを刺し、こちらは途中で噛み切って食べた。
「はむ……ん……んん、んっ!凄い!とっても濃厚な味にビックリしました!貝ってこんなに美味しかったんですね!」
「ん~!やっぱり、魚介類の揚げ物とタルタルソースの相性は抜群だね。カキの濃厚な味に酸味も加わって、凄く美味しいよ!」
「どうしましょう、タクトさん!美味しすぎて、フォークが止まりません!」
「そう言ってくれるのは嬉しいし、初めて食べる物に興奮する気持ちも解かるけど、落ち着いて食え。」
その後、ヒルダとアンネリーは談笑しながら、カキフライを完食した。
「ごちそう様でした!タクトさん!」
「いやぁ、美味しかった!殻の形も覚えたし、食べられることも判った。今度また、海の生態系に影響が出ない程度に獲って来るよ。」
「あぁ。よろしく、ヒルダ。……あっ、ヒルダ。漁に出る前にグウェルさんには会ったか?」
「ん?あぁ!明日の打ち上げの話かい?それなら、もちろん参加させてもらうよ!楽しみにしてるからね。」
「あぁ。お待ちしております。」
「アンネリーも参加……ん?」
「むぅ~……このタルタルソースも私のお店で売りたい……でも、揚げ物はまだ作れませんし……」
「あははっ、商魂たくましいねぇ、アンネリー。」
「あぁ。俺も感心してる。まぁ、そういう相談は随時受け付けるからさ。今回は粉チーズとタバスコに専念しようぜ、アンネリー。」
「はっ!そうでしたっ!タクトさん、補充!補充をお願いします!」
「よしっ!こうして会ったのも何かの縁だ。アタイも荷物の運搬や品出しくらいなら手伝ってあげるよ。」
「良いんですか!?ありがとうございます!ヒルダさん!」
俺の店を利用してくれたお客さん同士が仲良くなって、こうして繋がりができていく。
こういう光景を見るのは好きだし、大事にしたい。
明日の打ち上げは、頑張ろうと思った。




