Menu 16 ~ 牛丼 ~
衛兵詰め所・訓練場。
「もっと気迫を見せなさい!そのような及び腰では、いざというときに本領発揮できないわよ!」
模造刀同士がぶつかり合う中、衛兵部隊長の声が響く。
「うへぇ、相変わらず、おっかねぇなぁ。クロエ部隊長。」
「まったくだ。浮いた話も聞かねえし、恋愛とかでもして、もう少し丸くなったりしてくんねえかなぁ。」
「そこっ!雑談している暇があるなら、手を動かしなさい!その油断が、戦場で命取りになるのよ!」
「「はっ!はいぃっ!」」
模擬戦を繰り返し、日が西へ沈み、空が橙色に染まる頃
「整列っ!敬礼っ!本日の訓練はここまで!」
クロエがそう言った瞬間、衛兵達が一気に気が抜けたように崩れ、各々に雑談を始める。
「あっ!クロエ部隊長!これから数人で飲みに行くんですけど、一緒にどうです?」
「いえ。この後行く場所があるから、遠慮しておくわ。あなた達も、お酒を飲むなとは言わないけれど、ほどほどにしておきなさい。明日に響くわよ。」
「へぇい。」
「クロエ部隊長、付き合い悪いよなぁ。」
「まぁ、お堅い部隊長が居ねえ方が、美味い酒が飲めるけどなっ!」
「(聞こえてるわよ!まったく……)」
衛兵達の声を背に、クロエは訓練場を後にした。
◇◇◇
「そうだ。せっかくだし、ソニアを誘ってあげましょう。」
ふっと親友のことを思い、水軍の詰め所の方へ足を運ぶ。
「ソニ……」
「ソニア様!これから皆で飲みに行くんですけど、一緒にどうですか?」
「え?うふふ。誘ってくれてありがとうございます。そうですね、せっかくですし、行きましょうか!」
「流石、ソニア様!話がわかる!」
「…………」
和気藹々と、水軍の兵士達と話しているソニアを見て、クロエは静かにその場から立ち去った。
◇◇◇
18時
「こんばんわ。タクトさん。」
台拭きをしていると、大通りの方から歩いて来たクロエが声をかけてきた。
「おぅ!いらっしゃい、クロエ。」
「此処、座らせてもらうわね。」
クロエが席に着き、俺は反対側の調理場の方へ移動する。
「はぁぁぁ……」
「いつにも増して、疲れてますって感じだな。」
「えぇ。今日は実戦を想定した模擬戦を行ったの。訓練は特に問題は無かったわ。ただ、その後……」
「ん?何か遭ったのか?……隣に座っても?」
「どうぞ。……実は……」
俺は引き返してクロエの隣の席に座り、今日、彼女が此処に来るまでの話を聞かせてもらった。
「なるほどなぁ。俺は実際に衛兵さんの訓練を体験してねぇし、人の上に立つような立場の人間じゃねぇから、何とも言えないんだけどさ……でも、クロエのそれは、衛兵さん達を思ってのことだろ?」
「えぇ!当たり前じゃない!もちろん有事の際は、私も最前線で戦うわ!でも、常に私が戦場に居るわけじゃない。私が不在時に暴徒や魔物が攻めてきた時、自分で考えて戦う、少しでも生き残る確率を上げるための訓練なのだけど……その思いは、なかなか彼等に伝わらないみたいなのよ。」
「そっか……優しいんだな、クロエ。」
俺は隣に居たクロエの頭を優しく撫でる。
「あっ…………うふふ。ありがとう。そう言ってくれるのは、タクトさんだけよ。」
「ははっ、そんなことはないと思うけどな。とりあえず……ほら。これでも食べて、元気だしな。」
【 創造 】のスキルで取り出した丼鉢を、クロエの目の前に置いた。
「これは?」
「牛丼っていう料理だ。とりあえず、まずは一口食ってみな。」
「えぇ。いただきます。」
クロエはスプーンで牛肉と米を掬い、口へと運んだ。
「ん……もぐ……んっ!これ、凄く美味しい!おコメの上に乗っているこのお肉……上質な牛肉ね。こんなに柔らかい牛肉は、初めて食べたわ!」
「そうなのか?」
「えぇ。牛は基本的に乳を搾るか、農作業の手助けをしてもらうための存在で、食用として出回るのは、脚を怪我して働けなくなった子か、歳をとって働けなくなった子のお肉なのよ。」
「以前、ソニアから聞いた、卵を産めなくなった鶏と似たような扱いなのか。」
「その通りよ。脚を怪我した子のお肉はまだ柔らかい場合もあるけれど、歳を取った子のお肉は、とても固くて、その……ちょっと臭うの。食べるためには、このお肉のように味付けをして煮込むのが一般的ね。焼いて食べるのは、さすがに少し……いえ、かなり厳しいと思うわ。」
「ふむふむ、なるほど。」
「んん~っ!それにしても、この甘辛い味のお肉と玉ねぎの歯応え、下にあるこの牛肉を味付けしているソースが染み込んだおコメの味が、たまらないわぁ。」
「クロエ。お上品に食べているところに、こう言うのもアレだけど……今は立場とか気にしないで、その丼を持って、掻き込むように牛丼を食べてみな。」
「牛丼を……掻き込むように……」
「もし、そのクロエの様子を見て笑う奴が居たら、俺が……えっと、何やかんやしてやるからさ。」
「うふふ。何よ?『 何やかんや 』って。」
「何やかんやは、何やかんやだよ。ほら、豪快に……いってみようか。」
「えぇ。」
クロエは丼鉢を左手で持ち上げると、スプーンで勢い良く掻き込み始めた。
「んっ!はふっ、もぐっ……んっ、もぐ……」
「お茶、此処に置いておくぞ。」
「……!ありがとう、タクトさん。」
その後……クロエは一気呵成に牛丼を平らげ、満足気な笑みを浮かべて丼鉢を机の上に置いた。
「はふぅぅぅ……」
「ははっ、良い食べっぷりだったな。」
「えぇ。スプーンが全然止まらなかった……それに、このお腹に溜まる満足感……凄く元気が出たわ!」
「そいつは良かった。……クロエ。俺は戦闘に関してはまったくダメだけど、こうして料理を提供することと、さっきみたいに話を聞いてやることはできる。だからさ、また何か聞いて欲しいことができたら、遠慮しねぇで頼ってくれて良いからな。」
「タクトさん……」
「俺にできない、女性に関する悩み事とか相談なら、最近お客さんで来た、女性の司祭さんを紹介してやれるし。」
「えぇ。ありがとう。」
「あら?私のお話しですか?」
少し話が聞こえたのだろう、裏路地から歩いて来たテレサが声をかけてきた。
「クロエ。彼女が今話した、司祭のテレサ殿だ。」
「あら?そちらの方は、この町の衛兵部隊長様ですね。いつも、町の治安維持のために活動してくださり、ありがとうございます。」
「いっ、いえ!それが私達の仕事ですから。」
「うふふ。それで、一体どのような御話をされていたのですか?」
「ん?あぁ。俺みたいな野郎に相談できねぇ、女性のデリケートな悩み事や相談は、テレサ殿に話せば良いって話をしてたんですよ。」
「そういうことでしたか。うふふ、クロエさん……でしたか?何かお悩み事がありましたら、いつでも教会にいらしてくださいね。」
「はい。ありがとうございます。あっ……そうだ、タクトさん!お会計を……」
「ん?んん~……いや、今日は良いよ。一所懸命に頑張ってる衛兵部隊長殿へ、俺からの奢りだ。」
「そんなっ!ちゃんと払うわよ!」
「クロエがちゃんと支払えるのは解ってるよ。けど、今日はサービスだ。その代わり!その牛丼を食って元気が出たってんなら、明日からも、この町の治安維持のために頑張ってくれ。な?」
「タクトさん…………ありがと……それじゃ、御言葉に甘えさせてもらうわ。ごちそう様でした!」
クロエは礼儀正しく一礼をして、大通りの方へ歩いて行った。
「クロエさん、何かお悩み事が?」
「ん~……テレサ殿になら相談しても良いんだろうけど……ごめんなさい。何てことは無い雑談とかなら話せるんですけど、個人情報やプライバシーってのは、守らないといけないと思うので。」
「確かに、それはそうですね。ですが、きっと大丈夫でしょう。立ち去り際にチラッと見えたのですが、クロエさん。とても良い笑顔をされていましたから。」
テレサの言ったことが本当だと信じ、俺はクロエが去っていた方を少しだけ見つめていた。




