第8話 病室を訪れた女優
数日後、千秋の病室に思いがけない来客があった。
「失礼します」
看護師に案内されて入ってきたのは、テレビで見たことのある女性だった。
千秋は驚いて目を丸くした。
「えっ……坂口日奈さん?」
「こんにちは。急にごめんなさいね」
日奈は優しく微笑み、ベッドのそばまで歩いてきた。
「零くんから、あなたのことを聞いたの。体調はどう?」
「だいぶよくなりました。わざわざありがとうございます」
千秋は緊張しながらも、丁寧に答えた。
日奈は千秋の顔をじっと見つめた。彼女の表情には、心配しているような色と、何かを確かめるような様子が混じっていた。
「零くんとは、仲がいいの?」
突然の質問に、千秋は少し考えた。
「仲はいいと思います。でも、私……事故のせいで記憶がなくなっちゃって。零との昔のことも、よく覚えていないんです」
「そう……」
日奈の笑顔が一瞬だけ曇った。
「それは、つらいわね」
「はい。でも、零はいつも来てくれるんです。話していると、なんだか安心するんですよね」
千秋は照れくさそうに笑った。
その様子を見て、日奈は胸の奥がざわつくのを感じた。零の話をする千秋の表情には、言葉だけでは説明できない親しさがあった。
「……零くんは、優しい人だから」
日奈はそう答えた。
帰り際、日奈は千秋に小さな花束を渡した。
「早く元気になってね。また来てもいいかしら?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
千秋は笑顔で見送った。
病室を出た日奈は、廊下で足を止めた。
千秋は記憶を失っている。それなのに、零を信頼していることが伝わってきた。
日奈は小さく息を吐いた。
自分が零のそばにいたいと思うなら、ただ待っているだけでは駄目なのかもしれない。
彼女の心に、新しい決意が芽生え始めていた。




