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第43話 なんで怜司君なのよ

その朝、怜司と再会した美月は


むすっとした顔で仕事をしていた


「どうしたの? 美月」

「なんか機嫌悪くない?」


「ちょっとね」


「あの後、達也さんとなんかあった?」


「焼肉食べた、凄く美味しかった」


「へー」

「じゃ、なんで機嫌が悪いの?」


「朝、黒い虫に会った」


「ああ、前に刺された虫のこと?」

「またどこか刺されたの?」


「刺される前に逃げた」


「アパートの大家さんに言って、駆除してもらったら?」


「その大家が虫なのよ」


「は? どういう意味?」


「真帆、今日泊めて」

「私、帰りたくない」


「う、うん、いいけど……」


美月は仕事を終えて真帆の家に行った


真帆の部屋は


細長いマンションの3階にあるワンルームだった


「真帆、ごめんね」

「急にお邪魔しちゃって」


「別に良いよ~」

「気楽なひとり身だしさ」

「美月が遊びに来てくれた方が嬉しいよ」

「作り置きのミートソースがあるからさ、パスタでいい?」


「うん、おかまいなく」


真帆は鍋にお湯を沸かしてパスタを茹で、皿に盛りつける


解凍したミートソースを掛け、部屋にある低いテーブルへ置いた


そして


「じゃーん! ビ~ル~」

「なんか美月、溜まってそうだからさ」

「飲もうよ」


「私、ビール飲めないよ、苦いもん」


「まだ飲めないの?」

「だったら缶チューハイもあるよ~」

「今日くらい飲んじゃいなよ」


美月は真帆が持ってきた缶チューハイをじっと見つめる


そして答えた


「飲む!」


真帆は缶チューハイを美月に渡し


自分は缶ビールを開ける


「じゃ、美月~かんぱーい」


「かんぱーい」


美月は缶チューハイを開けると一気に飲みだした


「え!?」

「ちょっと……美月?」


あっという間に一本飲み干してしまった


「だ、大丈夫?」

「美月ってお酒弱いよね」


美月は飲み干した空き缶を


右手でぎゅっと握った


メキ、メキ、メキ……


その手の中で


缶が少しずつ潰れていく


「美月? 美月さ~ん?」


静かに美月が息を吸い込んだ


「聞いてよ! 真帆!」

「怜司君が今朝アパートにいたのよ!」


「え、えええ!?」


美月は声を低くし


怜司の口調を真似た


『本当の俺を知って欲しい』


「とか!」

「また、わけの分からないこと言ってきて!」

「どんだけ私が落ち込んだと思ってんのよ!」

「どの面下げてまた私の前に現れてんのよ!」


美月はそこで言葉を止めた


握りつぶした缶を見つめながら、大きく息を吸い込む


そして、溜め込んでいたものを吐き出すように声を張り上げた


「八日間よ! 八日間!」

「私、ほとんど水しか口にしてなかったんだからね!」

「怜司君が連絡一つもせずに勝手に引っ越したせいで」

「そんなことになってんのよ!」


美月は再び声を低くし


怜司の口調を真似た


『俺はずっと、美月に嫌われるのが怖かった』


「とか!」


『美月が嫌だと言うなら、もう追わない』


「とか!」


美月は俯き、唇を強く噛んだ


握り潰した缶を持つ手が小さく震える


そして


勢いよく顔を上げた


「ふざけんじゃないわよ!」


その叫びを最後に


美月の爆発はようやく収まった


肩で大きく息をする美月を


真帆は目をぱちぱちさせながら見つめていた


「え?」

「ってことは……」

「怜司さん、美月のこと本気で好きだった?」


美月はびくっと肩を震わせ


そのまま固まった


真帆を見たまま、何も言わない


「あ……」


真帆は自分の失言に気づいた


まずい……


今のは違ったかも……


真帆は立ち上がって冷蔵庫から新しい缶チューハイを取る


それを美月の前に置いた


「ま、まあ、怜司さんのことは置いとこうよ」


「達也さんってさ、なんかいい感じじゃなかった?」

「美月を大事にしてくれてるって感じしたよ」


美月は缶チューハイを手に取って蓋を開ける


そしてまた一気に飲み始める


「ちょ! 美月!?」


二本目も飲み干すと


美月は身体をゆらゆらと揺らし始めた


「だからね、言ってやったのよ」

「私は達也さんが好きだって」

「すっごいびっくりした顔してた」

「ちょっとは私の気持ちが……分かればいいのよ」


真帆は美月を見つめて思った


あ~、分かった……


怜司が本命だ……


「そっか……」

「今日はさ、憎っくき怜司の悪口いっぱい聞いてあげる」

「言いたいこと、全部吐き出しちゃいなよ」

「それでさ」

「またちょっとだけ、勇気出してみたら?」


美月は俯いて両手を握りしめる


「私、達也さんが好き」

「凄く優しいんだもん」

「一緒にいて楽だし」

「笑わせてくれるし、慰めてくれるし」

「さりげなく気遣ってくれるし」

「私がおばあちゃんになっても、一緒に笑えるとか言うのよ」


美月の声が震えた


「理想の彼氏じゃん」

「好きにならない方がおかしいじゃん……」


真帆は、そんな美月を優しい目で見つめた


「……そうだね」


美月は泣き出した


「おかしいよ……」

「私はおかしいのよ……」

「なんで怜司君なのよ……」

「なんで達也さんじゃないの……」

「おかしいよ……」


そのまま美月はテーブルに突っ伏し、眠ってしまった


真帆はしばらく美月を見つめていた


そして、そっと頭を撫でる


「大変だったね、美月」

「今日はもう、何も考えなくていいよ」





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