第44話 今のあなたは、推せない
美月が寝ぼけ顔で頭を押さえている
「うーーー、気持ち悪いぃ」
「あんな飲み方するからでしょ」
「はい、水、もっと飲んだ方がいいよ」
「今日だって仕事なんだから」
「お風呂沸かしてあるから、早く入りな」
「でも、なんかちょっとスッキリしてる気がする」
「言いたいこと言ってたもんね~」
「え? 私なんて言ってた?」
真帆は美月の背中を押して浴室に連れて行く
「どっちが美月にとっていいのかな~」
「私にも分からないよ」
「でもさ、怜司さんも達也さんも大事な人なんでしょ」
「変に逃げないで、ちゃんと向き合った方が良いと思うよ」
「なにそれ!?」
「私、なんて言ってたの!?」
「すっごい怜司さんに怒ってた」
「達也さんには感謝してた」
「本当にそれだけだよ」
「そう……?」
「なにか思い当たる本音でもあるの?」
「酔ったら言っちゃったかも……みたいな」
「そ、そんなのないよ」
「美月、素直になるのも必要だよ」
「正直に言えば、私も達也さん派なんだけど」
「どうせなら、帰ってきた怜司さんをちゃんと知ってから決めても良いんじゃない?」
「え?」
「お風呂入る前に水飲んでね」
「はいどうぞ」
真帆は美月に笑いかけながら水を渡す
「え! え!?」
「私、なんて言ったの!?」
「わかってるでしょ~」
「おしえてよ!」
美月は急いでお風呂で体を洗って髪を乾かした
それから二日酔いに耐えながらもいつものように会社に出社した
そして仕事を終えて会社を後にする
「はぁ~、やっと二日酔いが抜けたわ」
「もうお酒なんてこりごりよ~」
「たまにはいいじゃない」
「私は楽しかったよ~」
「真帆」
「な~に」
「私さもう一回だけ頑張るよ」
「そっか……」
「頑張れ、美月」
「うん!」
美月は1日ぶりにアパートへ帰ってきた
辺りはもう暗くなっていた
そこで美月は、花壇が大きくなっていることに気づく
苗が綺麗に並べられ、その横には新しい菜園までできていた
これ……怜司君が作ったのかな……
美月は自分の部屋の扉の前に立つ
怜司の部屋をみると、また御堂の表札が掛かっていた
ほんとうに……帰って来たんだ……
自分の部屋のドアノブを見ると小さな紙袋が掛かっていた
昨日の朝に達也の部屋のドアノブにかけた紙袋
美月がそれを手に取って中を見ると
達也からのメッセージカードがあった
『クッキーめちゃうまかった!』
『また作ってくれよ!』
『全然足りねえよ!』
美月はそのカードを見て小さく笑う
「達也さん、食べてくれたんだ」
美月はドアを開ける
そこには慣れ親しんだ自分の部屋があった
「やっぱり! ここが私の居場所よ!」
明日も仕事、まだ週の半ば
「私はちゃんとした社会人なんだから」
「現実の恋愛なんかに負けないわよ」
「とりあえず、貯まってるアニメをみるわ」
「そろそろ容量がやばいのよね~」
翌朝出社するために美月は家を出る
すると、今日も怜司がアパートの庭で作業をしていた
花壇は作り終わり、苗が並んでいる
怜司は今度は別の畑を作っていた
なにやってるの……畑を作ってる?
美月は作業をする怜司を無視して通り過ぎようとした
だが、その足が止まる
「もう一度……か……」
美月は思い切るように振り返る
「もう……」
「気になることしないでよ」
美月は怜司に歩み寄って声を掛けた
「おはよう! 怜司君」
怜司はかぶっていた麦わら帽子を取り、美月を見る
白いTシャツに
ベージュのワークパンツ
いつもの黒とは
まるで違う服装だった
……自分が好きな服を着てって、私が言ったから?
汗を流しているその顔を見て美月は思う
や、やっぱりかっこいいわね……
白も似合いすぎでしょ……
しかも
汗がくるわ……
黒も似合ってたけど
このギャップは……
私のど真ん中に直球を投げ込んでくるわね……
「おはよう、美月」
美月は喉を鳴らしてから尋ねる
「な、なにを作ってるの?」
「畑を作っている」
「ほうれん草を育てるつもりだ」
「怜司君って野菜も育てるの?」
「ああ、初めてだがな、楽しいよ」
「俺は、こうして土をいじっているのが性に合うらしい」
「誰とも話をしなくて済むしな」
怜司はスコップで土をさらい始めた
「俺は、社長を辞めるつもりだ」
「……え?」
「俺は、金のために今までやってきた」
「以前は合理的だと思えば、なんだってできた」
「何も感じなかった」
「だが、今は違う……」
「利益だけでは割り切れなくなった」
「そのせいで、周りまで俺の判断に巻き込んでしまう」
怜司はスコップで土を掘る
「俺は、結局何も変わっていなかった」
「昔から力ずくで奪っていた」
「今は、それが金や仕事に変わっただけだ」
「利益だけを求め、理屈を作り、全てを押し通してきた」
「勝って従わせる……」
「平気で切り捨ててきた」
「人の気持ちなんて見ようともしなかった」
「俺がやってきた仕事は……」
「あの小説の王子とは程遠いと、ようやく気付いた」
怜司は土のついた手を見る
「俺はバカだから……」
「気づくのが遅すぎた……」
「だから、美月まで傷つけた」
そのまま土のついた手を握りしめる
「達也との関係を邪魔する気はない」
「俺はすぐに消える」
「郊外に広い農地を買った」
「農業をやる、花を育てるのもいいだろう」
「それが、俺の性に合う生き方だと、ようやく気付いた」
「王子のふりをして近づいて……」
「すまなかった」
美月はしばらく黙って怜司を見つめていた
話を聞けば聞くほど、眉間にしわが寄っていく
「あのさ、怜司君」
「なに言ってるのか、私には分からないんだけど」
「え?」
「要は、また勝手にどっか行く気なの?」
「俺がいない方が……」
「誰がそう言ったのよ!」
「私はそんなこと言ってないわ!」
「そうだが……」
「美月は達也のこと――」
怜司の言葉に美月は被せるように声を出す
「だいたい、お金のために働くって普通じゃない!」
「普通?」
「そうよ、普通よ!」
「お金を稼ぐことが悪いんじゃないの!」
「怜司君は仕事ができるんでしょ!」
「だったら今度は、人の気持ちも考えて仕事すればいいじゃない!」
怜司は黙って美月を見る
「せっかく分かるようになったのに」
「なんで全部捨てようとするのよ!」
「そういうの、私は推せないわ!」
「そうなのか?」
「なんでわからないのよ!」
「怜司君が逃げたら、他の人がやるだけじゃない!」
「達也さんに丸投げして逃げる気!?」
「逃げる……?」
「そうよ!」
「さっきからグダグダ言ってるけど」
「要は逃げたいんじゃない!」
「怜司君は言ったよね!」
「私を諦めないって!」
「だったら、私の1推しとして、もっとかっこつけなさいよ!」
「1推し……?」
「そうよ!」
「さっきから泣き言ばっかり!」
「私はこのアパートにいるわよ」
「なのに遠くで農業やる気なの!?」
「嘘つきは嫌いよ!」
「今のあなたは、推せないわ!」
美月は息を吸い込んで大声で言った
「かっこ悪いのよ!」
怜司は目を見開いて美月を見る
「王子がどう!」
「本当の俺がどう!」
「小賢しいのよ!」
「御堂怜司として、かっこつけなさい!」
「私を沼に引き込んでおいて、今さらやめるんじゃないわよ!」
「責任を取りなさい!」
怜司はしばらく美月を見つめていた
やがて、ゆっくりと背筋を伸ばす
その顔から、さっきまでの迷いが消えていた
そして美月に向けて少しだけ目を細める
「俺は、御堂怜司として美月を諦めない」
「美月の王子は、俺だ!」
美月は怜司を指差す
「よし!」
「じゃ、私会社行くから」
「土日はお休みなの、菜園づくりを教えてよ」
「そういう趣味って……結構推せるわ」
「わかった」
「楽しみにしている」
立ち去ろうとした美月が一度振り返る
「それから、前に貸したブルーレイ、いつ返してくれるのよ」
「怜司君に見せたいアニメ、まだ沢山あるんだからね」
「借りパクしないでよ!」
「返してくれたら、次の貸してあげるから」
「ああ、大事に保管してある」
美月は正面を向いて歩き出そうとする
だが、何かを思い出したように振り返り、怜司をびしっと指差した
「押し倒すの禁止!」
「勝手にいなくなるのも禁止!」
「私、許してないからね!」
「ああ、もうしない」
「すまなかった」
美月はぷいっと正面を向いて歩き出す
歩きながら、まだ騒がしい胸をそっと押さえた
もう一度……
もう一度だけ
頑張ってみよう……
あ~あ……
これじゃ、ほとんど私から言い寄ってるじゃない……
情けない王子さまね……




