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第41話 今度は、冗談ってことにしない

そこで美月は


達也の左頬が少し腫れていることに気が付いた


「達也さん、頬どうしたの?」

「少し腫れてない?」


「ちょっとな」

「たいしたことじゃないよ」

「俺と飯食ってくれたら、ご褒美に教えてあげてもいいぜ」


「なによそれ」

「心配してあげたのに」


ほどなく目的の店へ着き


エレベーターで屋上へ上がる


そこはライトアップされていて個別に囲いがあるプライベート空間だった


バーも備え付けてあり、小さなプールまであった


「な、な、なにここ!?」


タキシードを着た店員に連れられて歩く


慌てたように美月は達也に耳打ちする


「ちょっと達也さん!」

「このお店、やばくない?」

「幾らするのよ!?」


「美月さんは、心配しなくていいぜ」


夜景が一望できるプライベートスペースへ向かう


達也は椅子を引いて美月に笑いかける


そんな達也を見て美月は思った


う……イケメン罪……


……なんてね


もう……そういうのいらないんだ


達也さんって……かっこいいな


美月は達也が引いてくれた椅子に座った


「ありがとう」

「まるで紳士と食事にきたみたいだわ」


「俺って美月さんには紳士じゃね?」


「紳士はレディーの家の扉を叩きません」


「それって、いつ時効になんの?」

「まじで悪かったって……」


達也も向かいの席に座る


店員がメニューを持ってきた


美月は素早くそのメニューを手に取って開く


一番安い和牛カルビが一皿4400円(税別)~


「たっか!!!」

「なにこれ!?」


「気にすんなって、美味いんだぜ」


「達也さんっていつもこんなお店でご飯食べてるの?」


「そんなわけねえだろ」

「俺だって普段はもっと普通の店だよ」

「今日は特別」


「特別って、なんの特別よ」


「美月さんとの3回目のデート記念かな」


「で、デートって!?」


「悪い」

「物件の下見ってのは嘘なんだ」

「美月さんが心配で、会社の前で待ってた」

「ラインしても既読すらつかないしよ」

「それで顔だけでも見ようと思ったら」

「ゲッソリして生気がないんだもんよ」

「とりあえず肉食わせるしかねえだろ」


「わ、わたしってそんなにゲッソリしてる?」


「してるよ」

「美月さんのそんな顔みたくねえよ」

「もう抵抗しないって言ったろ」

「ほれ、ガンガン食え」

「そして、ぶくぶく太れ」


達也は美月からメニューを取り上げると


店員を呼んで次々と注文し始めた


「美月さん、パンとライスどっちがいい?」


「私、野菜とお肉だけで良いわ」

「あとスープも頂戴」

「こうなったら」

「お肉ばっかり食べちゃうからね」


達也は嬉しそうに笑う


「いいね」

「らしくなってきたじゃん」


肉が運ばれてきて、炭火の網がテーブルに置かれる


達也はすぐに肉をとって焼き始めた


香ばしい肉の焼ける香りが広がった


ぐぅ~~


そのとき、美月のお腹が盛大に鳴った


達也がニヤリと笑う


「なにか聞こえたぜ~」


「うるさいわね」

「ここ最近、全然食べてないのよ!」


達也が焼きあがった肉を美月の前の取り皿に置く


美月は手を合わせる


「いただきます」


箸を取って、たれをつけた肉をサンチュで巻いて口に放り込む


爆発するような旨味が口いっぱいに広がった


美月は目をぎゅっと閉じ、しばらく動かなくなった


その表情を見て、達也の顔が曇る


「だ、だいじょうぶか?」

「急にこれは重かったか」


「お」


「お?」


「おおいいいしいいいいい!!!」

「史上空前に美味しいわ!」


「そ、そうか」

「よかったな」


「空腹にこのお肉は犯罪的よ!」


美月は次々と肉をサンチュで巻いて食べ始めた


達也は頬杖をついて、そんな美月を嬉しそうに眺めていた


「あ~、食べたわあ~」

「私、今が一番幸せよ~」


「いいね、ようやく元気出たな」

「顔色もよくなったぜ」


「ごちそうさまでした!」

「あの……ちなみに幾らだった?」

「私、半分出すから」

「私の方が沢山食べたし……」


「抵抗しないって言っただろ」

「大人しく奢られてろよ」


「う……」

「言ったけどさ」


「家まで車で送るぜ」

「どうせ同じところに帰るんだからいいだろ」


「うん、ありがとう」


駐車場まで二人は歩く


美月は達也の背中を見る


達也は時折


美月がついてきているか確かめるように振り返る


そのたびに、少しだけ胸が騒いだ


駐車場に着くと、達也は当たり前のように助手席の扉を開けてくれる


美月は助手席に乗り込み


達也は運転席について車を出した


「あの……」

「達也さん」


「どうした?」


「私、達也さんに甘えてばっかりだよね」


「俺としては、もっと甘えて欲しいんだけどな」

「美月さんって変なところ頑固だから」


「なによその言い方」

「折角素直にお礼を言おうと思ったのに」


「前にも言ったけどよ」

「俺達って相性がいいんだよ」

「美月さんといるとさ」

「俺もなんか元気が出ちゃうんだよな~」

「しかも俺さ」

「今まで一回も喧嘩で勝てたことない奴に勝ったんだぜ!」


「喧嘩……」

「まさか……」

「その左頬、誰かと殴り合ったの!?」


「まあな」


「そんなことしちゃだめだよ」

「達也さんだってもういい大人でしょ!」


「たしかにそうだな」

「もうしねえよ」

「ひょっとして、俺のこと心配してくれてんの?」


「またそうやって茶化して」

「運転してなかったら変顔の刑だからね」


「そりゃ怖い」

「なあ、美月さん」


「なによ」


達也は前を向いたまま


少しだけ黙った


「俺、美月さんが好きだ」


美月の心臓が大きく跳ねた


慌てて美月は胸を押さえた


少しの間が空いた


「また……冗談?」


達也は笑わなかった


「違う」


「え……」


「今度は、冗談ってことにしない」


美月は達也の横顔を見る


達也は前を見たまま運転を続けている


「前に本気だって言ったときも」

「本当は冗談じゃなかった」


美月の脳裏に


あの日


笑みを消して自分を見つめた


達也の顔がよみがえる


『俺は……本気だぜ』


あのときと同じように


胸が強く鳴り続ける


ずっと……


こんなふうに言ってほしかった


でも


私がその言葉を


聞きたかったのは――


「でも、美月さん困ってただろ」

「怜司のこと好きなのも分かってたし」

「だから……冗談ってことにして」

「……逃げた」


「達也さん……」


「でも、もう逃げねえ」

「俺、美月さんが好きだ」


車は信号待ちで止まった


達也はそこで初めて、美月を見る


「今すぐ返事しろなんて言わねえよ」

「怜司のことだって、まだ好きなんだろ」


美月は何も答えられなかった


「でもさ」

「いつか俺のことも、ちゃんと見てくれよ」

「美月さんの1推し」

「俺、本気で狙ってるからさ」


美月は自分の胸を両手で強く押さえた


私……


達也さんに……


甘えそうになってる……


甘えちゃえば楽になれるとか……


思ってる


でも……


それは……


美月は自分を戒めるように


小さく呟いた


「私って……ずるい……」


「え?」


美月ははっとして達也を見る


そして小さく笑った


「今まで冗談みたいに言ってたくせに」

「こんなタイミングで……」

「急にそんな真面目な顔で言うんだね」


「悪い……」


達也は少しだけ笑った


「でも、もう二度と冗談にはしねえから」


美月は窓の外へ視線を向けた


「……今は……答えられない」

「それでもいいの?」


「いいよ」

「立候補しただけだからな」

「あとは俺が1推しになるまで頑張るさ」


美月は少しだけ笑った


「なにそれ」


「俺らしいだろ?」


「……うん」


達也が大げさに肩を落とす


「あ~あ!」

「俺っていい奴すぎ~~」

「もっと弱ってる美月さんに付け込みたかったぜ~」


美月がくすりと笑う


「まあまあ付け込んできたじゃん」


「ばれた?」

「俺の告白、忘れるのはなしだぜ」


「うん、分かってる」


達也はおどけるように言った


「イケメン罪」

「俺って前科何犯目かな~」


美月は少しだけ照れくさそうに笑った


「もう、無罪放免よ」

「だって……」

「私にはもう、抵抗する理由がないもの」

「達也さんのかっこいいところ」

「もっと見たい」


達也は一瞬、目を見開いた


それから


嬉しそうに笑った


「おう」

「期待してろよ」


美月は思いっきり体を伸ばす


「達也さんのおかげで元気でちゃったよ」

「早く帰って、週末はアニメ見まくるわ~」


「いいね」

「らしくなってきたじゃん」


そんな話をしているうちに


車はアパートへ戻ってきた


達也が駐車場に車を止める


二人は車を降り、並んでアパートへ向かった


美月の部屋の前まで来ると足を止める


「達也さん、今日はありがとう」

「ご飯までご馳走になっちゃって」


「いいって」

「美月さんが元気になったなら、それで十分」


「うん」

「なんか今日は、よく眠れそう」


「そりゃよかった」

「ちゃんと寝て、ちゃんと食えよ」


「分かってるわよ」

「達也さんこそ、もう喧嘩しちゃ駄目だからね」


「はいはい」


「返事が軽い!」


達也は肩をすくめ、そのまま自分の部屋へ向かって歩き出した


数歩進んだところで振り返る


「じゃあな、美月さん」

「おやすみ!」


そう言って、達也は手を振った


「うん、おやすみ」

「またね、達也さん」


美月も小さく手を振り返した


美月は部屋へ入り、扉を閉めた


鍵をかける


さっきまで達也と一緒にいたせいか


いつもの静かな部屋が、少しだけ広く感じた


「……ただいま」


靴を脱いで部屋へ上がる


そして


美月は棚の上に置かれた母の写真を見つめる


その横には、母が好きだった女性騎士のクリアファイル


そして


達也に取ってもらった第一王子のぬいぐるみが置いてある


美月はその前に座った


それから


そっと手を合わせた


「ママ」

「心配かけるようなこと言ってごめんね」

「私、まだ一人でも大丈夫だと思う」


美月は一度、息を吐いた


「今日ね」

「達也さんが、私に告白してくれたの」


思い出す


『俺、美月さんが好きだ』


胸の奥が温かくなった


「凄く嬉しかった」

「達也さんはね」

「優しくて」

「一緒にいると楽しくて」

「私のこと、ちゃんと見てくれて」


美月は母の写真に笑いかける


「私ね」

「達也さんを誰よりも好きになるって決めたよ」


「達也さんならね」

「大好きになっても大丈夫だって信じられるんだ」

「きっと……」

「すぐに大好きにさせられちゃうと思う」


「だから」

「私はもう大丈夫……」


手を合わせたまま


美月の目が、少しだけ横へ動く


第一王子のぬいぐるみ


美月はその顔をしばらく見つめる


そして


ゆっくりと目を伏せた


「私は……大丈夫」




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