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第39話 負け犬の怜司

再開発予定地になっている、廃校となった小学校


その校庭に立つ大きな桜の木の下に、怜司と達也が立っていた


「全部終わったぜ」


「状況はどうだ」


「さあな」

「相手のプレゼンも好評だったみたいだが」

「うちの方がウケはいい」


達也は桜の木を見上げる


「ただ」

「やっぱり収益性では負けてるぜ」


「だろうな」


「まあ、やれることはやったんじゃねえの」


怜司も桜の木を見上げた


「達也がいなければ出来なかった」

「ありがとう」


「よせよ、改まって」


二人はしばらく


何も言わず桜の木を見上げていた


やがて達也が口を開く


「なあ、怜司」


「なんだ」


「なんで美月さんから逃げた」


怜司の視線が達也へ向く


「怜司の誕生日を祝うんだって」

「美月さん頑張ってたんだぞ」


怜司は桜を見ていた


やがて、達也に答えた


「美月に求婚するのは……やめた」


「は?」


「俺は、彼女と約束した王子にはなれなかった」

「求婚する資格がない」


達也はしばらく怜司を睨みつける


「なんだよ……それ」


その声が低くなる


「そんなもんだったのかよ」

「怜司の美月さんへの気持ちってやつはよ」


怜司も達也を睨み返した


その目を


達也は真っ向から受け止める


「怜司、俺さ」

「オマエにムカついてんだよ」

「要はビビってんだろ」

「認めたかねえが、美月さんの1推しは怜司だ」

「でもよ、絶対俺の方が幸せにできる」

「美月さんの笑顔だって」

「オマエの100倍は俺が作ってきた」


達也の声が大きくなる


「なのに怜司はよ!」

「泣かせてばっかりじゃねえか!」

「不安にさせてばっかりじゃねえのかよ!」


怜司は何も答えない


達也は奥歯を噛みしめ


そんな怜司をさらに睨みつけた


「怜司にはがっかりしたぜ」

「だせーよ、オマエ」


怜司の声が低くなる


「達也になにが分かる」

「俺は彼女を傷つけたくないだけだ」


「それがビビってるって言ってんだよ!」


達也は一歩


怜司へ近づいた


「尻尾巻いて逃げ出したんだろうが」

「狂犬も落ちぶれたな」

「今のオマエ」

「負け犬にしか見えねえぜ」


「達也……やめろ」


「オマエみたいなビビりに」

「美月さんは任せられねえ」


達也はさらに一歩、怜司へ詰め寄った


「美月さんは俺が貰うぜ!」

「オマエは二度と」

「美月さんの前にツラ出すな」


「やめろと言っている」


達也はポケットからスマートフォンを取り出した


そして怜司へ向ける


その背面には


美月と二人で撮ったプリクラが貼られていた


「ほら」


達也は見せつけるようにスマートフォンを持ち上げる


「俺たち」

「もう2回もデートしたんだぜ」

「プリクラだって撮ったしよ」

「誰かさんがいなくなって」

「美月さんが弱ってる時にそばにいたのも俺だからな」


怜司の目がプリクラへ向く


美月と達也が並んで笑っている


「美月さんの1推しに俺がなるのも」

「時間の問題だぜ」


「やめろと言ったのが聞こえなかったのか?」


「聞こえねえな!」

「全然、聞こえねえよ!」


達也は鼻で笑って


顎を上げ


怜司を見下ろした


「負け犬の怜司!」

「声が弱々しくて聞こえねえぞ!」


次の瞬間


怜司が飛び出した


バキ!


怜司の右拳が達也の左頬へ叩き込まれる


達也の頭が大きく横へ弾かれた


だが


すぐに怜司へ向き直った


口元がわずかに上がった


「やっとかよ!」

「スイッチ入るのおせえよ!」


達也も右拳を怜司の頬へ叩き込む


バキ!


怜司の顔が横へ弾かれた


だが、すぐに達也へ向き直った


「なんのつもりだ!」


ドフ!


怜司が踏み込み


左拳を達也の脇腹へ食い込ませた


「ぐっ!」


達也の顔が歪む


「ムカついてるって言っただろ!」


達也は怜司の胸ぐらを掴み


自分の頭を大きく後ろへ引く


そのまま思い切り頭突きを叩き込んだ


ゴッ!


怜司の身体がよろめく


続けて達也の右脚が上がった


ドン!


蹴りが怜司の左脇腹へ叩き込まれる


「ぐっ……!」


怜司は右膝を地面についた


達也が息を荒くしながら叫ぶ


「これは!」

「オマエがハッキリ言わないせいで」

「美月さんが泣いたぶんだ!」


さらに大きく右腕を振りかぶる


右拳を怜司の顔へ叩き込んだ


バキ!


怜司の身体が後ろへ倒れ


そのまま地面へ尻もちをつく


達也は拳を握ったまま怜司を睨みつける


「こっちは!」

「オマエがいなくなったせいで」

「美月さんが泣いたぶんだ!」


荒い呼吸だけが響く


達也は手の甲で


怜司に殴られた左頬をぬぐった


「ほらみろ」

「俺の方が強いじゃねえか」


尻もちをついたままの怜司の前に立つ


「俺はもう逃げねえ!」

「美月さんが俺を選んでくれなくても」

「逃げたりしねえよ!」


達也は地面に座り込む怜司を


上から見下ろした


「だからオマエより」

「俺の方が、美月さんに本気だ」

「分かったら、もうすっこんでろ」

「俺が1推しになる」


達也はジャケットの内側から


細長い包みを取り出した


そして怜司の前へしゃがむと


その包みを胸へ押しつける


「ほら」


怜司は反射的にそれを受け取った


「……なんだ」


「美月さんから」

「オマエへの誕生日プレゼントだ」


怜司の目が見開かれる


「美月さんが自分で作ったんだぜ」

「オマエに喜んでもらいたいってよ」


達也は立ち上がった


「美月さんと約束したからな」

「確かに渡したぜ」


怜司は何も言わず、手の中の包みを見る


達也は両手をポケットへ入れた


「美月さんは俺が守るから」

「安心してくれ」


そのまま怜司の横を通り過ぎた


怜司は歯を食いしばる


達也は振り返らない


その背中が遠ざかっていく


やがて一人残された怜司は、地面の上で胡坐をかいた


顔を上げる


目の前には、達也と二人で守ろうとした桜の木が立っている


風に揺れる枝を見つめながら


怜司は拳を握った


「俺は……」




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