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第36話 美月が作るから意味がある

美月が嬉しそうに笑いかける


達也は照れくさそうにその顔を見た


「じゃ、入ろうぜ」


二人は店の中へ入った


店内の壁一面には箸が並んでいた


黒や茶色の落ち着いたものから、赤や青の鮮やかなものまである


細いもの


太いもの


先端が丸いもの


四角く削られたもの


美月は店内を見回しながら目を輝かせた


「すごい……」

「お箸だけでこんなに種類あるんだ」


「だろ?」


「俺も調べて初めて知った」


「達也さん、調べてくれたの?」


「そりゃ予約するんだから調べるだろ」


「そうじゃなくて」

「私のために?」


達也の足が少し止まった


「あたりまえだろ」


美月が嬉しそうに笑う


「ありがとう」


「いいから早く行くぞ」

「時間決まってんだから」


「うん」


案内された場所には、作業台がいくつか並んでいた


その上には細長い木材や、小さな鉋、紙やすりなどが置かれている


美月は椅子へ座ると、目の前の木材を恐る恐る見つめた


「これが……お箸になるの?」


「そうみたいだな」


「ただの棒よね」


「そうだな」


スタッフから説明を受け、まずは箸に使う木を選ぶことになった


美月は並べられた木材を一本ずつ眺めていく


明るい茶色


赤みのあるもの


深い焦げ茶色


「怜司君だったら……」


美月は一番黒っぽい木へ手を伸ばしかけ


その手を止めた


「……いや、違うか」


……怜司君は黒が好きなわけじゃなかったのよね


美月は並べられた木材を改めて眺める


「怜司君って、本当はどんな色が好きなのかな?」


「んー……」


達也は並んだ木材を眺めた


そして少し赤みのある、明るい茶色の木を指差した


「こういうのじゃねえかな」

「昔から、怜司は明るい木目調とか花柄とか好きなんだよ」


美月が瞬きをする


「怜司君って本当に花が好きなんだね」


「まあな、ちゃんとメールで教えただろ」


「うん、でも経費削減とか書いてあったし」


「それもマジで好きなんだよ」

「俺はひどい目に遭ってんだぜ」

「憎まれ役はいつも俺だ」


美月が吹き出した


「やっぱり愚痴じゃない」


「美月さんには、つい言っちゃうんだよ」


二人で笑ったあと、美月はもう一度、達也が選んだ木を見る


指先でそっと触れた


「じゃあ……これにしようかな」

「達也さんのおすすめだし」


「余計なお世話だけどよ」

「最後は美月さんが決めろよ」


「え?」


達也はその木材を美月の前へ置いた


「俺が選んだんじゃ、意味ねえだろ」

「美月さんが良いと思った物がいいんだよ」


美月は木材を見る


達也は続けた


「美月さんが考えて」

「美月さんが選んで」

「美月さんが作るから意味があるんだよ」


美月は少しだけ黙った


それから、並んでいる木をもう一度見比べる


やがて一本を手に取った


先ほど達也が指差したものより、少しだけ濃い色の木だった


「これにする」


「決めた?」


「うん」


「明るすぎなくて、落ち着いた色だから」

「怜司君の部屋にも似合いそう」


「いいじゃん」


美月は木材を両手で持って眺めた


そして箸作りが始まった


最初の作業は、木材を少しずつ削って形を整えることだった


美月は鉋を握り、慎重に木を動かしていく


シュッ


細い木くずが落ちた


「おお!」

「できてんじゃん」


「見た!?」

「今の見た!?」


「見てた見てた」


「私、才能あるかも!」


「マフラーはコースターだったけどな」


「うるさい!」


美月は再び鉋を動かす


シュッ


「おお!」


シュッ


「いける!」


シュッ


「私、できる!」


調子に乗って手を動かしていると


シュッ


「あ」


一か所だけ大きく削れた


美月の動きが止まる


達也が横から覗き込んだ


「削りすぎたな」


「言わないで……」


「まあ、まだ直せるだろ」


「ほんと?」


「たぶん」


「たぶん!?」


美月は慌ててスタッフへ助けを求めた


説明を受けながら少しずつ形を整えていく


しばらくすると、どうにか箸らしい形になってきた


美月は額に浮いた汗を腕で拭う


「つ……疲れる……」


「まだ一本目だぞ」


「もう一本あるの!?」


「箸だからな」


「そうだった……」


美月は机へ突っ伏した


達也が笑う


「ほら、頑張れ」

「怜司に一本だけ渡す気か?」


美月は顔だけを上げた


「それは……さすがに怜司君が困惑するわね」


「だろ?」


「食べづらそう」


「そこ?」


美月はもう一度身体を起こした


「よし、やるわ!」


二本目は、一度目より少しだけ上手くできた


形を整えたあとは紙やすりで表面を磨いていく


美月は何度も二本を並べて確認する


「右の方が太い気がしない?」


「ちょっとな」


美月が削る


「今度は左が太い?」


「ちょっとな」


また削る


「これでどう?」


達也が二本を持ち上げて見比べた


美月が嬉しそうに身を乗り出す


「ね! できたよ!」


「ちょっと右が太くね?」


「そんなことないよ」

「ほとんど一緒だって」

「達也さんが細かいのよ」


「美月さんがいい加減なだけだろ?」

「絶対右だけ太いって」


「うるさいわね」

「何回同じことやったと思ってるの?」

「右を削ったら、今度は左が太くなるのよ!」

「今がギリギリ些細な差で収まったんだからね!」


達也はからかうように美月を覗き込み、にやりと笑う


「それじゃ」

「これでいいんだな?」

「怜司にあげるんだろ?」


「う……」


美月は自分が作った箸二本を見比べる


「よくない!」


「偉い偉い、がんばれ~」


「達也さん、私で遊んでるでしょ」


そう言いながらも


美月は頬を膨らませ、再び箸を磨いた


その様子を達也は笑いながら見ている


しばらく磨き続けると


二本の形は、ようやく美月が納得できるところまで揃った


完璧に同じ形ではない


それでも美月は二本の箸を両手で持ち


嬉しそうに眺めた


「うん……いい感じ」


達也も隣から覗き込む


「いいじゃん」


「ほんと?」


「おう、ちゃんと箸になってるぜ」


「褒め方が微妙じゃない?」


「いやいや」

「マジでいいと思うぜ」


美月は箸を眺める


自分の手で選んで


自分の手で削って


何度も失敗しながら磨いたもの


店で売っているものと比べれば


不格好かもしれない


でも


「なんか……いいね」


「だろ?」


「買ったものとは違う」


美月は箸をそっと撫でた


「怜司君、使ってくれるかな」


達也の笑顔がほんの少しだけ止まった


けれど美月は箸を見ていて、それには気付かなかった


達也はすぐにいつもの顔へ戻る


「使うだろ」


「ほんと?」


「あいつなら絶対使う」

「それ以外の箸なんか使わないね」


「でも、ちょっと曲がってるよ?」


「関係ねえよ」


「左右の太さも微妙に違うし」


「関係ねえって」


「削り跡も残っちゃったし」

「怜司君、どう思うかな?」


「うるせえな」

「大丈夫だって言ってるだろ」


ほんの少しだけ


達也の声が荒くなったように聞こえた


美月が驚いて達也を見る


達也は困ったように笑った


「ごめん……」

「だって、美月さんが作ったんだろ」

「だったら、怜司にはそれだけで十分だよ」


達也はそう言うと


美月の手の中にある箸へ目を落とした


「俺はその箸、マジで欲しいぜ」

「心配すんな」

「絶対、大丈夫だから」


美月は箸を見つめる


そして小さく笑った


「うん」


美月はもう少しだけ磨こうと


再び紙やすりを手に取った


達也は隣に座ったまま、その様子を眺めていた


美月は楽しそうだった


怜司が喜ぶ顔を想像しているのだろう


達也は頬杖をつきながら


その横顔を見つめる


「いいなあ……怜司のやつ」


「ん?」


「なんでもねえ」


「今、怜司って言わなかった?」


「言ってねえよ」


「言ったわよ」


「空耳だって」


「絶対言った!」


そのあと


美月は残っていた仕上げを済ませた


二本の箸を並べて眺め


満足そうに頷く


「よし、完成!」


達也も椅子から立ち上がった


「じゃあ飯食いに行こうぜ!」

「せっかく表参道まで来たんだから」

「美味いもの食おうぜ」


「私、値段が高いところは無理よ」


「俺が出すに決まってんだろ」


「駄目よ」

「この前も出してもらったでしょ」


「美月さん、そういうところ妙に頑固だよな」


「妙には余計よ」


「今日ぐらい、俺に甘えてくれてもよくないか?」

「俺、今日けっこう頑張っただろ?」


「自分で言う?」


「言う」

「だからご褒美くれよ」


「達也さんが奢るのに」

「なんで達也さんへのご褒美になるのよ」


「美月さんが喜んでくれりゃ」

「それでいいんだよ」


「なにそれ」

「達也さん、損しかしてないじゃない」


「そんなもん、最初からだろ」


達也は笑った


「いいから」

「美月は笑ってろよ」


美月が目を丸くする


「あー!」


「な、なんだよ」


「美月って言った!」


達也が固まる


「自分で呼び捨てしないって言ったくせに」


「今のは事故だ」


「名前を呼ぶ事故ってなによ」


「細けえなあ!」


二人は笑いながら店を出た





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