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第35話 美月さんの手作り、なんでも喜ぶ

翌日


9月26日 土曜日


連休中にたまった仕事を片づけるため


美月たちの課は


午前中だけ休日出勤することになっていた


仕事を終えた美月は


真帆と駅前の店へ入り


パスタのランチセットを食べていた


すると、真帆がふいに美月の首元へ目を留めた


「美月、首の絆創膏、どうしたの?」


「虫に刺された」


「へー、どんな虫?」


「なんか黒いやつ」


「大丈夫?」

「この時期だとアブとかハチかな?」

「腫れてるの? 大きい虫だった?」

「虫刺されの薬とか買う?」


「大丈夫、毒のない虫だし」

「赤くなってるだけだから」

「なんか真帆って虫に詳しそうね」


「詳しいっていうか」

「実家が田舎で農家だし」


真帆と昼食を済ませた美月は


そのまま家へ帰った


まだ昼を少し過ぎたばかりだった


美月はバッグを置くと


机の上のノートパソコンを開いた


「怜司君に喜んでもらって」

「ちゃんと謝ってもらって」


そしたらきっと


「なーんだ、そうだったんだ」って


笑って


また元に戻れる


達也から届いたメールを開き


添付されていた怜司の好きな物リストを見る


料理……これは知ってる

花……これも知ってる

金……かね?

少年マガジン……まだ読んでるの?

経費削減……これって好きとかじゃなくない?

俺への無茶振り……これって達也さんのグチじゃん

筋トレ……私のことを軽々と持ち上げた力はここからきたのね


そこで終わっていた


達也さん情報……


全然、参考にならない……


これで何を選べっていうのよ……


そこで美月は、スクロールバーが妙に長いことに気づいた


「あれ?」

「なんだろう、すっごい改行されてる」

「間違えたのかな?」


美月はスクロールバーを一気に一番下まで動かした


すると最後に、二行の言葉があった


『美月さんの手作り』

『なんでも喜ぶ』


これって……


美月はくすっと笑う


達也さんって、本当にかわいい


「手作りか!」


美月はノートパソコンを閉じると


財布とスマートフォンをバッグへ入れた


「よし」

「まずは手芸店に行ってみよう」


そして


再び部屋を出た


翌日


9月27日 日曜日


達也との待ち合わせ時間が近づいていた


美月は自分の部屋で、ぐったりとうなだれていた


その前には


何色もの毛糸と失敗した編み物が散らばっている


マフラーを怜司に作ろうとしたのだ


だが……


「むりいぃ~……」

「なんでこうなるのぉ……」

「私には無理なのよぉ」


何度やってもボコボコで


編んでいるうちにまともな形にならなくなる


「あ……」

「もう約束の時間だ……」


美月は重い身体を起こし


失敗した編み物を手に取った


扉を開けると


達也は隣の部屋の前で待っていた


淡いブルーのスウェットに


ベージュのパンツを合わせていた


手すりに腕を置き


ぼんやりと空を見上げている


……達也さんって


私服になると、なんかかわいいのよね


美月に気づいた達也が振り返り


嬉しそうに笑った


「おはよう! 美月さん!」


いつもの笑顔を見て


美月は思わずほっとした


美月は助けを求めるように達也へ駆け寄った


「達也さ~ん、どうしよう」

「私にはむりなのよぉ」


「ええ!? どうした!?」

「なにが!?」


「手作りとか無理なのよ!」

「見てよこれ!」


美月は失敗した編み物を達也に差し出した


それを達也は受け取る


「なにこれ?」

「コースター?」


「マフラーを編もうとしたの!」

「でもそれが精一杯なのよ!」


「え?」

「まさか、手編みのマフラー作ろうとしたの?」


「そうよ!」

「だって達也さんが、手作りがいいって言ったから!」


「いや、そんな難易度高いのじゃなくていいだろ」

「なんでもいいんだよ、簡単なものでもさ」

「美月さんが手間をかけて用意してくれたことが嬉しいんだからよ」

「俺が言ったのは、クッキーとかさ、そういうのだよ」


「そうなの!?」


「いや……そうだろ」

「大体、付き合ってもいないのに」

「手編みのマフラー贈るとかやり過ぎだろ」


そう言われて美月がはっとする


「たしかに……」

「私って……やばいわね」


「俺はそういうの嫌いじゃないけどな」

「俺だったら嬉しいけどよ」

「俺ならな」


「怜司君はどう思うかな?」


達也は少しむっとしながら渋々答える


「怜司も……喜ぶよ」

「でも無理することないぜ」

「もっとできることでいいんだよ」


「できること……」

「私、クッキーとか……作ったことない」


美月は落ち込んだように俯く


それを見て達也は


美月の頭へ手を伸ばした


一瞬ためらってから


美月の頭を優しく撫でた


「大丈夫、美月さんが俺に頼ってくれたんだ」

「ちゃんと、考えてあるぜ!」


「ほんとに?」


「俺に任せろよ」

「だから……そんな顔すんな」


達也は美月の頭を撫で続けた


少しすると美月が達也に目を向けた


「あの……」


「なに?」


「頭を撫でないで」

「子供じゃないから」


達也は素直に手を引っ込めた


「そっちの顔の方が、美月さんらしいぜ」


朝日が達也の顔を照らす


ちょ……


美月の胸がとくりと鳴った


美月は達也を睨みつける


「あ……」


「あ?」


「朝からイケメン罪!」

「変顔の刑よ!」


美月は両手で達也の両頬をおさえる


「みひゅいさん、おへなひもひへねえよ」


「いいえ!」

「あなたはイケメン罪よ!」

「反省しなさい!」


美月は達也の頬から手を離し、歩き出す


「でも、ありがとう!」

「達也さんのおかげで元気出たかも!」


にかっと笑った達也が、その後を追った


二人は駐車場へ向かって歩く


車の前まで来ると


達也が小走りで美月を追い越し


助手席の扉を開けた


「どうぞ、美月さん」


「ありがと」


美月は助手席に乗り込む


達也は運転席へ回った


「達也さん」

「ちなみに、どこに行くの?」


「表参道」


「表参道?」


「プレゼントを手作りするんだろ」


「うん、そうだけど、私にできるかな?」


「大丈夫だって」

「美月さんでも作れるやつ予約してあるから」


「なんか今、さらっと失礼なこと言わなかった?」


「気のせい気のせい」


しばらくして、二人は表参道へ到着した


車を降りて街を歩き始める


「うわ~、私初めて来たよ~」

「場違いって感じがするわ」


「そんなことねえぜ」


達也は一軒の店の前で足を止めた


表参道の華やかな街並みから少し外れた場所に


和風の小さな店が佇んでいる


白い建物の正面には


二本の赤い箸が描かれた縦長の看板


その脇には「箸」と書かれた提灯が下がっていた


美月は看板を見上げた


「……お箸?」


「そう」


「怜司、料理好きだろ?」


美月は店の看板と達也の顔を交互に見る


「料理好きだから、お箸?」


「マフラーと違って重くないだろ」


「それ……」

「まだ言う?」


達也は美月から視線を外し


店の看板を見上げた


「ちゃんと手作りだ」

「絶対、怜司は喜ぶ」

「美月さんの気持ちも伝わる」

「それに、怜司は毎日使うぜ」


少しだけ間を置いて


ぶっきらぼうに付け足す


「なんか文句あんのかよ」


美月は目をぱちぱちさせながら


そんな達也を見つめた


「達也さんって、いい人すぎない?」


「うるせえな」

「これでいいのかよ?」


「うん、これがいい!」




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