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第33話 怜司君の嘘つき

美月は自分の部屋へ逃げ込むと


すぐに扉を閉め


2つの鍵とチェーンをかける


靴を脱いで玄関を上がる


けれど、その場から動けなくなった


静かだった


ついさっきまでいた怜司の部屋とは違う


見慣れた狭い部屋


いつもなら落ち着くはずの自分の家なのに


今日は心細く感じた


美月はゆっくりと胸へ手を当てた


まだ鼓動が速い


思い出したくないのに、さっきのことが頭へ浮かんでくる


一瞬でソファへ押し倒されたこと


身動きが取れないほど強く抱きしめられたこと


首筋へ触れた怜司の唇


美月は、まだその感触が残る首筋を押さえた


「なによ……あれ……」


その場に力なくしゃがみ込む


「びっくりした……」


怖かった……


自分の知っている


少し変で、真面目で


何を考えているのか分からない


そんな、いつもの怜司とは違った


もし


私が「やめて」と言えなかったら


あのまま怜司が止まらなかったら


「……どうなってたのよ」


声に出した途端、身体が少し強張った


美月はそのまま膝を抱える


『美月が困るようなことは』

『誓ってしない』


確かにそう言ってくれた


気遣ってくれたんだと思った


そんなこと言わなくても


怜司君なら大丈夫だと思っていた


でも


その言葉で少し安心したのも確かだった


「約束してくれたのに……」


ぽつりと呟く


少しだけ胸が痛んだ


怖かったことよりも


そのことの方が、今は悲しいのかもしれない


「怜司君の……嘘つき」


美月はしばらくそのままでいた


やがて立ち上がると


重い足取りでベッドへ向かった


バッグを床へ置き、ベッドへ腰を下ろす


そして、そのまま倒れ込んだ


天井を見つめる


また首筋へ手を当てた


触れられた時の感覚が


妙にはっきり残っていた


「私に……」

「ああいうことをしたいと、思ってたんだ」


美月は自分で言っておきながら


耳が熱くなっていくのを感じた


「ってことは……」

「少なくとも」

「女の子として興味がないわけじゃ……ないのよね」


美月は慌てて手を離した


「いやいやいや」


勢いよく身体を起こす


「だからって、あれは駄目でしょ」


美月は腕を組んだ


「そもそも困ることしないって約束したじゃない」

「何なのよ! ほんとに……」


そこまで言って、美月は口を閉じた


「……でも」


怜司は自分と結婚したいと言っていた


けれど、それがどういう意味なのか


美月にはずっと分からなかった


昔の約束だから


家族が欲しいから


自分が怜司を助けたから


そんな理由に感じた


小さい頃に初めて感じた温かさを求めているだけだと思っていた


恋愛感情があるのかと聞いても


怜司からまともな答えは返ってこなかった


だから……ずっと不安だった


怜司君は、私のことをちゃんと女の子として見てくれているのだろうか


美月は再び首筋へ触れかけて


今度は途中で手を止めた


「いやいや」


首を振る


「だからって喜ぶところじゃないでしょ、私」

「何ちょっと安心してるのよ」

「イケメンじゃなかったら、普通に通報ものよ」

「いや、イケメンでも通報ものよ」

「怜司君だから……」

「通報……しないけど……」


自分に言い聞かせる


すると別の考えが浮かんだ


美月の表情が固まる


「……待って」


怜司は若い


顔もいい、お金もある


会社の社長で、世間では不動産王子なんて呼ばれている


女性から好かれないはずがない


「ひょっとして……」

「色んな女の子に、ああいうことしてる?」


想像してしまった


美月の知らない女性を抱きしめる怜司の姿


その女性の首筋へ顔を寄せる姿


「……やだ」


胸の奥がざわざわした


「でも……」

「怜司君なら、女の人だって寄ってくるわよね」

「だから……」

「怜司君には当たり前のこと……だったのかな」


怜司の会社にだって女性社員はいるだろう


取引先にもいる


パーティーや会食だってあるはずだ


美月の知らない世界で、怜司はたくさんの女性と出会っている


「怜司君にあんなことをされたら」

「喜ぶ女の人は……いるよね」

「きっと……」


その先に浮かんだ考えに


美月は息を詰めた


「私も……」

「その中の一人……だっただけ?」


そう言葉にした瞬間


さっきまでとは違う種類の痛みが胸へ刺さった


美月の唇が震える


「だったら……」

「なんで結婚してなんて言うのよ」

「なんで私なのよ」


分からない


何を考えているのか


何を望んでいるのか


怜司はいつも肝心なところを言ってくれない


「もう……」

「わかんないよ……」


美月は膝を抱え込む


「なんで普通に言えないのよ」

「好きなら好きって言えばいいじゃない」

「触りたいなら……」


そこまで言って美月はがばっと顔を上げた


「いや、それはちゃんと許可取りなさいよ!」

「順番ってものがあるでしょ!」


そう言い切ると


美月は力なく、再び抱えた膝に顔を埋めた


「なんで分かるように言ってくれないの……」


しばらくの間


美月はそのまま動かなかった


怒っているのか


悲しいのか


怖いのか


自分でもハッキリしない


ただ、怜司のことばかり考えている


それが悔しかった


やがて


少しずつ呼吸が落ち着いてきた


美月は、ぼんやりと棚の上に置かれた母の写真を見る


ママなら……


こんなとき……


なんて言うかな……


きっと


『自分で考えなさい』


って、言われるかな……


美月はもう一度


抱えた膝に顔を埋めた


時計の針の音だけが部屋に響く


「そうよ……」

「待ちなさいよ」

「今まで見てきた怜司君は……違ったじゃない」


美月は自分に言い聞かせるように続ける


「怜司君って……」

「そんな感じじゃないわよ」


少なくとも女性慣れしているようには見えない


美月は少し考え込んだ


「……ひょっとして」


身体を起こす


「どこかでそういう作品を見た?」


怜司は何かを学ぼうとすると


漫画やアニメを参考にすることがある


それ自体は悪いことではない


美月だって作品から学んだことはいくらでもある


ただ怜司の場合


受け取り方がおかしいことがある


「……まさか」

「そういうの見たんじゃないでしょうね」

「よくあるもの……」

「そう、よくあるのよ」


強引に迫られたヒロインが


いつの間にか相手を意識して


最後には好きになってしまう


美月の中で


ばらばらだったものが急につながった


「そうよ……きっとそうよ」

「どこかで見たのを、そのまま真似したのよ」


口にしてみると、不思議としっくりきた


「現実で真似したらアウトでしょ!」

「なにやってるのよ!」


そう言った後に


ふっと力が抜けた


「ほんと……困った人」


そう思えば


少しだけ落ち着いた


怖くなくなる気がした


でも……


本当にそうなのかな……


そう思う自分がいるのも分かった


「……きっとそうよ」


振り払うように


美月は何度も、そう自分に言い聞かせた


今は


そう思っていたかった





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