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第31話 もっと怜司君のことが知りたい

美月は出来上がった味噌汁を広口の水筒へ入れ


温めた肉じゃがの保存容器を持って


怜司の部屋の前に立っていた


ごくりと喉が鳴る


昨日はDVDを渡しに来ただけ


でも、今日は違う


これから怜司君の部屋で


二人きりで夕食


「……大丈夫」


震える指を呼び鈴へ伸ばす


その指がボタンへ触れる直前


がちゃ


「ひゃっ!」


ふいに扉が開いて、美月から変な声が出た


怜司が目を細める


「美月」

「よく来てくれた」


怜司は美月を中へ招き入れた


「お、おじゃまします……」


美月は恐る恐る部屋へ足を踏み入れる


リビングには淡いベージュのソファと


明るい木目の食卓が置かれている


食卓には皿やナイフとフォーク、箸、グラスが並べられ


焼いたパンも用意されていた


室内は柔らかな色合いで


落ち着いた雰囲気だ


……服の趣味とは全然違うのよね


前にも入ったことはある


でも今日は全然違った


ここで二人きりなんだ……


本当に来ちゃった……


「座ってくれ」


「う、うん」


「すぐに料理を持ってくる」


美月はテーブルの前へ座る


ほどなくして、怜司が料理を運んできた


大きな皿に綺麗に盛り付けられたロールキャベツ


柔らかそうなキャベツの上にはソースがかかっている


「うわ……」


美月は思わず身を乗り出した


「すご……」

「お店みたい」


「そうか?」


「そうだよ!」


美月も持ってきた肉じゃがをテーブルへ置く


それから怜司が用意してくれた椀を手に取り


水筒から味噌汁を注ぐと湯気が上がる


美月は持ってきたバッグを開いた


「なにか貸して欲しいって話してたでしょ?」


「ああ」


「おすすめを持ってきたよ」


美月はブルーレイを何本か取り出して


怜司へ見せる


「これはね」

「子供の姿になっちゃった高校生探偵が」

「色んな事件を解決するシリーズの劇場版」


怜司がパッケージを見る


「これは王子ではないのか?」


「王子じゃないよ」


怜司は主人公を見る


「子供ではないか」


「中身は高校生なの!」


怜司が美月を見る


「美月は少年が好きなのか?」


「違うわよ!」

「そういうんじゃないの!」


「このキャラクターが好きなのではないのか?」


「好きだけど」

「物語が好きなのよ」


「物語?」


「うん」


美月はそのうちの一本を手に取る


「最初から見た目とか設定だけで好きになるわけじゃなくて」

「物語の中で、そのキャラクターが何をして」

「どう生きてるのか見て」

「それで好きになるの」

「この子もそうだし」

「土方さんだってそうだし」

「第一王子だって……そうかも」


怜司は黙って美月を見る


「だから」

「王子だから好きってわけじゃないのよ」


「そうなのか」


「そうよ」


怜司は少し考える


「では」

「王子でなくなっても、その人物を好きなのか?」


「うん」

「好きだと思うよ」


美月は少し笑った


「だって好きになるのは」

「肩書きじゃなくて、その人だから」


怜司はその言葉を噛みしめるように目を伏せた


「……そういうものなのか」


「そういうものよ」


「分かった」

「借りてもいいか?」


「もちろん」


美月はブルーレイを怜司へ渡した


「じゃあさ、食べようよ」


「ああ」


怜司がそのままナイフとフォークへ手を伸ばす


すると、美月は両手を合わせた


「いただきます」


怜司の手が止まった


美月を見る


そしてナイフとフォークを置いた


同じように両手を合わせる


「いただきます」


美月は少しだけ笑った


ナイフとフォークを手に取り


ロールキャベツを切る


柔らかい


一口分を口へ運ぶ


美月の目が大きくなる


「ん!」

「おいしい~!」


もう一口食べる


「なにこれ」

「すっごく美味しい!」


「そうか」


「こんな美味しいロールキャベツ」

「初めて食べたかも」


怜司が少しだけ目を細めた


「美月が喜んでくれたならよかった」


「これ本当に自分で作ったの?」


「ああ」


「すごいね!」


怜司は美月が作った味噌汁の椀を手に取る


そして一口飲んだ


の……飲んだわ……


私の味噌汁……


美月は緊張しながら反応を待つ


怜司の動きが止まった


「……どう?」


「うまいな」


「ほんと?」


「ああ」


もう一口飲む


「あたたかい」


怜司は味噌汁を見つめる


「……あの日を思い出す」


美月も十五年前の夜を思い出す


母と一緒に怜司を家へ連れて帰った夜


「ごめんね」

「もっとちゃんと出汁とか取ったのを食べてもらいたかったんだけど」


「何を言っている」


怜司はもう一度ゆっくりと味わうように味噌汁を飲む


「十分すぎる」

「俺には、これ以上のものはない」


私が作った味噌汁を褒めてくれたのは嬉しい……


でも……


「あの……怜司君」


「なんだ?」


「どうして私なの?」

「私って……普通だよ?」


美月は自分の味噌汁へ目を落とす


それから、怜司のロールキャベツを見た


「絶対、怜司君と釣り合わないじゃん」


「作る料理だって……」

「全然違うし」


「ああ」

「違うな」


「即答!?」


怜司は味噌汁へ目を落とす


「美月の料理は暖かい」


それから、自分が作ったロールキャベツへ視線を移す


「俺の料理は」

「なんだか冷たい」


「そんなことないよ!」


美月は肉じゃがを箸で取って口へ入れる


「ほら!」

「怜司君が作ってくれたもの」

「すっごく美味しいし」

「ちゃんとあたたかいよ」


「そうなのか?」


「そうよ!」


美月は肉じゃがを飲み込む


「自分で作ったご飯って」

「なんとなく味気なく感じるものなのよ」


「そういうものなのか?」


「そういうものよ」

「なんで分からないの?」


怜司は少し考えた


「そうだな」

「美月と一緒に食べていると」

「いつもより暖かい気がする」


怜司の言葉に


美月の胸がきゅっと締め付けられる


まずい……


なんでこの人、こういうこと平然と言えるのよ……


「そ、そういうの……」

「さらっと言うのやめてくれない?」


「なぜだ?」


「なんでも!」


美月はロールキャベツをまた一口放り込む


「怜司君って」

「いつも自炊してるの?」


「ああ」

「いつも作りすぎてしまう」


「昨日も言ってたね」


「以前は達也に食べさせていた」


「達也さんに?」


「ああ、一緒に暮らしていたからな」


怜司は淡々と話す


「だが最近は」

「男の手料理で胃袋を掴まれちゃたまらないと言いだして」

「あまり食べてくれなくなった」


「ぶっ!」


美月が吹き出した


「なにそれ!?」


「俺にも分からない」


「達也さんらしいけど」


美月は怜司へ両手を合わせ


拝むように上下に振った


「面白エピソードいただきました」

「ありがたや~ありがたや~」


美月の緊張が少しずつ解けていく


気づけば


怜司との会話を楽しんでいた


美月はパンをちぎった


「怜司君って」

「料理以外に好きなことあるの?」


「ある」


「なに?」


「花だ」


「花?」


「好きだ」


「へえ~」

「どうして花が好きなの?」


「見ていると美月を思い出す」


美月の手が止まった


まただ……


そんな平気な顔で……


人の気も知らないで……


「な、なによそれ」


「事実だ」


「花って……」

「なんか荷が重いこと言わないでよね」


怜司は不思議そうに美月を見る


美月はふと思い出した


「そういえば」


「なんだ?」


「このアパートに花壇できたよね」


「ああ」


「ひょっとして」

「あれって怜司君が?」


「そうだ」

「俺が作った」


美月は驚いて怜司を見る


そのとき


壁に掛けられた小さな額縁が目に入った


黒い服とマントを身につけた王子様の絵


その上には


つたない文字が書かれている


『わたしのしっこくの王子さま』


「ん?」

「なんか見覚えが……」


美月の記憶に


該当するものがヒットした


美月は思わず立ち上がる


「あ!」

「それ、私が描いた絵じゃない!?」


「そうだ」

「美月からもらった小説に挟まっていた」


「なんで飾ってるのよ!?」


「大切なものだからだ」


美月の顔が一気に熱くなる


今となっては


完全な黒歴史だ


そこで美月は、はっと気づく


「もしかして」

「怜司君がいつも黒い服を着てるのって……」


「美月は黒い服が好きだろう」


「ちがーーーーう!」

「私、黒い服が特別好きなわけじゃないから!」


「そうなのか?」


「怜司君って、それでいつも黒い服を着てたわけ?」


「そうだ」


美月はへなへなと椅子へ座り直す


「私、この部屋みたいな雰囲気も好き」

「っていうか……」

「そんなふうに私に合わせなくていいんだよ」

「自分が好きな服を着てよ」


「分かった」


「それと、その絵は私に返して」


「それは断る」


「なんで!?」


また一つ


怜司君のことを知った


もっと怜司君のことが知りたい


もっと……


もっと……




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