第29話 好きなら好きって言って!
美月は怜司に貰った肉じゃがを見る
「怜司君に……」
「手料理のおすそ分け貰っちゃった」
すると、口元が勝手ににんまりと緩んだ
それに気づいて、はっとする
「てか……」
「もう認めるしかないわね……」
「私もう……完全に沼ってるわ……」
「どうすんのよ……これ」
「怜司君が私を女として見てないって確定したら、私の人生詰むわ」
「二度と立ち直れないんじゃないの?」
美月は保存容器を見つめる
「……やっぱり」
「私、怜司君のこともっと知らないと駄目だわ」
「……どうせ詰むなら」
「……捨て身になるしかない」
美月は思い立ったように立ち上がり
棚の奥へ手を伸ばした
そして
一つのDVDボックスを引っ張り出す
以前、何度も見返した恋愛コメディだった
超がつくほど頭のいい男女が
お互いに相手のことを好きなくせに
なぜか先に告白した方が負けという勝負を繰り広げる作品
美月はパッケージをじっと見る
とにかくこれだ
「怜司君に見せよう」
そして、反応を見る
恋愛についてどう思っているのか
ひょっとしたら――
告白について、少しは考えてくれるかも
美月はDVDボックスを胸に抱える
「いや、待って」
これって……ものすごく遠回しに
『早く告白しろ』って言ってる女みたいじゃない?
顔が熱くなる
「無理無理無理!」
一度棚へ戻そうとする
しかし手が止まった
『どうせ詰むなら……』
さっき自分で言った言葉を思い出す
「捨て身よ!」
覚悟を決めた
「大体……」
「プロポーズはするくせに」
「好きって言わないってなんなのよ!」
「あの壁ドンも、結局何が言いたいのかよく分からなかったし!」
DVDボックスを抱え、勢いよく部屋を出る
数歩歩けば、怜司の部屋だ
ピンポーン
押した
勢いそのままに、押してしまった
逃げようかな……
そう思った瞬間、扉が開いた
「美月?」
「ひゃい!」
変な声が出た
怜司が少しだけ目を細める
「どうした?」
「あ、いや、その……」
美月は背中に隠していたDVDボックスをぎゅっと握る
「さっきの肉じゃがのお礼ってわけじゃないんだけど」
「もう食べたのか?」
「まだよ、今日はご飯食べてきたの」
「明日食べるから」
「そうか」
美月はDVDボックスを勢いよく差し出した
「これ!」
怜司がそれを見る
「これは?」
「アニメ」
「それは分かる」
美月は小さく咳払いした
「怜司君さ」
「私の好きなものを知りたいって言ってたでしょ?」
「ああ」
「だったら、これ見てみない?」
怜司はDVDボックスを受け取った
表と裏を確認する
「恋愛作品か」
「うん」
「どういう話だ?」
「えっと……」
美月は一瞬詰まった
「お、お互いに好き合ってる男女がいるの」
「でも二人とも、自分から好きって言いたくなくて」
怜司が美月を見る
「なぜだ?」
「お互いに好きなら、伝えればいいだろう」
美月の眉がぴくっと動いた
ま、まじかよ……
これ……
速攻で私のことは好きじゃないって……
判明してない?
美月は内心ダメージを受けてよろめく
捨て身、捨て身、捨て身!
もう私には、この道しかないのよ!
「怜司君……」
「なんだ?」
「それ……よく覚えておいてね」
「ん?」
「とにかく!」
美月は心の中で自分に活を入れて話を続ける
「二人とも相手から告白させようとして」
「頭を使って色々やるのよ」
「それが面白いの」
「非効率的だな」
「そういうところを楽しむ作品なの!」
怜司はもう一度DVDボックスを見る
「美月は、こういう恋愛が好きなのか?」
「え?」
「相手から告白させるために駆け引きをする恋愛だ」
「ち、違うわよ!」
美月は慌てて首を振った
「私はもっと普通がいいの!」
「普通?」
「好きなら好きって言って!」
「相手にもちゃんと好きって言ってもらって……」
「それで両想いになるのが……一番いいに決まってるでしょ」
怜司が美月を見る
「なによ」
「いや」
怜司はDVDボックスへ視線を戻した
「分かった」
「見てみよう」
「ほんと?」
「ああ」
「ちゃんと最後まで見てね」
「もちろんだ」
美月は思わず笑顔になった
「じゃ、私帰るから」
美月は少しだけ軽い足取りで、自分の部屋へ向かう
「美月」
美月が振り返って怜司を見る
「なに?」
「ありがとう」
「う……うん」
胸がまた大きく鳴る
「じゃ、じゃあ」
「おやすみ! 怜司君」
「ああ」
「おやすみ、美月」
美月は逃げるように自分の部屋へ戻る
扉を閉め、そのまま背中を預けた
そして
ゆっくり両手で顔を覆った
「私……」
「好きなら好きって言ってとか」
「本人の前で何言ってんのよーーーー!」
その場にしゃがみ込む
「捨て身にもほどがあるでしょ!」
しかし壁一枚向こうでは
怜司が受け取ったDVDボックスを見つめたまま、しばらく動かなかった
やがて右手を握り
胸元へ押し当てる
「それが言えたら、どれだけいいだろう」
『好きなら好きって言って!』
美月の声がもう一度頭の中に響く
「好きだと……」
怜司は目を伏せた
「それだけ言えればいい」
だが、その言葉を口にした瞬間
自分の中に押し込めているものまで
すべて溢れ出してしまう気がした
美月を独り占めしたい……
奪い去ってしまいたい……
狂犬などと呼ばれ
自分勝手に人を傷つけていた頃の自分が
蘇ってしまう気がした
「……怖いんだ」
怜司は握った拳に力を込め
更に強く胸へ押しつけた
「好きだと言えば」
「俺は止まれない」
「王子のメッキが剥がれても……」
「美月は、俺を好きでいてくれるだろうか」
『……ありがとう』
肉じゃがを渡したときの
美月の顔を思い出す
一瞬だけ
小さな期待が、怜司の頭をよぎった
だがすぐに
胸へ押し当てた拳に
さらに力を込めた
「いや……」
「だめだ」
「美月が好きなのは……」
「王子なのだから」




