第28話 怜司君は、肉じゃがを作る
翌日
五日間の連休が明け、美月は会社へ出勤した
「連休明けって休みボケするわよね~」
真帆が机に頬杖をつく
「真帆は休みじゃなくてもそんな感じでしょ」
「ほら、仕事する」
「美月は元気ねえ」
「仕事なんだから仕方ないでしょ」
美月は笑いながらパソコンへ向き直った
溜まっていた仕事を順番に片付け
昼は真帆とランチを食べる
午後も特に変わったことはなく
穏やかに一日が過ぎていった
仕事を終える頃には、連休前の日常へすっかり戻った気がした
「美月、ご飯食べて帰ろ」
「いいよ」
「今日は何食べる?」
「真帆が決めて」
「じゃあ焼肉」
「いきなり重いわね」
「連休明けを乗り切ったお祝い」
「真帆って毎日なにか祝ってない?」
二人は笑いながら会社を出た
結局、駅の近くにある定食屋へ入り
向かい合って夕食を食べる
仕事の話
最近見たアニメの話
真帆が買おうか迷っている服の話
どれも、いつもと変わらない話だった
だからこそ
美月にはそれが心地よかった
「やっぱりこういうのが平和よね~」
「ほっとするわ……」
「なに急に」
「なんでもない」
美月は笑って飲み物へ口をつけた
そのとき
テーブルに置いていたスマホが短く震えた
「ん?」
画面を見るとLINEの通知だった
何気なく開くと、美月の指が止まった
「……え?」
「どうしたの?」
美月は画面をじっと見る
そこには
見覚えのある名前が表示されていた
御堂怜司
その横に表示されている日付を
もう一度確認する
「……怜司君」
「怜司さんがどうかした?」
「誕生日……」
「え?」
美月は顔を上げた
「怜司君の誕生日」
「一週間後みたい」
真帆が目を輝かせた
「へえ~」
一週間後……怜司君の誕生日
美月はもう一度スマホを見る
自分の誕生日には
怜司君があんなに色々してくれた
料理を作ってくれて
一緒にアニメを見て
花火まで用意してくれた
それに――
自分のために
特別なプレゼントまで用意してくれた
真帆がにやにやしながら美月を見る
「これは大変だねえ」
「なによ、その顔」
「別に~」
「絶対なんか思ってるでしょ」
「何あげるのかな~って」
「まだ何も言ってない!」
「でもあげるんでしょ?」
美月はもう一度スマホを見る
一週間……か
「ほら考えてるじゃん」
「その顔やめて!」
「はいはい」
家に帰ると、美月はいつものようにお風呂に入り
部屋着に着替えた
アニメキャラのTシャツに、履き慣れたジャージ
髪を適当にまとめ、冷蔵庫から炭酸水を取り出す
「はあ~」
ようやく一日が終わった
美月はベッドを背もたれにして床へ座ると
録画していたアニメを再生した
画面では主人公たちが何やら真剣に話している
けれど
美月の頭にはまったく入ってこなかった
「怜司君の誕生日プレゼントかあ……」
いったい……何を贈ればいいんだろう
美月は第一王子のぬいぐるみを抱える
「怜司君って、何をもらったら喜ぶのかな……」
服?
怜司君の服って……多分私が買える値段じゃないわよね
時計?
もっと無理
仕事で使うもの?
そもそも何が必要なのか知らない
美月はテレビから目を逸らした
「怜司君って……普段なにしてるんだろ」
不動産会社の社長で、すごく仕事ができる
達也さんと一緒に会社を大きくした
昔は施設で暮らしていて
私が昔あげた小説を、ずっと大切にしていた
私と結婚したがってる
でも……それ以外は?
休日はなにをしてるの?
好きな食べ物は?
嫌いな食べ物は?
どんなお店へ行くのか
どんな音楽を聴くのか
何をしているときが楽しいのか
「私……」
美月は呆然とテレビを見る
「怜司君のこと」
「なんにも知らないじゃん……」
美月はしばらく黙り込んだ
そして……
一つの恐ろしい可能性に気づいた
「ってことは……」
「私……」
美月の顔が引きつる
「やっぱり顔だったの!?」
勢いよく立ち上がった
「顔で好きになったってことじゃん!」
「うそでしょ!?」
頭を抱える
「私、そんな女じゃないはずなのにーーーー!」
第一王子に似ていて
黒髪が似合って
スーツが似合って
あとは……
顔がいい
顔がいい
顔がいい
「見た目ばっかりじゃん!」
美月はその場に崩れ落ちた
「最低だ……」
「私、イケメンに釣られただけの女だったんだ……」
そのとき
ピンポーン
美月が顔を上げる
少し間を置いて
ピンポーン
「はーい」
宅配便だろうか
美月は立ち上がり
そのまま玄関へ向かった
扉を開ける
「どちらさ――」
言葉が止まった
「こんばんは、美月」
黒いジャケットを着た怜司が立っていた
「れ……怜司君!?」
さっきまで
この男の顔について一人で悩んでいた
その顔が目の前にある
やっぱりカッコいい……
この顔面が全部悪いのよ……
美月は反射的に顔を逸らした
「ど、どうしたの!?」
「渡したいものがあって来た」
「私に?」
「ああ」
怜司が手にしていたものを美月に差し出した
透明な保存容器
中には、じゃがいもと人参、玉ねぎと肉が入っている
美月はそれを覗き込む
「なにこれ」
「肉じゃがだ」
「それは見れば分かるけど」
怜司は真顔のまま続ける
「作りすぎた」
「は?」
「作りすぎたんだ」
「へ?」
「よかったら食べてくれないか」
美月はしばらく怜司と肉じゃがを交互に見る
そして
恐る恐る受け取った
まだ温かい
「怜司君が……作ったの?」
「ああ」
「肉じゃがを?」
「ああ」
「家で?」
「ああ」
「なんで?」
怜司が少しだけ黙った
「食べたかったからだ」
「そ、そう……」
この人
家で肉じゃが作るんだ……
「美月」
「な、なに?」
怜司は保存容器を指す
「入れ物は返さなくていい」
「え?」
「捨てても構わない」
「いや、返すわよ!」
「そうか」
「うん!」
怜司は一度だけ頷く
「では、おやすみ」
そのまま背を向ける
「ちょ、ちょっと待って!」
怜司が振り返った
「なんだ?」
「いや……」
美月は肉じゃがを見る
それから、怜司を見た
「……ありがとう」
「ああ」
怜司はそれだけ答えると
自分の部屋へ戻っていった
美月は玄関に残された
しばらくして
ゆっくり扉を閉める
「なんなのよ……」
美月は保存容器をキッチンの調理台に置く
そしてふと気づく
「……あ」
怜司君は、肉じゃがが好き
しかも食べたくなったら、自分でも作るんだ
今日、怜司のことを一つ知れた




