第22話 約束!?
その頃……
美月は真帆に連れられ、BL専門店の奥にいた
真帆が1冊の本を手に取り、美月へ駆け寄ってくる
「美月、これ絶対好きだと思う!」
「だから……」
「私は守備範囲外だって言っ――」
真帆から渡された漫画を見て、美月は固まった
表紙には二人の男
黒髪で長身、鋭い目をしたスーツ姿の男
その隣には、少し目つきの悪い茶髪の男
美月の脳裏に怜司と達也の顔が浮かんだ
に……似てる……
しかも、表紙には18禁の文字
「……真帆」
「これ、どういう話?」
「幼なじみの二人が会社を立ち上げて恋人になる話」
美月の頬が引きつった
「こっちの黒髪が社長で、合理主義で感情を表に出さなくて――」
「もういい!」
「で、茶髪の方が昔ちょっと荒れてて、ずっと社長を支えて――」
「返す!」
「ちなみに、攻めは黒髪の方だよ」
「知りたくないわよ!」
「返すって言ってるでしょ!」
美月が漫画を押し返すと
真帆は笑いながらひょいと避けた
「恥ずかしいのは最初だけだよ」
「美月、絶対BL適性あるって」
「もう!」
美月は真帆に返すのを諦めて
自分で漫画を棚へ戻そうと振り返った
その時……
「美月」
名前を呼ばれ、美月の肩がビクリと跳ねた
聞き間違えるはずがない
その低く落ち着いた声を、美月は知っている
怜司だ
「美月さん?」
続いて聞こえた声に、美月はぎゅっと目を閉じた
今度は達也さん
なんで!?
なんで二人がここにいるのよ!?
ここBL専門店よ!?
美月は動かない
動けない
それでも、いつまでも背中を向けているわけにはいかない
恐る恐る振り返る
そこには――
怜司と達也が立っていた
美月は二人を見る
ゆっくり手元の漫画を見る
もう一度、二人を見る
これはやばい!
そのまんまじゃん!
美月の顔が一気に熱くなった
どうしてよりによって今なの!?
この本を持っている、今なのよ!?
「やはり美月だったか」
怜司が近づいてくる
「マジで美月さんじゃん!」
達也もこちらへ歩いてくる
「な、な、な……」
「なんでいるのよーーーー!」
美月の声が店内に響いた
周囲の女性客が一斉にこちらを見る
美月は慌てて本を背中に回して隠す
しまった、つい大きな声を……
この本にだけは気づかないで!
お願いだから気づかないで!
「この近くで仕事の用事があった」
「その帰りに、美月の好きなものを調査していた」
「誓って、美月をつけまわしていたわけではない」
「誤解しないでくれ」
「そ、そうなんだ!」
「私は友達と遊びに来たのよ」
「もう帰るところなんだ」
怜司が美月の背中に回された手元を覗くように見る
美月は素早く体を回して見えないように隠した
「美月」
「な、なに?」
「もう帰るということは」
「その本は購入するということか」
「それも、美月が好きな作品か?」
「違うの!」
「なにが違うんだ?」
「私の守備範囲じゃないから!」
「守備範囲?」
「真帆の世界だから!」
しまった……なにを言ってるのよ私は!
真帆は怜司と達也を見たまま動かない
そしてなにかを思いついたような顔になった
美月は嫌な予感を覚えた
真帆の口がゆっくり開きかける
美月は瞬時に真帆へ飛びつき
片方の手を本から離してその口を塞いだ
「何も言わないで!」
「んんん!?」
「お願い!」
「今だけは本当にお願い!」
達也が首を傾げる
「美月さん、なんか変だぜ」
「なんでもないんです!」
「達也さんは知っちゃだめなの!」
怜司は美月が持つ漫画の表紙を見ようとする
美月は慌てて真帆の口から手を離し
漫画を両腕で胸に抱えて隠した
「見ないで!」
「なぜだ」
「なんでもいいでしょ!」
「内容を確認したいだけだ」
「確認しなくていいの!」
達也も横から覗こうとする
「何の本なんだよ、美月さん」
「気になるじゃねえか」
「達也さんも見ないの!」
「めっ! でしょ!」
「なんで俺まで怒られんだよ」
「しかも子供みたいに」
「いいから!」
真帆が肩を震わせて笑っている
美月が真帆を睨む
達也が真帆を見た
「美月さんの友達?」
「あ、はい!」
真帆が姿勢を正す
「佐伯真帆です」
「美月とは会社の同期で、親友やってます」
「どうも」
「相馬達也です」
「御堂怜司です」
真帆が二人を交互に見る
そして
もう一度、美月の胸元に隠された漫画を見る
「……なるほど」
「真帆!」
「何も言ってないじゃん」
達也が美月を見る
「ところで美月さん」
「なに?」
「ここって何の店なの?」
美月の動きが止まった
まさか……
「知らないの?」
「おう」
「本屋だけど、なにかの専門店なんだろ?」
達也が周囲を見る
「BLって書いてあったんだけどよ」
「怜司が優良住宅部品だって言うからさ」
美月はゆっくり怜司を見る
怜司は真顔だった
「BLマークは優良住宅部品の認定のことだ」
「そのBLとは意味が違います!」
「てか、見れば分かるでしょ!?」
「なんで分からないのよ!」
「見れば分かる?」
「どういう意味だ?」
「え……」
怜司がまっすぐ美月を見る
美月は目を泳がせる
私に言わせる気なの?
泳いだ目が真帆の目と合った
真帆が嬉しそうに口を挟んだ
「ボーイズラブです!」
その瞬間、美月は顔を覆った
こいつ……
普通に言いやがった
達也が眉を寄せる
「ボーイズラブ?」
「はい」
「男性同士の恋愛を扱った作品です」
達也が数秒止まった
「マジかよ」
「そんなのあるのか!?」
怜司も棚を見る
「ここにある全てがそうなのか?」
「そうで~す!」
達也は改めて店内を見回した
女性客たちは、今もちらちらと二人を見ている
「なあ怜司」
「なんだ」
「さっきから女の人たちが、俺ら見てたのって……」
怜司も周囲を見る
「俺と達也の関係性に興味を持っていたようだな」
「やめろ」
「なんか怖えよ」
怜司は美月へ視線を戻した
「美月、その本を見せてもらえないか?」
「や……やだ……」
「美月は、男性同士の恋愛が好きだったのか?」
「違う!」
美月は本をぎゅっと胸へ抱く
「BLを否定するつもりはないけど……」
「私には刺激が強すぎるの」
「つまり、これは美月が好きなものではないのか?」
「……そうよ」
怜司は一度だけ頷いた
「ならば調査する必要もないな」
「行くぞ、達也」
「もういいのか?」
「ああ」
怜司は美月に背を向けた
そのまま店の出口へ歩いていく
美月は遠ざかっていく怜司の背中を見つめた
よかった……
助かった……
この本の二人が
怜司君と達也さんにそっくりだってことはバレなかった……
中身なんて、絶対恐ろしいことになってるに決まってる
美月は胸に抱えた本をぎゅっと押さえながら、大きく息を吐く
すると、不意に達也から声を掛けられた
「今日は友達と来てるみたいだし」
「邪魔しちゃ悪いから俺も行くけどさ」
「今度、俺とも遊びに行こうぜ」
「うん」
美月はほっとしたまま、反射的に頷いた
達也の顔がぱっと明るくなる
「よし!」
「約束だぜ!」
達也は怜司の後を追っていく
数歩進んだところで、美月の思考がようやく追いついた
「……え?」
今、私なんて言った?
達也さんに遊びに行こうって言われて――
うんって……
「約束!?」
美月が顔を上げる
出口へ向かいながら、達也が振り返った
「またな!」
「美月さん!」
嬉しそうに美月に手を振っている
「ちょ、ちょっと達也さん! いまのは……」
だが達也は楽しそうに笑うと、そのまま行ってしまった
美月は立ち尽くす
怜司に本を見られずに済んだと思ったら
いつの間にか達也と遊びに行く約束をしていた
次の瞬間
美月は漫画を抱えたまま
その場にへなへなと崩れ落ちた
「なにこれ……」
「なんでこんな目に遭うの……」
真帆がしゃがみ込み、美月の顔を覗き込む
「美月~」
「私に言ってないことが、ずいぶんとありそうだね」
にやりと笑う
「その罰ゲームじゃない?」
「真帆のせいでしょ!?」
「もう少し反省してよ!」
「え~?」
「あのイケメン二人、別に嫌そうにしてなかったじゃん」
「大丈夫だって、気にし過ぎだよ」
そして真帆の目が再び輝いた
「それよりさ!」
「なによ」
「どっちが本命なの!?」
「うるさいわね!」
「真帆には関係ないでしょ」
「BL本でも見て妄想してなさい」
「冷たいじゃ~ん」
「そういうの嫌いじゃないけど」
「ちゃんと教えてよ~」
「ご飯おごるから~」
「もう真帆には相談しないからね」
「じゃあ二回おごる!」
「回数の問題じゃない!」




