第19話 王子ってのはな!
達也の口元が上がる
「そうだよ」
「今さら隠す気なんかねえぜ」
怜司の視線がわずかに鋭くなる
「俺は怜司のことも好きだからよ」
「ちょっとくらいは優しくしてやるよ」
「なんの話だ?」
「隠さない」
「ちゃんと伝える」
「それが大事だって話だよ」
怜司は目を伏せた
「俺は美月への想いを」
「そのまま表に出すわけにはいかない」
「なんでだよ」
「俺は……」
怜司の手がゆっくりと握られる
「本当は」
「美月を奪い去りたいんだ」
達也は黙って怜司を見た
「美月に近づくすべてを排除して」
「彼女を俺だけのものにしたい」
「他の誰にも触れさせたくない」
怜司はわずかに目を伏せた
「美月に聞かれたことがある」
「自分にドキドキするかと」
「あのとき、内心では冷やりとした」
少しだけ声が低くなる
「俺の中にあるものは……」
「そんな綺麗な感情ではない」
「美月を食い尽くしたい」
「俺なしでは生きられないほど」
「俺だけを必要とさせたい」
達也の表情から
いつもの軽さが消えていた
「だから怖いんだ」
「そんな俺を美月に見せれば」
「きっと怖がらせる」
怜司は自分の右拳を見る
そこには沢山の古傷が見えた
「俺は結局――」
怜司はそこで言葉を切った
口にすることをためらうように
わずかに息を吐く
「王子の皮を被っただけの……」
「けだものなんだ……」
達也はしばらく怜司を見ていた
「ふーん」
「別に、珍しくもねえだろ」
「俺だって、大して変わらねえよ」
「達也も?」
「ああ」
「好きな女を独り占めしたいくらい思うだろ」
「他の男に取られたくねえし」
「自分だけを見ていてほしいとも思う」
達也は怜司の胸を指差した
「でもよ」
「思うことと、やることは別だろ」
「別……?」
怜司は美月の言葉を思い出した
『それとこれとは話が別なの!』
『なんで分かんないのよ』
「俺たちは、美月さんに選んでもらう立場だ」
「美月さんが嫌がることはしない」
「美月さんを傷つけたりもしない」
「それだけだ」
「違うのかよ」
「……違うわけがない」
「だったら、それでいいんじゃねえの?」
達也は肩をすくめる
「俺達の本性がけだものって言われりゃ」
「そうかもしれねえけどよ」
「男として美月さんを好きになっちまったんだから仕方ねえだろ」
「それと同じくらい、美月さんを大事にしたいって気持ちもある」
「だったら」
「好きなら好きって……」
「伝えてもいいんじゃねえのか?」
怜司は何も答えない
達也も急かさず待った
しばらくして
怜司がぽつりと呟く
「達也」
「なんだよ」
「王子って……」
「なんだろうな……」
達也が一瞬きょとんとする
しばらく怜司の顔を見つめたあと
呆れたように息を吐いた
「お前なあ……」
達也は怜司の横へ回り込み
大きく右手を振り上げる
バンッ!
「っ!」
怜司の背中を思い切り叩いた
驚いたように達也を見る
「何をする」
「いい加減にしといた方がいいぞ!」
達也は怜司から離れ、桜の前まで歩いていく
そして振り返った
「王子ってのはな」
「美月さんの1推しになった男のことを言うんだよ!」
怜司の目が見開かれる
「第一王子だの土方だの」
「そんなもんどうでもいいんだよ」
「美月さんに一番好きになってもらえば」
「それで総取りだ!」
達也は親指で自分の胸を指した
「怜司がそうやって足踏みしてくれてるなら」
「俺には都合がいい」
「あんまりモタモタされたらよ……」
「俺は前に進むぜ」
達也は怜司をまっすぐ見た
「俺だって、美月さんを独り占めしたい」
「でも、美月さんが嫌ならできない」
「だったら」
「やることなんて一つじゃねえか」
達也は桜の前で両手を広げた
「俺ならなるぜ!」
「美月さんの1推しにな!」
怜司は黙って達也を見る
「俺、美月さんと気が合うんだよ」
「美月さんが好きなアニメも、俺は本気で面白いと思ったしよ」
「俺に全然遠慮しねえし」
「ずっと昔から知ってたみたいに、自然に話ができるんだよ」
達也は思い出すように笑った
「俺がこぼした飲み物をさりげなく拭いてくれたり」
「でも、そこで変に気を遣ったりしねえんだよ」
「そのまま普通に話が続くんだ」
「泣いてたら、ハンカチまで貸してくれてさ」
「『自分で拭ける?』なんて子供扱いするふりまでしてよ」
「あれ、俺を元気づけてくれたんだぜ」
怜司の視線がわずかに鋭くなる
達也は気にせず続けた
「一緒にいると楽しいし」
「優しいし、なんか居心地がいいんだ」
「笑った顔もかわいい」
達也は真っ直ぐ怜司を見る
「こんなの」
「本気になるだろ!」
その声が誰もいない校庭へ響いた
「怜司の大切な人だって分かってても」
「俺の方が美月さんを幸せにできるんじゃねえかって思っちまったら」
「我慢なんかできねえよ!」
「俺は美月さんを大事にしたい」
「俺の方が、美月さんを幸せにできるって、本気で思い始めてる」
達也は一歩、怜司へ近づく
「怜司がそんな調子なら、俺が行くぜ」
「そんなんじゃ、美月さんを幸せになんかできねえよ」
「びびってんなら、俺に譲れ!」
怜司がゆっくりと達也へ目を向けた
その瞬間
達也の背筋に冷たいものが走った
額に、うっすらと汗が浮かぶ
けれど――
達也は嬉しそうに笑った
「いいね」
怜司の目を真正面から受け止める
「その目、久しぶりに見たな」
「『狂犬』の怜司、まだいたのかよ」
怜司の目がさらに鋭くなる
達也は笑ったまま言う
「でも、選ぶのは美月だぜ」
「『悪童』の達也」
「言っておきたいことがある」
「なんだよ」
「当たり前のことを」
「何度も言うな」
達也は一瞬黙った
そして声を上げて笑う
「全然腑抜けてねえって分かって、安心したぜ」
怜司はもう達也を見ていなかった
再び、大きな桜を見上げる
風が吹いた
まだ葉の残る枝が静かに揺れる
怜司は少しだけ目を細めた
「この桜を残す方針で、企画を立てる」
「採算は?」
「合わせる」
「簡単に言いやがる」
「できないのか?」
「誰に言ってんだよ」
達也がにっと笑う
怜司も桜に背を向けた
「行くぞ、達也」
「おう」
二人は並んで校庭を歩き始めた
途中、他社の社員たちとすれ違う
誰もが資料を片手に、校舎や敷地を見ながら熱心に話し合っている
怜司はその横を通り過ぎながら、もう一度だけ桜を振り返った
広い校庭の中央で
大きな枝葉が風に揺れている
達也が桜の木を指差す
「絶対に残そうぜ! 怜司」
「ああ」
「力を貸してくれ、達也」
二人はそのまま正門を出た
道路脇には、来たときと同じ黒塗りのアルファードが停まっている
二人が近づくと、運転手が車から降り、後部座席の扉を開けた
怜司と達也が乗り込む
扉が閉まると、外のざわめきが遠くなった
達也はシートへ背中を預け、大きく息を吐く
「さて」
「会社戻ったら、桜を残す前提で数字組み直すか」
怜司は手元の資料を閉じる
「その前に、達也」
「寄り道して帰るぞ」
達也が怜司を見る
「会社戻るんじゃねえのか?」
「戻る」
「その前に寄る所がある」
「どこに行くんだよ」
怜司は何でもないことのように答えた
「秋葉原だ」




