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第18話 この桜を、切りたくない

まだ日も昇らない早朝


怜司と達也は、住んでいるアパート『美月荘』を出た


道路脇には、黒塗りのアルファードが停まっている


二人が近づくと、運転手が降りて後部座席の扉を開けた


「行くぞ、達也」


「おう」


二人は車へ乗り込む


今日向かうのは、東京都台東区


廃校になった区立小学校の跡地だった


校舎だけでなく、体育館やプール、広い校庭まで含めた大規模な土地である


区が求めているのは、この広大な土地を活用した複合的な再開発だった


商業施設

賃貸住宅

高齢者施設

地域交流スペース


それらを組み合わせ、周辺住民や区民にとって新たな価値のある場所を作ること


参加する企業は、それぞれの構想を事業計画として提出することになっている


怜司たちにとっても、めったに出ない規模の案件だった


車がまだ薄暗い首都高速を走っていく


怜司は窓の外を見ながら口を開いた


「敵の情報は入ったか?」


「ああ」


達也が手にしたタブレットへ視線を落とす


「どこもずいぶん熱心みたいだぜ」

「俺たち以外は、誰でも一度は聞いたことがあるような大企業だな」


「そうか」


「ただ、区は住民の利益をかなり重視してる」

「各社のプレゼンも公開で行うらしい」

「内容次第じゃ、十分チャンスはあるぜ」


怜司は迷うことなく答えた


「負ける気はない」

「勝つぞ、達也」


達也が口元を上げる


「おう」


現地へ到着した頃には、空もすっかり明るくなっていた


正門の前には何台もの高級車が並んでいる


スーツ姿の男たちが次々と校内へ入っていく


達也が辺りを見回した


「本当に勢ぞろいだな」


テレビCMで名前を聞くような大手不動産会社


巨大商社の系列会社


全国にマンションを展開するデベロッパー


過去の案件で、競い合ったことのある顔もあった


怜司は気にする様子もなく正門を抜ける


校庭には区の担当者が立っていた


参加企業の関係者が集まったところで、担当者が説明を始める


「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「敷地内は自由にご覧いただいて結構です」

「校舎、体育館、プールも確認していただけます」

「資料はあちらで配布しておりますので、順番にお受け取りください」

「それでは、よろしくお願いいたします」


説明が終わると、各社の人間が一斉に散っていった


怜司と達也も資料を受け取り、校舎へ向かう


すでに使われなくなって数年が経っている


廊下はがらんとしていた


教室には机も椅子もなく


黒板だけが、かつてここに子供たちがいたことを残していた


二人は校舎の中をひと通り確認したあと、再び外へ出た


今度は建物の外周を歩き、校舎の規模や敷地との位置関係を確認していく


続いて体育館


さらにプールの順番で見て回る


達也が古びた体育館を見上げた


「怜司、こりゃ解体も楽じゃねえな」


「そうだな」


「校舎に体育館にプールまである」

「頑丈そうだし」

「最初から解体費用は多めに見積もっておいた方がよさそうだぜ」


「ああ」


「地下構造物も確認する必要があるな」

「想定外のものが出れば、それだけで収支が逆転するぜ」


「そうだな」

「そこは後で調べさせる」


二人は資料へ書き込みながら校庭へ出た


事前に確認したかった場所は一通り回り終えた


あとは土地全体を見ながら、建物の配置を再確認するだけだった


怜司が校庭を横切る


その途中


ふいに怜司が足を止めた


「ん?」


後ろを歩いていた達也も立ち止まる


「どうした?」


怜司は答えなかった


校庭の中央


広い敷地のほぼ真ん中に、大きな桜の木が一本立っていた


太い幹


大きく広がった枝


長い年月、この場所に立ち続けてきたことが一目で分かる


再開発する側から見れば、厄介な位置だった


土地を効率よく使うなら、まず残せない


怜司はしばらく桜を見上げた


そして呟く


「立派な桜だな」


達也も隣に並んだ


「この桜、年に2回咲くらしいぜ」


「2回?」


「十月桜って品種なんだと」

「珍しいよな」


達也が少し考えてから笑う


「美月さんと観たアニメを思い出すな」


怜司は何も答えない


ただ桜を見ている


やがて口を開いた


「なあ、達也」


「なんだよ」


「変なことを言ってもいいか?」


達也が眉を上げて怜司を横目で見る


「怜司が前置きするなんて珍しいな」

「言ってみろよ」


怜司は桜を見上げたままだった


「この木の下で、今までどれだけの人たちが思い出を作ったのだろう」


達也の表情が少し変わる


「入学した日」

「卒業した日」

「友人と遊んだ日」

「何でもない一日も」


怜司はゆっくり校庭を見渡した


「告白なんて日もあったかもしれない」

「色々な思いが、この木の下にはあるはずだ」


「……そうだな」


「この位置に木を残せば、建物の配置は制限される」

「土地の利用効率も落ちる」

「維持管理にも費用がかかる」


怜司は自分へ言い聞かせるように続ける


「合理的ではない」

「経営者として、正しい判断とは思えない」


少しだけ間を置く


「それでも俺は、この木を切りたくないらしい」


達也は何も言わなかった


しばらく怜司と一緒に桜を見上げる


ふいに風が吹き抜け、桜の枝葉がさらさらと揺れた


「達也」

「俺は、どうしたらいいんだろうな」


達也はその音を聞きながら、怜司の肩へ手を置く


「分かるぜ」


少し目を見開いて怜司が達也を見る


「俺も残したいと思ったからな」


「達也もか?」


「ああ」

「なんだかんだ言ってさ」

「俺たちって、似た者同士なんだよ」


怜司は達也へ目を向けた


「それは、好きな女も同じという意味か?」




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