第15話 俺は美月を諦めない
美月は言葉を失った
達也がにっと笑う
「怜司の部屋にパーティーの準備してあるからよ」
「一緒に祝おうぜ」
美月は紙袋を胸の前で抱えた
やばい……私、泣きそう……
そのとき、怜司が口を開いた
「美月」
「は、はい!」
すでにいっぱいいっぱいの美月から、変な声が出た
「俺はずっと、自分の感情を抑えることが正しいと思っていた」
「だが、それは間違いだった」
美月が怜司を見る
「昔の俺は、すぐに感情的になった」
「腹が立てば殴る」
「気に入らなければ力ずくでどうにかしようとする」
「そんな自分が嫌だった」
怜司は一度、目を伏せた
「だから、そういう自分と決別してきた」
「感情より、合理的に考えることが正しいと思っていた」
そして美月を見る
「だが、それだけでは駄目なんだと分かった」
「怜司君……」
「俺は、君と君のお母さんに助けられて変われた」
「あの日から、変わりたいと思えたんだ」
怜司の声が少し低くなる
「だから俺は、変わった自分だけを君に見せたかった」
「変わる前の俺を……」
「君に知られることが、怖かったのかもしれない」
怜司が少しだけ視線をそらす
「美月」
「すまないが、こちらへ来てくれるか?」
「え?」
「少しだけ」
「なんで?」
「そこだと都合が悪い」
「都合?」
「俺の感情を伝えることが目的であれば、合理的であると判断した」
「なんの話?」
怜司が壁際を指差した
「この辺に立ってくれないか」
「は、はあ……」
意味が分からないまま、美月は壁際へ移動した
「ここ?」
「ああ」
怜司が一歩近づく
さらに一歩
「え?」
近い
驚いた美月が顔を上げた、その瞬間――
ドンッ!
怜司の手が、美月の顔のすぐ横の壁へ叩きつけられた
「――っ!」
美月の胸が大きく跳ねて、背中が壁へつく
逃げ道を塞ぐように、怜司の顔が近づいた
美月の頭の中に、金曜日の夜に聞いた言葉が浮かぶ
かべ……どん?
怜司は、美月の瞳を逃すまいとまっすぐに見つめていた
普段の感情の読めない目ではない
ぎらぎらとした強い光が宿っている
まるで獲物を逃がすつもりのない狼のようだった
「俺は美月を諦める気はない」
「必ず、美月に愛される男になる」
怜司の顔が近すぎる……
美月は壁へ背中を押しつけたまま、小さく縮こまった
声が出ない
心臓がうるさい
ドクン
ドクン
ドクン
なにこれ……
怖い?
違う
怖いんじゃない
これ……
私、怜司君にドキドキしてる
どうしよう……
胸が苦しいよ……
か……かべどん!
吊り橋効果 ✖ イケメンブースト!
破壊力やべーーーー!
私を沼らせるつもりね!
横から達也の手が、二人の間へ伸びてきた
「はいはいはい!」
「怜司、そこまで!」
怜司が達也に顔を向ける
「なんだ?」
「やりすぎだよ!」
「怖がらせちまうだろ?」
「感情を伝えなくてはならない」
「美月に誤解されては困る」
「そんな肉食獣みたいな目で迫る奴があるか」
「今度は違う誤解が生まれるぜ」
「美月さん、完全に縮こまってんじゃねえか!」
怜司が美月を見る
達也が頭をかいた
「ごめんな、美月さん」
「俺の入れ知恵なんだ」
「壁ドンでもやれって言ったからさ」
美月は両手を胸の前で握っていた
その手が小さく震えている
怜司もそれに気づいた
はっとしたように目を見開く
すぐに美月から離れた
「すまない」
「怖がらせるつもりはなかった」
いつもの怜司に戻っている
本気で心配しているようだった
「大丈夫か?」
美月は答えられなかった
まだ心臓がうるさい
そのとき
美月のスマホが短く鳴った
「……ん?」
画面を見る
真帆からだった
『美月、お誕生日おめでとー!』
『イベントどうだった? 楽しめた?』
『今年も一年、楽しくオタ活しようね!』
美月はしばらく画面を見つめた
母がいた頃
誕生日の朝になれば、必ず一番に言ってくれた
お誕生日おめでとう
母がいなくなってからの2年間
誕生日は、真帆がこうして祝ってくれた
他には誰もいない
自分から特別なことをするわけでもない
誰かが家で待っているわけでもない
それが当たり前になっていた
でも――
今年は違った
自分の誕生日を祝おうと、二人が訪ねてきてくれた
それだけじゃない
自分が喜ぶものを考えて
大会にまで出て
コスプレしてくれて
きっと、歌や踊りの練習も頑張ってくれて
世界に一つしかないプレゼントを取ってきてくれた
一緒に食べるために料理まで用意して
自分のために……
美月の視界がぼやけた
「あ……」
慌てて目元を拭う
けれど次々と涙がこぼれた
怜司の表情が強張る
「美月……」
達也も焦ったように覗き込む
「お、おい、美月さん」
「大丈夫か?」
「怜司! 謝れ! 怖かったんだよ!」
「すまない、こんなはずじゃなかったんだ」
美月はすぐに首を横に振った
涙を拭いながら、笑う
「違うの」
慌てた表情の二人を見る
「嬉しいの」
美月はもう一度、笑った
「怜司君」
「達也さん」
胸の前に紙袋を抱える
「ありがとう!」
二人が、その笑顔に引き込まれるように美月を見つめた
数秒の沈黙
最初に我に返ったのは達也だった
「お、おう!」
急に大きな声を出す
「よし!」
「じゃあ怜司の部屋でパーティーやろうぜ!」
美月は目元を拭った
「うん!」
「俺さ、実は花火も買ってきてあるんだよ」
「花火?」
「ああ!」
「あとで庭でやろうぜ!」
「誕生日なんだから派手に祝おう!」
「このアパート火気厳禁だよ」
「前はな」
「いまの大家は怜司だから、ルールが変わったんだよ」
「そういうのってありなの……?」
「私、これ自分の部屋に置いてくるね」
「先に行ってて」
美月は急ぐように自分の部屋に入っていった
達也は笑いながら、まだ呆然としている怜司の肩へ腕を回した
「ほら怜司、行くぞ」
怜司は、はっと我に返る
「達也、重いぞ」
「いいからいいから」
二人が怜司の部屋へ向かう
その途中
達也が怜司の耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた
「なあ、怜司」
「なんだ」
達也は後ろを振り返った
そこにはもう美月はいない
さっきまで涙を拭いながら、プレゼントを大切そうに抱えていた美月の姿を思い出す
そして少し笑った
「もし怜司が、美月さんの1推しになれなかったら」
「そのときは、俺が1推しを狙っても文句ねえよな」
怜司の足が止まった
「……なんだと?」
「先に惚れたのは怜司だからな」
「一番手は譲ってやる」
達也がにやりと笑う
「でも、しくじったら俺も遠慮しねえぞ」
「俺がしくじるわけがない」
「達也は2推し止まりだ」
「どうだかな」
達也は怜司の肩を軽く叩いた
「選ぶのは、美月さんだぜ」
怜司は一瞬だけ黙った
そして達也の目を見て答える
「当たり前のことを言うな」
「なら恨みっこなしだ」
「好きにしろ」
「出番はないがな」
「その自信、いつまで続くか楽しみだぜ」
「ちょっと二人とも」
後ろから美月の声が飛んでくる
「なにコソコソ話してるのよ」
二人が同時に振り返った
美月はDVDボックスを胸に抱えて笑っていた
「ほら、行こうよ!」
「誕生日に必ず見てるアニメがあるの」
「新選組の話でね、超感動するのよ」
「ママの一押しの作品でね」
「私は土方さん推しなの」
「かっこいいんだから、一緒に見てよ」
即座に達也が答える
「新選組?」
「案外しぶいのも見るんだな」
「達也さん、なにか勘違いしてない?」
「そういうのじゃないよ」
怜司も小さくうなずいた
「土方が推しなんだな」
「興味深い」
「土方さんの真似はやめてね」
「怜司君はクギ刺しとかないと不安だわ」
「なぜだ」
「美月が好きなのだろ?」
「好きだけど、真似はしないで」
「説明したらネタバレになっちゃうでしょ」
「楽しみが半減しちゃうじゃない」
美月は二人のあとを歩きながら、ふと思う
まあ、友達くらいならいいよね
怜司君の気持ちは私のとは違うんだから
勘違いして、好きになったりしなければ
……きっと大丈夫
二人と出会って初めて迎えた、9月21日
今年の誕生日は
たぶん、ずっと忘れない
美月はDVDボックスを胸に抱え
二人と一緒に怜司の部屋へ向かった




