6.後悔の矛先
橋平大河は、真尋の同級生である。
出身の村こそ違うが、同じ島の高校で共に学び、同じ大学へ入学した。
そして、真尋のいわゆる元カレというやつである。
二人は仲良く狼狽えた後、結局並んで座り温泉卵を食べている。
「えと、大河は沖縄で警官になったんじゃなかったっけ?どうして熊本いるの?」
「あー、九州区画の人事交流で一時的に配属されててな…。真尋こそどうしたんだ?」
「いや、旅行だけど。普通に」
「そうだよな…その、1人か?」
「まぁ」
無言。気まずい。
「仕事辞めて、今慰安旅行してるの。ここ、いいとこだね」
何か喋らなくては、と気が急いてしまい余計なことまで口走った。
島ネットワークにていずれバレる事ではあるけども。
「え、辞めたのか?なんかあった?」
「あーー、いや大したことじゃないよ。
他の社員が年上ばっかでパソコン業務ほぼ一人でしたり、自分にしか出来ない仕事が年々増えて休めなかったり、新人がちょっと話通じなかったくらい?」
せっかく村に置いてきた悪夢が、少しせり出して来てしまった。多分今、目が死んでる。
「大したことあるだろ。大変だったんだな。真尋、断るの下手だったもんな」
とても同情された。真尋もミカヨに会ってから冷静になり、中々の酷さであったことを自覚した。あと、断るの下手は余計だ。
「大河ほど大変じゃないと思う。その、夜勤とか大丈夫?」
「当番明けで夜から何も食ってなかったから、帰宅前に補給しにきた。山奥はまだ平和だ」
ここ美味いんだ、と大河は3個目の温泉卵を一口で食べる。相変わらずよく食べる。
大河は、ゆっくり卵を飲み込んで、見るからに苦しそうに顔を歪めて話始めた。
「あの事、本当にごめん。でも俺にも釈明くらいさせて欲しい。まだ、聞いてくれるなら…」
「ごめん、早く行かなきゃだから」
その先の大河の言葉を真尋は聞くことができなかった。
会話を強引に断ち切り、立ち上がる。
追ってこないで、と祈りながら足早に歩く。真尋の願い通りに大河はその場に留まった。
「中々の良い男ぶりじゃがのう」
ミカヨに答える余裕もなく、そのままの足でレンタカーに乗り込んだ。
今日は温泉の後、ミカヨの故郷まで行く予定だったのだ。黒川温泉から少し車を走らせなければならない。
暫くの無言の後、ミカヨがのんびり言った。
「真尋よ。わしはな、癒しの神じゃて痛みが分かる。おぬしの胸が今ギリギリと苦しんでいるのも。
そして、その理由があの男への怒りでないこともな」
相変わらず、真尋の神様は優しい。この子供の姿をした神に諭されると意地や見栄も張れなくなってしまう。暴れる心をあやされてしまう。
だって、この苦しみの理由は、本当に子供の駄々こねのようなものだ。
「…大河、警察として働く為に学校にいたんです」
その頃、真尋は大学を卒業し、島でなく沖縄本島で就職を目指して勉強をしていたのだ。
大河は県内の警察学校で缶詰になっていて、週末でも会えないことも多かった。
大学卒業と同時期に付き合い出した2人は、その付き合った直後から暫く会うこともままならなくなったが、携帯でのやり取りはちゃんと恋人らしい甘酸っぱいものだった。
そんなおり、真尋の携帯に写真が一枚送られてきた。
いつも使っている会話アプリを何気なく開くと、暗い店内で露出度の高い服を着た女性と座っている大河が写っていた。夜の店である。
なんなら写真の端っこに「おっぱいあります」というけしからん看板も見えた。
「お、お店行ったんです!女の人の胸を揉む店に!」
「お、おう」
「分かってたんです!大河がすすんで行った訳じゃないって」
2人がまだ清い関係だったのも多分悪かった。
怒りより凄まじい不信感が真尋の身体を支配した。
写真が送られたすぐ後にかかってきた電話で「同期に飲まされ前後不覚になっている間に連れ込まれた」、「写真は同期の悪ふざけだ」と必死に弁明されても受け入れなかった。
「今になれば、大河は多分本当のこと言ってたんだなって思うし、胸だって別に大したことないって言えますけど、あの時は冷静ではあれませんでした」
ハンドルを握る手に力がこもった。
真尋は、大河からの電話を無言のまま終え、衝動のまま大河へ繋がる全ての連絡を切り捨てた。
電話の拒否、会話アプリのブロック。釈明を聞きたくなかった。
真尋は初めてできた彼氏の粗相をその潔癖さで拒絶したのだ。それは、大河へ向けた想いの重さでもあったから余計に覆せなかった。
結局、そのまま村へ逃げ帰り、適当に就職を決めてしまった。
怒りは思いのほか早く覚め、今度は羞恥と後悔で凝り固まっていった。そのまま逃げ続けて今に至る。
「信じられない自分が、なんて、小さいんだろうって恥ずかしくなったんです」
「うむ」
柔らかい相槌は、肯定のみ。
そう、真尋は衝動的に2人の関係性を台無しにした己を恥じている。
大河は、何度も手段を講じて話そうとしてくれたのに受け入れられない自分が苦しかった。
先ほども思い出の恥部に触られると堪らず逃げてしまうほどに、まだ大河への感情が鮮明だ。
26歳ってもっと大人だと思っていたのに、自身の幼さに情けなくて涙が出る。
「恨みは愛情の裏返しじゃ。おぬしはほんに愛情深いの」
子供の小さな手が、真尋の頭をなでる。
「心のつかえは、早く流さねばこびりついて拗れるのう。何、安心せい。わしは癒しの神じゃ。得意分野じゃからな」
頭に乗る手は、温度が無いのに何故かとても暖かかった。




