4.沖縄天ぷらとビール
出発は、南国らしく燦々と太陽振り注ぐ真夏日となった。
日焼け止めを塗りたくっているが、防げるとはまるで思えない紫外線量だ。
身体がクーラーを求めている。
真尋は、涼しさと機能性重視のワンピースに日差し対策の長袖パーカーをかけ、荷物を極限まで減らしたリュックサックを担いで島の港にいた。
沖縄の端の離島は、県外に出る為に船で空港のある島まで移動しなければならないのだ。
朝も早いというのに、海からの照り返しがキラキラしていて暑いことこの上ない。40度超えの日差しの中では、海の鮮やかな美しさを素直に見惚れることは出来ないのだ。
熱中症で死ぬ。
首には、ミカヨの形代が入った革のネックレスを下げている。村の土産屋で見つけた伝統織りがあしらわれた逸品だ。織り布部分は落ち着いた赤と白で幾何学模様を描いており、革製品に挟むように涙型に見える加工をしている。若者を意識したデザインで中々のおしゃれだ。
キーホルダーとして売られていたが、紐をつけ掛けられるようにした。緩衝材で形代の三日月のような石を包み傷つけないよう工夫してある。割れたら大変だ。
仕事を辞めて一ヶ月。気持ちはすぐにでも旅立ちたいくらいだったが、引っ越しや住所変更、島の親族への言い訳などそれなりに忙しかった。
仕事を辞めたことを責められる覚悟で実家に帰ったが、驚くほど自然に受け入れられてしまい逆に恐縮した。
真尋が無理をしていたのは、周りからすれば明白であったらしい。生暖かい目で暫く仕事を休むよう言いつけられたくらいだ。
因みに、真尋の両親は真尋の3つ上の姉が出産したのをきっかけに村を出た。より便利な島の中心地に小さい家を建て、孫の面倒を見ながら悠々自適に暮らしている。
同時期に真尋は村で就職したため、一人アパートを借りて居残ったのだ。
「休むようにって言いながら、しっかり姉の子の面倒見させられたけど」
「利発な娘であった。かわゆいの」
姉は近くに両親がいることを最大限活用しており、ほぼ毎日子供と押しかけていた。
ミカヨは子供が好きらしく、真尋が遊んでやっている間、近くでめちゃくちゃ見てきた。
今年4歳になる姪っ子は大変可愛らしいが、姉は相変わらずの暴君であった。
久しぶりに賑やかな家族との日々は、やはり温かい。
また、ミカヨの言う癒しの力も試した。
母が長年患っていたぎっくり腰をマッサージを装い治してみたのだ。
真尋は、巫女の素質と合わせミカヨと相性が良いので、貸し与えられる力は多いそうだ。
それでも治せる範囲は真尋の掌サイズに留まり、患部に触れなければならない。
加えて対価も必要だった。
おっかなびっくり母の腰に掌を当て「治れー治れー」と念じると、母は慢性的な痛みが和らいでいく腰を不思議そうに回してみて、「マッサージ上手になったのね?」と言った。
真尋は曖昧に頷いておいた。
ミカヨが言うには、もう少し力が馴染めば病や痛みが可視化できるようになるらしい。
まだ真尋が慣れてないので、母のぎっくり腰の完治には数回のマッサージもどきが必要だった。
どのように金銭を得るかまだ分からないが、この力を活用する為には精進しなければ。
港にはすでに何艘か止まっており、真尋が乗る予定の船はまだ準備中のようだ。やりたいことがあったので、大分早く港へ来たのだ。
開店直後の漁港売店へ到着し、迷わず目指さたのは天ぷらだ。
沖縄の天ぷらは、日本本土で一般的なサクッと上品なやつではない。
生地に卵をたっぷりと使い具に分厚くまとわせることで、ぽってりふっくらと仕上げる。ホットドッグに近い。生地に塩味も付いていて食べ応え抜群だ。
島定番のおやつであるそれを売店では朝一番に揚げる。
顔なじみのおばちゃんに「彼氏はできたのかい?」とかなんとか言われるのを華麗に躱し、味違いで3つ掻っ攫う。素早く隣の棚においてあるビールも合わせて購入した。
旅の門出を祝して、普段は高くて買わない三つ星のビールだ。
そしてほぼ貸切の船の待合場に陣取り、カシュッとビールを開けた。目の前の海の輝きと合わせて広告ポスターに使える見栄え。
買った天ぷらの味は、さかな、いか、もずくだ。
揚げた油の匂いが暴力的に鼻を殴る。
この為に朝ごはんを抜いてきた腹が堪らず鳴き、ミカヨが頷いたのを確認して齧り付いた。
始めは、さかなと決めていた。
揚げたての容赦ない熱が口を襲うのをすかさずビールで流す。酒の苦みの後、ホクホクの魚身と塩っけが舌を躍った。やはり、さなかはテッパン。
ニ口目とて味は落ちない。今度は落ち着いて魚の白身と天ぷら生地の柔らかさを味わう。
表面はサクッと、しかしすぐにふわふわの食感に取って代わり、中のほろほろに仕上がった魚の味わいを引き立てる。
因みに、真尋はこの白身が何の魚か知らない。美味しいからどうでも良いのだ。
向かいで見ていたミカヨも真尋に合わせて口をもぐつかせた。
実は、旅先で心置きなく食い道楽をするために、真尋とミカヨの口を繋げたのだという。
原理は謎であるが、真尋が食べるとミカヨも同様に味わうことができるらしい。
ミカヨは、気合を入れれば普通にご飯も食べられるが、普通の人から見れば空中に食品が吸い込まれている不思議現象となる。いちいち買ったものを周りを気にして食べるもの煩わしいので、このようにした。
食費も一人分で済み一石二鳥だ。
ミカヨは、最初天ぷらの熱さに驚き、ビールの味に「しゃーしゃーする」と呟き、最後は口に手を添え目をつむり静かに天ぷらを味わった。
そして最後の一口を嚥下し、「うまい」としみじみ言った。
「供え物は数日安置するゆえ、基本腐りにくい茹で肉や御酒じゃ。揚げたての魚など初めて食った…」
舌に残る味に恍惚とするミカヨに、オススメした真尋も鼻が高い。
しかし、まだ二つある。余韻をまだ味わいたがったミカヨを無視し、容赦なく次の天ぷらに取り掛かる。
次は、いか。
天ぷらの生地は相変わらずふわふわとして、中にある具を包む。これを初めてたべた人は、中の具がイカである事に気がつかないかもしれない。揚げることによりイカの弾力は柔らかくほぐれ、すんなり噛み切れる。臭みではなく旨味しか感じないイカは天ぷら特有の味。
真尋は、イカの刺身は嫌いだがいかの天ぷらは毎回買うくらい好きだ。
ふわふわの生地に温かいイカの身がアクセントになり魚介食べてる感を演出する。
ペロリと無くなってしまった。
ミカヨも「イカってこんな味じゃったんか…」とホクホクしている。
最後は、もずくだ。
沖縄地域でよく食べられる黒い海藻で、村の名産品だ。生だと酢などでチュルチュルとそうめんのように食べるのが一般的である。
麺状なので天ぷらにすると生地がよく絡みサクサク感が一段上がる。そして、中のもずくは水分を含みしっとりもっちりとなるのだ。
あっさりとした味も締めにふさわしい。
ミカヨはこれが一番気に入ったようだ。存分に油のサクサクを楽しんだ。
サクッ、もちっとを交互に繰り返しているうちにビールは空になった。
天ぷら3つであるが大満足である。
「なんったること。わしが微睡んでいる間に食に何が起こっておる。ぬしらいつもこんなん食っとんのか。ずるいぞ」
「日本は、今や世界有数の美食国家として君臨しています。
無人島に行けば、普段食べているものが美味すぎて何も食べられず餓死するとか。世界大会も専用の和食シェフ必須の食い意地大国です」
「日本、食で国傾けそうじゃな」
「全国の観光地はまさに群雄割拠。美食しか生き残れないバトルロワイヤルが日々開催中です。
私、この旅行で一生分の美味しいを堪能する覚悟です」
「なんでそんな武士みたいな目の据わり方しとんじゃ」
旅の始めは、村の揚げたて天ぷら。
景色と一緒に堪能しているうちに汽笛がなる。
真尋は、わくわくとした心を揺れる船で持て余しながら、目がガンギマリした黒い熊が表紙を飾る熊本の旅行雑誌を隅から隅まで読み込んだのだった。




