こぼれ話「祟りよりでけえカエルの方が怖いですね」
「わしの依代を取ってきておくれ」
真尋は退職後、一人暮らししている部屋の引き払い準備をしていた。流石に旅行しつつ家賃を払っていたら即破産なので、実家に住所と荷物を置かせてもらう予定だ。
神ミカヨに急かされ無いのを良いことに、のんびり数日かけて荷造りするつもりでいる。
段ボールが複数並ぶ部屋の中、ふらりと現れたミカヨが唐突に言う。
「よりしろ。ご神体ですか?神社に生えてる大きな木みたいな」
「まぁ、そんな感じじゃ。神と一口に言うてもあり方も様々じゃの。山そのものを拠り所とする者もいる。わしの場合は、村外れの拝所に白い石が置いてある。旅にはそれを持って行かねばならん」
ミカヨはそもそも越後国、今の熊本県の山奥で祀られていた病祓いの神である。依代が移動されたからこそこの離れ島まで来たのだという。
「あの祟りの御嶽ですね。入る人が熱を出すという。あれ、やっぱりミカヨ様がやったんですか?」
村の出身なら必ず一度は「入っちゃならん」と諌められる禁足地だ。やっぱり本物がいると祟りは有効なのか。
「人聞き悪い。遊び半分で家に土足で上がられれば、尻を叩きもするであろ。障りも数日で完治じゃ。
病祓いは、翻れば病みと痛みを司る。熱発くらいお遊びじゃろうが」
やはり、気安くても神は神だな。怖い。
あんまり怒らせないようにしよ。
「え、でも流石に白昼堂々と入れませんよ。村のご長老の血管ブチギレます」
村外れとはいえ、手前の広場は村の子供らの溜まり場だ。暇な老人らも結構散歩している。人目を避けるのは、田舎では意外と難しいのだ。
入るのを見られれば、1時間で村中に話が広がり、老人が怒り狂って飛んでくる。因みに、今御嶽の管理をしているのは、真尋の母親の叔父で御年96歳の元気な雷爺である。あの大声で怒鳴られるのは御免被る。
「日が沈んでから行けば良かろう」
「え。こわいです。嫌」
御嶽の奥の拝所には、決められた日以外は管理者であっても入らないので、元気に育った熱帯の分厚い草木が上も下も覆っており、夜ともなれば雰囲気は抜群である。
さらに、季節は夏真っ盛り。南の島の7月は、夜とはいえ25度を下回ることはない。
肉体的にもハードな部類の肝試しだ。
真尋の拒否は勿論無かったことになった。
夜も更けた頃、御嶽の石垣のアーチ前に虫避け及び農作業対応の完全防備にて、真尋は仁王立ちした。
肌の裸出は限りなくゼロである。
これより挑むは、どんな虫や動物がいるか分からない林。道はもはや草木で埋まり無いようなものなので、諸々掻き分け無ければならない。
神公認で、祟りの恐れは無くとも十分にこわい。
「参ります!」
「何じゃその気合の入り方は。仕事辞めるとき以上じゃぞ」
夜の闇の中では一層目立つミカヨが先導し、石垣のアーチを潜り道なき道へ侵入する。
途中、島固有種の馬鹿でかいカエルを踏み声なき悲鳴を上げたが、10分ほどで拝所に着いた。
3メートル四方のコンクリートで覆われた地面があり、その中央に小人の家のような小さな社があった。
頑丈そうな漆塗りの箱が収められており、ミカヨがちょいと指で触れると蓋が浮き上がり、中から白い石が出てきた。
自身が発光しているような光沢があり、月の明かりに照らすとより神々しい。弓のような三日月型で、磨いたようにツルリとした質感だ。
「自然に出来たにしては整ってますね。造られたんですか?」
「いや、自然のいたずらで出来たのじゃ。元々は、穴の空いた円であった。その形こそに人は神をみたのよ」
確かに、中央にドーナツのような穴の空いた石を半分に割ったらこうなるかもしれない。
「神とは、大いなる自然から人の願いで分かたれるもの。不思議を奇跡と受け取るその愛しい感性こそが、神秘の生み主じゃ」
自身の依代を人ならざる深い眼差しで見つめる姿は、慈悲深い母のようであった。
そう言えば、ミカヨの瞳の奥にも三日月が浮かんでいる。
「無くなって騒ぎにならないんですか?」
「行事のときでもこの箱を開けることは早々無いのう。念のためわしが帰るまで蓋が開けぬようにしておくのじゃ」
蓋が閉まり、真尋の手の中に不思議な白い石がころりと転がる。
大きさは5センチほど、親指を一回り小さくしたくらい。
「この石を入れる、頑丈で綺麗な箱か何かを買いに行きましょう」
傷つけぬように、無くさぬように。大切にしたい。
真尋を癒してくれた神、今まで村を見守ってきた神に報いたい。
「旅の間は、私がちゃんと守りますね」
「守る…」
神であるミカヨは、常に人を守る側だ。そうあれと望まれ、弱き人々を病と痛みから守ってきた。
それが、守ってもらうなど。
うくくく、と堪えられない笑いが漏れる。くすぐったい気がする。嬉しい気もする。
分からない感情もある。
なかなかどうして面白い。
「とびっきりかわいいのが良いの。わしの出掛け用の晴れ着じゃ。真尋がいいのを見繕っておくれ」
人はいつの世もか弱く、しかしとても強い。ミカヨが愛すべき、可愛い子ども達だ。
なお、真尋は帰り道でまたカエルを踏み、すさまじく憔悴して帰宅することになったのだった。




