3.旅立ちのとき
朝起きて見た瞼は腫れて酷いものであったが、心はスッキリとしていた。
真尋は、神と邂逅した翌日に職場へ退職の意思を伝えた。
職場は中々ざわついたが、真尋は引き継ぎと新人教育スケジュールをきっちり全うし、半年間とても真面目に働いた後、惜しまれながら退職した。
意外とどうにかなるものだ。
「待たせてしまいすいません」
大泣きした日から半年間の間、実は数える程しか神様に会っていない。
でも、いつも見守られているのを感じていた。
職場の同僚達から貰った花束を抱え、帰った部屋で空中へ話しかけると、ふわりと空気が動き目の前に優雅な着物姿の神が現れた。
「もう良いのか。わしは別に急がんぞ」
仕事も辞めずに休むことも出来たろうに、とふわふわ浮きながら気遣いがちに言われた。
「いいんです。区切りがつきました。それに、ちゃんと辞めとかないとゆっくり出来ない気がして。不器用なんですよ。
今後のことはまぁ追々ちゃんと考えます。今はびっくりするくらい気持ち晴れ晴れです」
久しぶりに深呼吸できている気がする。
これから始まる休暇を思うと、遠足前の子供よろしく楽しみすぎて眠れなくなりそうだ。
このご時世で再就職は大変だろうが、少し後回しにすることを真尋は自分に許せるようになった。
「後は、まぁ旅行費用は流石にどうにかしないといけないですけどね」
退職金は辛うじてあったが、5年の旅費には程遠い。節約しても1年保つか怪しい。
この神は当てがあると言ったが、真尋は仕事の整理に集中していたので、まだ詳しく聞いていなかった。
「ぬしは、坊主が人助けをしながら旅する昔語りを聞いたことがあるかの?」
真尋は、いくつか昔話を思い出す。本土の手長足長伝説やしっぺい太郎の猿退治、沖縄北部の暴れ龍退治など、日本各地いたるところにある物語の系譜だ。
真尋は、他人よりこの手の伝説や妖怪話が好きだった。不思議な話をもっと知りたくて、大学では、仕事に全く有利をとらぬ民俗学を専攻したくらいには。
就職以来忘れていた趣味を思い出して、それさえも遠ざけた自分の余裕のなさを再確認した。
「まぁ、よくある話ですね。ぽっと出てのくせにやたら強い旅の僧侶」
「うむ、アレをする」
「え、神様、頭丸めるんですか?」
「あほう。ぬしがやるのじゃ。髪は剃らんで良い」
仕事辞めるの早まったかもしれない。
「引き篭もりの神様は知らないかもしれませんが、今どき大猿も龍も暴れないです。せいぜい熊です熊。必要なのは、坊さんじゃなくて猟銃資格」
「いい度胸じゃ。机仕事でこびりついている肩こりを悪化させてやろう。
化け物退治をするのではない。わしの本分を思い出せ。
わしは、病を祓い、癒す。健やかなる清水の神じゃ。
ぬしが、旅先で痛む者を正し、報酬を貰えば良い。まぁ、人の身ゆえ力の末端を貸すのみであるが、よい塩梅だろうとも」
摩訶不思議ちからだ。すげぇ、おとぎ話だ。
痛みや病を超常の力で治すというのは、いつの世も求める者はあるだろう。
場合によっては、新興宗教が爆誕するレベルだ。
だからこそ、その力を広く知られた場合は危険性は跳ね上がる。
例えば、犯罪利用の為に攫われるかもしれない。
例えば、力を妬み暴力行為に及ぶ者もいるかもしれない。
情報が一瞬で世界を飛ぶ時代だ。異端は目立つ。何が火付けになるか分かったものではない。
「まぁ、そう怖がるな。可能性が見えるのはおつむが良い証拠じゃがな。
どうにかなるもんじゃよ。
取り敢えず、旅の最中にわしもよい方法を考えるでな。
気軽に行くぞ。なんせ慰安旅行じゃ」
るんるん空中で舞う神は、実にお気楽である。
真尋の張った気持ちも抜けていく。
まぁ、いっか。荷造りしながら考えれば、どうにかなるだろ。大分図太くなった自覚はある。
「では改めて。私の名前は、石守真尋です。
三日宵泉病護神の癒しの旅、謹んでお供します」
「うむ、我が巫女、真尋よ。よろしく頼む。わしの呼び名は長いゆえ、ミカヨで良い。楽しい癒しを期待しているのじゃ」
さぁ、旅へ参ろうぞ。
最初の行く先は、神のふるさと。今は熊本阿蘇の森。
温泉浸かって、飯を食い、癒し癒され珍道中が待っている。
いざいざ、神と人との楽しい楽しい旅行記の始まりである。




