2.癒しの神様
気がつけば、自宅のベッドで寝ているお約束展開である。見慣れた部屋のライトが目に痛い。外は夜のようだ。
「は、家?やっば、やっば、見ちゃった?え、お祓い行くやつ?あ、お弁当どこ」
寝起きの混乱も相まって、ペラペラ思考が口から出ていった。
「弁当はこっちじゃよ。食い物を粗末にしてはいかんではないか」
「あ、ありがとう。駄目にならなくて良かったぁ」
「うむ」
狭いながらも立派な真尋の城、一人暮らし用アパートの一室に怪異がいた。風景から浮かぶように輪郭が白く発光している綺麗な子供。
古めかしいが上質な着物。水面を思わせる優美な柄が、布の上で実際に揺れているような気がする。肩で切りそろえた艶々とした髪は、よく見れば銀色だろうか。昼間の月の色だ。
全体的に白い色彩の中心に黒曜石のような瞳がぽっかり浮かんでいて、長く見つめると吸い込まれて戻ってこれなくなりそうだった。
あまりにも普通に話すので、ごく自然に応じてしまった。これが正常性バイアスか。
真尋は、一拍考えた。力の限り叫びそれなりの音を出すのは、アパート近隣の目が痛すぎる。
なんか話が分かりそう。そう、平和への一歩は会話から。
「お怒りを鎮める生贄は、マグロの刺身では駄目ですか。新鮮なやつ漁港で買います」
混乱は抜けてない。それはそう、人間は思ったより柔軟でない。
「刺身は美味そうじゃ。しかしの、怒ってないゆえ鎮めはいらんよ。さっきの聞こえてなんだか?
わしは、ぬしに癒してほしいのじゃ」
「ちょい待って、待ってくたさい。わからない、なにも。てか、あなた神様っぽいけど合ってます?」
さもありなん、と推定神様は説明し始めた。
白い子供は、三日宵泉病護神と名乗った。
元々は、肥後国の山奥で祀られていた病祓いの神で、転じて癒しと健康の祈りを聞く。
乱世でごたついてる間に敗戦した家の落人の手で琉球の端の端まで運ばれ、ここに流れ着いたそうだ。
熊本から沖縄まではるばる海渡ってきたらしい。
「のんびり暮らしておったがの、50年ほど前の大火の折に隨分弱ってしまって、暫くうとうと微睡むしかできずにいた。今ようやく頭がはっきりしてきたのじゃ。しかして、ちと調子が良くない」
勧めてみたタッパー弁当を遠慮なく8割ほど平らげた様子は、真尋よりよほど元気いっぱいに見える。神様ってご飯食べるんだ。
「神として威厳のある姿を取り戻す為、わしはこの地を暫し離れ、英気を養うことにした。つまり、慰安旅行じゃ」
「癒しの神が、慰安を」
「神とて疲れるのじゃ」
神のいう大火とは、第二次世界大戦だろうか。80年前だけど神からしたら誤差の範囲らしい。
戦後もマラリアと飢餓が凄まじく、神様も大忙しだったそうな。それに、長閑すぎる村から一時旅行にいきたくなる気持ちは非常にわかる。
しかし、旅行しようにも自力で移動するのは困難らしく、配達員兼水先案内として真尋をご指名だそうだ。
「でも、なんで私なんですか?巫女的な人がいいのでは?」
「何をいう。おぬし、石守の子であろう。わしの巫女じゃよ。まぁそれ以上に、わしと相性がとてつもなく良い。この上なく適任よ」
巫女認定ガバガバだ。
いや、まぁ、確かに姓は石守っすけど、この村の三分の一は石守姓だし。
「あの、旅行っていっても私仕事ありますけど。何日くらい行くんです?」
「む、そうさな、あんまり村を空けるのも良くなかろう。ちょこっと5年ほどで良いぞ」
「仕事!アイアム安月給社会人!5年はちょっとじゃない!お断りしますぅ!」
神様の時間感覚だもんね!
そもそも、旅行の費用どうする気だ。真尋の微々たる貯金は一ヶ月も旅をすればマイナスになる。
現実が一気に押し寄せてきて、全力で大きくバツを作った。
「んんー、あのな。今どき、相性が良いだけではわしに逢えんよ。己が思うよりぬしは癒しを求めているし必要なのよ。金は当てがあるゆえ、心身が腐れ果てる前に休むのが吉であるぞ」
こてん、と頭を傾けて神様がいう。
ええぇ、神に言われるくらいまずいのか?確かにこの頃ちょっと鬱っぽかったけど、真尋の職場以上にブラックな仕事は世の中にいっぱいあるし、社会人になってたかが3年そこらで慰安旅行なんて流石に甘えすぎでは。
神様は、神様らしく真尋の思考を読んだらしい。
はっきり呆れ顔で、駄々をこねる子をなだめるように言った。
「仕事仕事と。よいか?
働きとは、生きる糧を得るものじゃ。
辛さとは、そも他人と比べるものではない。己の悲鳴が聞こえずより痛めれば、それは遠回りの自死じゃよ。
生きる為にする仕事で、自分を殺してどうするのじゃ」
染み入るように労りの言葉が入ってきた。耳を澄ましたくなる鈴のような声で、はっきりと真尋に向けた癒しが降る。
「おぬしは、偶然とはいえわしという癒える手段を得たのじゃ。素直に甘えるもの大切な力よ」
確かに、真尋はちょっと自身を追い詰めていた。
村を出られない閉塞感。金銭的不安。過ぎた自立心。
真綿で首を絞めるような圧迫感を環境が、あるいは自身が生み出していた。
癒しの神は、それをちゃんと苦しいと認めてくれたのだ。
それから優しい神様は、子供の身長いっぱいで真尋を抱え、ぽろぽろ落ちる涙を夜から隠してくれた。




