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1.夕べの三日月

 私は、神に選ばれた。

 唐突な啓示は、すなわち「汝、神を癒せ」と。




 スマホとインターネットが、世界の常識を塗り替えて久しい。

 つい20年前は、週に一度のレンタルビデオと古本屋の漫画立ち読みを楽しみに過ごしていたというのに、今ではスマホ1台で無限に時間を潰せる。

 正しく、潰すように休日をベッドで浪費してしまった真尋(まひろ)は、空腹を忙しく訴える腹に急かされ、ようやく立ち上がった。

 今日腹に入れたのは、起き抜けのトースト一枚だったか。カーテンの隙間から漏れるオレンジの光が、今日の終わりをわざとらしく彩る。


 明日は、また仕事が始まる。

 大学を卒業後、要領悪く一年就職浪。その後、運よく事務職にありついた。3年かけて初心者じみたミスを減らし、淡々とした毎日を送れるまでになった。

 今や今年入ってきた新人相手に仕事を教えている。偉くなったものだ。


 真尋は、多少完璧主義的で頑固な自覚がある。その上、自身の小さなミスを大袈裟に落ち込んでしまうたちなので、人付き合いも気を遣ってしまう。帰宅途中は、日々自身の発言反省会である。

 月末のデスマーチをようやく乗り越えた休日は、もはや外に出る気力も無かった。必要な休みの時間であったが、毎月こうだと嫌気がさしてくる。


 モソモソと冷蔵庫から適当な余り物を取り出した。お節介焼きの母が3日前に持ってきた大根の煮付け、乾き気味のベーコン、冷凍ホウレンソウ、中々の収穫だ。後は目玉焼きでもすれば、一人暮らしにしては素晴らしい夕飯になる。


 とはいえ、結局一人で食べるのは変わらない。

 ふと「外で食べてみるか」という気になった。

 貴重な休日を外出の1つもせず終えるのは癪であったし、おかずの内容が学生時分の弁当を思い出させたからかもしれない。


 弁当箱など洒落たものは実家に置いてきてしまったので、タッパーにレンジで解凍した米とおかずを適当に詰め、いざ夕暮れのピクニックへ。

 26歳の女にしては、少々浮かれ気味のスキップをこなし、少しだけ膝の関節を痛めつつ玄関の外へ繰り出した。


 真尋の住む場所は、一言で言えば「田舎」である。もっと言えば「あと20年後には確実に限界集落になるド田舎」である。

 観光に名高い沖縄県の離島の1つで、車で4時間もドライブすればぐるりと島を1周できる大きさだ。

 真白に輝く砂浜とエメラルドグリーンの海は、海好きな人種には堪らないロケーションらしいが、生まれも育ちも島である真尋に言わせれば、海しか取り柄のない僻地である。送料を気にしておちおちネット通販も出来ないのだ。不便の一言に尽きる。

 しかも真尋が一人暮らしをしている場所は、観光で賑わう島の中心より車で30分はかかるので、より由緒正しい古村だ。


 今は1月の半ばで、夏に猛威を振るう灼熱とむせ返るような湿気は鳴りを潜めている。この島では、多分屋外での死者が一番少ない季節だ。

 なお、この島では気温が16度を下回ると極寒扱いである。現在気温15度で非常に寒い。


 しかし、冬でも弁えない名も知らぬ虫達がジリジリガヤガヤしているのは、草木生い茂る亜熱帯の宿命であろうか。

 真尋は、鳴りやまぬ合唱を聞きながら、村の隅にある広場を目指した。古くは村の集会所で、ひらけた芝生を石垣で緩く区切っている適当なものだ。

 現在は草木が覆い尽くし、いい感じに秘密基地めいている。石垣に座ることもできるし、道向いには駐在所があるので、いざとなれば駆け込めよう。一応20半ばの女は、老人だらけの村でも自衛をせねばならない世知辛い世の中なのだ。


 この広場の奥には、石のみで器用に組み上げた石垣のアーチがあり、その先には雑草をかき分けて辛うじて人ひとりが分け入ることができる道がある。

 その奥は、探検欲が天元突破している村の小学生男児も入ることはない。何故なら村の老人から一度は聞かされる怪談の舞台だからだ。


 沖縄では、各地に御嶽(うたき)と呼ばれる神聖な場所がある。道路脇だったり、大きなガジュマルの下、洞窟だったりと形は様々で、知ってる者にとっては珍しいものではない。御嶽には、大抵拝所(ウガンジュ)がある。長方形のコンクリートレンガの上に線香をさす為の陶器が置いてあることが多く、何を祈るのかも村々によって違う。

 とにかく神聖な場所で無闇に入っては行けないのだ。


 ここは御嶽で、この石垣アーチの奥にも拝所がある、とされている。決められた日、この場所の管理をする家の男性のみが掃除と祈願をしに入ることができる。

 ここまでならよくある古い村の慣習で、格好の冒険スポットであったことだろう。

 しかし、この先は決まりを破って入ると実害があるのだ。

 曰く、入ったら最後謎の発熱、交通事故、失踪、精神の異常をきたすスピリチュアルてんこ盛りな事態になるとか。

 真尋の感想としては「大分もってんなー」だ。


 しかし、話を盛り、尾平背びれをつけているが、実は本当にあったのだ。

 直近では16年前、真尋が10歳の頃に暇を持て余した高校生の男女グループが、肝試しの為に分け入った。ありきたりな好奇心のはずで、何もないことが前提のお遊びだった。

 でも、その夜の後グループの全員が謎の発熱に見舞われ、怖くなって肝試しの事を白状した。

 勿論、全員発熱の中こっぴどく叱られ、村の大人は一生懸命お祈りしたそうだ。

 普段遊び場にしている広場が騒然としていたので、いっそワクワクして大人の話を盗み聞いていたのを思い出す。

 今や小学生の親となったかつての不良高校生が、率先して怪談を言い聞かせている。


 看板もなく、警備員もいない。言われなければそこに石のアーチがある事にも気付かないさり気なさ。しかし、村の子供らは広場で遊んでいても決してそのアーチには近寄らない。ホンモノとはかくも日常に寄り添うらしい。


 真尋は、家から大して歩きもせず広場に辿り着き、石垣に腰掛けてタッパーを開けた。

 空は、夜の紫と夕日の赤が混ざり見事なグラデーションになっている。うっすらかかる雲がいっそ筆の跡に見え、見事に絵のような風景だ。


 思わずスマホで写真を撮った。パシャリと機械音がやけに響く。

 加工写真よりそれらしい見事な出来だ。「写真家もいけるかも?」とアホらしい夢想をして写真を眺めていると、写真に違和感を覚えた。


 はて、写真を撮るときに白い月は浮かんでいたか。

 写真の中央、下半分に写る民家の屋根に少しかかるように昼の白い三日月が写っている。まるでニヤリと笑うよう。


 確かめるためスマホから顔を上げると、目が、あった。

 屋根の上に三日月のように白い子供がいた。

 村の屋根は雑な瓦で、古さもあって決して安全ではない。どんなに軽い子供でも瓦が滑って大怪我をする可能性があるので、まず登らない。


 では、あれは何だ。


 目を凝らす必要はない。真尋が、驚き瞬きをした瞬間、目の前に白が広がった。

 石垣に腰掛ける真尋の目線と丁度同じ高さに、人形のような整い過ぎた顔がある。大きな黒い宝石の瞳の奥に白い三日月があり、水面に浮かぶようにゆらゆら揺れる。

 煩かった虫の声は、恐れたように押し黙ってしまったので、聴覚も視覚も子供の形をしたもので埋まった。


 夜と昼の混じる一瞬。古来より境界が曖昧になるこの時間は、人ならざる者に逢うという。

 すなわち、逢魔が時。



 ソレから水の中で鳴る音のような鈍い声がした。


「おぬし」 


 声は一音ごとに明瞭になっていった。


「みえたな」


 水底からあがってくるように。

 ちかづいて。


「きこえたな」


 最後は、耳元で囁かれているようにはっきりと聞こえた。


「なぁ、ぬしよ。わしを癒しておくれよ」





 真尋の脳は情報を処理しきれずショートし、無事現実から離脱した。人生初の気絶。


 ただ、意識が落ちる瞬間「こいつキャバクラのエロ親父みたいなこと言うな」と結構冷静に思考した。


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