こぼれ話「俺が強くなったのは、悪い奴らを倒す旅に出たいからです」
「本当に!ありがとうございます!」
「いえいえ、息子さんが無事で本当に良かったです」
本人としては冒険をしたのだと主張したいところだが、世間的には仁は迷子になった。そして、母の元に戻ってきて、愛情を込めた説教をしこたまされた。因みに、警察署まで迷子捜索を依頼しに行っていた父には、愛情のこもった抱擁と拳骨を貰った。
その後、母は仁を連れてきてくれた女性に対し、忙しなく頭を下げ続けている。
しかし、仁は秘密を知ってしまった。
彼女は、普通のおねーさんに見えるのに、実は旅の修験者シンジンなのだ。
しかも、神通力は凄いのだ。傷はもう治って痛くないし、変なお札はやっつけたし、お母さんの場所も当ててみせた。
おねーさんは、お礼を断ろうとして苦労しているようだ。その濡れた肩に目敏く気づいた母により、服のクリーニング代を押しつけられている。仁には、その普通の女性っぽいところも「世を忍ぶ仮の姿」のようなカッコよさに見えた。
真尋本人に知られらたら、顔を真っ赤にするだろう。
不思議な力を目にした仁は、物語の登場人物になったような高揚感で満ちていた。仁と同じ響きが入っているのも偶然とは思えない。
誰かに、自分に起こった非日常を言いたくて仕方なかった。口からマグマのようにあふれそうだ。
でも、仁はカッコ良い男なので秘密を守るのだ。
「ただし、子供はセーフって言ってたから、お前にだけ教えてやる」
半年前に生まれた妹に、こっそり囁く。いつもフニャフニャ泣いてうるさいけど、たまに可愛い生き物だ。
いつかまた、旅の修験者に出会うかもしれない。そしたら、弟子入りをして旅に出よう。そして、悪の手先をバッタバッタとなぎ倒すのだ。
別にシンジンは誰かを倒してはいなかったが、仁の中ではそうなった。
その時は、妹も一緒に旅に連れてってやってもいい、と仁は寛容に頷いた。
「旅をして悪いやつを倒す為には、強くならなくちゃならない。こいつも守ってやんなきゃ」
仁は、決意した。
旅行から帰ってきてから、ありとあらゆる武術を動画投稿サイトから学び、その熱意に感激した父が近所の道場にも通わせてくれた。
今まで目を離した隙に飛び出して行った息子が、何やら道場通いに集中したので、母の心労も減った。
やんちゃ坊主の持て余した体力全てを武術に費やし、仁は成長した。
そして10年後、総合格闘技の全国大会にて見事に優勝を勝ち取り、プロ入りを果たす。
相変わらずの真っ赤な帽子でインタビューを受ける彼をテレビで見た真尋は、ついた嘘の重みと年月の偉大さを思い知るのであった。
「のう、真尋。何故シンジンだのと嘘をついたのじゃ」
「うっかりバレても、大人がその設定聞いたらおままごとだと思ってくれるからですね」




