12.奇妙なお札
子供の洞察力を舐めてはいけない。
真尋の4歳になる姪っ子は、真尋が大事に隠しておいた高級チョコレートを百発百中で探し当てる天才だ。幼い子は、大人が思うよりこちらを見ている。
ここで、仁を子供と舐めて下手に誤魔化せば、不審を植え付けてしまうだろう。
よって、真尋は旅の修験者「シンジン」になることにした。
シンジンは、山で密かに伝えられる密教の修験者で、神通力を鍛える為に観光客の振りをして各地を旅している。しかし、未熟な身の上ゆえに、力がバレると神通力を無くしてしまうのだ。
「俺にバレたじゃん」
「子供はギリギリセーフなんです」
仁は、感心したように頷いている。こういうのは、非現実的で大袈裟な方が意外とすんなり飲み込むものだ。
唸れ、ままごとで鍛えた演技力。
キラキラとした瞳は、こちらを尊敬すら込めて見上げる。
遠慮なく爆笑しているミカヨは、全力で無視だ。
「だから、親御さんには怪我のことは言ってはなりません。私の修行が台無しになってしまいます」
「分かった!」
元気な返事で大変よろしい。
「あー、可笑しい!中々笑わせてもらったぞシンジン!
さて、仁に絡まる尻尾は、わしが解いてやるとして…まだ解せん。
先も言うたが、神の尾は触ろうとして触れるものではない。
真尋よ、仁に躓く前に何か変わったものや違和感のある物に触ってないか聞いてみるのじゃ」
ミカヨの促すまま仁に尋ねると、暫くウンウン唸って、何かに閃いた。
「お札!なんか変なお札見つけた。
小さいほこら?があって、貼られてたんだ。なんか、キラキラしててめっちゃ変だった!」
「案内するぜ!」と鼻息が荒い。元気になって何よりだが、自分が迷子であることをすっかり忘れている。
ひとまず、祠の近くにあったという大きい湖は、観光名所の「金鱗湖」であろうとアタリをつけ、仁の家族も探しつつ手を繋いで歩き出したのだった。
金鱗湖とは、由布岳の麓に位置し、由布院を代表する景勝地の1つである。この湖の水は、温泉が混じる珍しいもので、早朝には温水と冷水の気温差により、湖面から幻想的な霧が立ち昇る。
今は昼なので霧は晴れているが、鮮やかな夏の緑が静かな湖面に鏡のように反射し、心が鎮まる美しさだ。水中に建つ鳥居も幻想的な世界観を演出している。
見覚えのある場所に来て、仁はさらに元気を取り戻した。
「こっち!」
「え?待って仁君!」
真尋の手を振りほどき、子犬のような素早さで走る。
振り切られたら一大事である。10年ぶりくらいに全速力で走って追いかけた。
追いかけた先には、用水路を跨ぐために掛けられた小さな橋があった。仁は転がるように橋の袂に潜り込み、手を振って真尋を急かす。
真尋は、全力の対価に、息が乱れ足が震えている。
仁が、やたら目立つ赤い帽子をつけている理由を察する。多分、親御さんの施した迷子対策だ。
「おねーさん、こっち!」
「仁君、実は迷子の原因は君だね?
急に大人の手を離して走っちゃいけません!」
「分かった!こっち!」
全然分かってない返事に説教を諦め、指差された祠を見る。
確かにお札が貼られていた。めちゃくちゃ変な札だ。
真新しい紙に、妙にキラキラしいラメ入りインクで、丸々した迫力のない文字が書かれている。癖が強くて読みづらいが、多分書かれた文字は「悪霊退散」だろうか。
「何だろう?」
「なぁ、変だよなぁ」
首を傾げる2人を余所に、ミカヨは思いの外難しい顔をした。
「真尋、ちょいと離れよ」と一声かけ、札にべたりと手を添えた。緩く札が波打ったかと思うと、ひとりでにひらりと祠から剥がれる。
ミカヨの見えない仁には、真尋が何か不思議な技で剥がしたように見えたのだろう。横で「じんつうりき…」と呟いて真尋を見た。
秘密だからな?
「もう効力はない。札を拾っておくれ。
何ともまぁ、悪戯にしてもお粗末で、タチが悪いのう。
術として成立する程ではないが、ヘタに力がある故、土地の流れがこんがらがってしまったんじゃ。
仁が尾に躓いたのもこれが原因で間違いなさそうじゃ」
では、お牛様については解決だろうか。
さて、次はお牛様よりプレッシャーを与えてくる迷子の親御さん探しである。残念なことに金鱗湖から交番まで、徒歩で行くには結構な距離がある。しかし、真尋は、ここに来るまでに少し思い付いたことがあった。
祠のあった金鱗湖付近より、改めて中心街を目指して歩く。今度は、仁の手が抜けぬようガッチリ握って。
フローラルヴィレッジは、湯布院温泉街にあるイギリスの街並みを再現したテーマパークである。立ち並ぶ可愛らしい造りの建物は、大人の肩くらいの高さで、まるで絵本の中の妖精の街に迷い込んだようだ。
その一角、アニメや絵本モチーフの店が並ぶ中に、梟の手乗り体験の案内があった。
仁がしきりに梟の話をするので、ここを思い付いたのだ。こうして冷静になると、仁が飛ばされた畑からここまで、大して距離は離れていない。
そして、小さな街の中を必死で建物を覗きこみながら何かを探す女性がいた。抱っこ紐をかけ、赤ちゃんを中に抱いている。
「お母さん!」
気づいた仁が駆け出し、女性にタックルする。哀れにも母と兄にサンドされた赤ん坊の抗議の泣き声が響く。
「仁!良かった!
アンタ今までどこに居たの!」
ふぇーん、という元気な泣き声に釣られた仁も結局また泣き出して、声高く合唱する。
母親も安心からか目の端が光っていた。
これにて、一件落着である。




