11.赤い帽子と膝小僧
焼きたてどら焼きパフェ、巨大炙りカニカマ、丸ごとオレンジジュース、牛タン串、カヌレ、カレーパン…。
食べ歩きに適した掌サイズのグルメが軒を埋め尽くし、良い匂いを漂わせている。いかん、誘惑が多すぎる。
真尋は、ウロウロと目移りしているのがバレてミカヨに叱られた。
わかってます。お牛様の尻尾ですよね。はいはい。
「通りに詰まってるんですから、身体を通り過ぎての反対側に行けば尻尾はあるのでは?」
詰まっている白い牛の身体は、当たり前のようにするりと通り抜けすることができた。通りには人々が行き来しているのだから当然なのだが、妙な感じだ。
「あの御仁の姿は、見えているがそこにはない。現とは1枚隔てた別の世界にあるのじゃ。よって、本来あちらから触ろうとしない限り、人は干渉できぬ。
そして同じく、見えている場所に尾があるとも限らぬ」
「じゃあ、どうしましょう?」
「探し物、失せ物は専門外なのじゃが、まぁ御仁の身体を探すなら大丈夫かのう」
ミカヨが、真尋の首から下げている革製の袋をするりと撫でた。この袋の中にはミカヨとその半身の依代が入っている。
次に、手を掲げると空から白い糸のようなものが、ミカヨの手にキラキラと絡みついた。
「御仁よりその身の一部を借り受けた。
真尋よ、袋を吊るように持つのじゃ」
真尋は、御守袋の紐の部分を掴み、袋が揺れるように吊り下げた。丁度、振り子のようになる。
「この袋が揺れる方向に歩いてみよ。恐らくその先にある」
「成る程、ダウジングですね」
ダウジングとは、振り子や金属などの道具の動きを利用して、地下水脈や鉱脈などを探し当てる探索手法だ。現在ではオカルトや占いの印象が強い。
揺れる袋に従い歩くと、どんどん通りを離れて細道に入り込み、のどかな田んぼや畑の風景が視界いっぱいに広がる場所に辿り着いた。
一本離れるだけで、だいぶ印象が変わる。
そう言えば、観光地らしい「湯の坪街道」であっても背の高いビルは1つもない。由布院は、賑やかな温泉街と自然の調和を重視しているとは、観光雑誌に度々あった言葉だ。
ふと、吊り下げた袋がくるりと円を描いた。
キョロキョロと周りを見回すと、あぜ道の最中に田舎の風景には不釣り合いな真っ赤な点がポツリと浮いているのが見えた。
また怪異の類かと一瞬身構えたが、良く見るとどうやら帽子のようだ。赤い帽子を被った男の子が1人蹲っている。
慌てて、田んぼ沿いの細い道を渡った。歳は7歳頃に見える。まだまだ1人で居るには幼い。まして、服装は浮かれたアロハ柄で、明らかに観光客だ。蹲る男の子からスンスンと鼻をすする音が聞こえる。
「えと、どうしたの?お父さんやお母さんは?どうやって来たか覚えてる?」
「ふ、ふくろうが、いて、ちょっと見てたら、いなくなった。こ、こんな場所知らない!知らない!おかあさああああん!」
つまり、迷子である。
大人に話しかけられて、辛うじて耐えていた男の子の涙腺が崩壊した。
後は、取り敢えず落ち着くまで抱っこして、肩を貸した。
小学生と思われる男の子は、そこそこ重かったし、真尋の肩は鼻水と涙でべっちゃべちゃになった。
落ち着いた男の子は、仁と名乗った。得意気にあぜ道に漢字を書いてみせ「漢字がかける俺すごいだろう!」と言わんばかり。勿論ちゃんと褒めて機嫌を取る。
夏とはいえ、しっとり濡れた肩は少し寒いが、小さくても男の子のプライドの為にその素振りは見せない。
改めて聞いた話を纏めると、どうやら男の子は店の立ち並ぶ場所に居たのに、何かに躓いたかと思うと急に畑のド真ん中に立ち尽くしていたらしい。それは、びっくりして泣きもするだろう。
「躓いたというのが、多分あの御仁の尾であろう。今も男子にくっついておる」
ミカヨに言われて男の子を良く見ると、確かにキラキラとした糸のようなものが見える気がする。
しかし、真尋にはそれより気になるものが見えた。
男の子の膝あたりに黒い靄がかかっている。
ぎょっとして、謎のふくろうのお店について熱弁している男の子に気づかれぬようミカヨに小声で訴えた。
「ミ、ミカヨ様!なんか仁君の膝が黒くて大変!なんですかまた神様絡み?」
「ああ、膝を擦りむいているらしいの。大方躓いた際に転んでしもうたんじゃな」
「早く言ってよ!」と、真尋は慌てて仁のズボンをめくった。
黒いズボンで目立たなかったが、中では盛大に肌がめくれ、血みどろである。
今まで興奮して気づかなかったが、血を見て痛みを思い出したのだろう。また大泣きしそうになった仁を見て、真尋は慌ててハンカチを取り出し傷に当て、血が流れないよう圧迫する。
そして、7歳には子供っぽいかも知れないが、定番のやつで宥めてみる。
「痛いの痛いのとんでいけー。お空の向こうへとんでいけー」
早く治るように。痛くないように。泣くな泣くな可愛い子。だいじょうぶだよ。君はつよいのだから。
「なんか、あったかい」
真尋の願いは、自分も忘れかけていた力を汲み出し、奇跡を起こした。
その変化は、明らかだった。
仁の傷が、みるみるうちに癒えていく。傷んだ肌が乾き、新しいハリのある肌が盛り上がる。痛みが消え、柔らかな感触が戻ってくる。
真尋の目には、膝にまとわりついた黒い靄が小さく押し込められたように見えた。
時間は、5分も掛からなかった。あっという間に膝の痛みは消え失せ、びっくりして涙も引っ込む。
…忘れていた。そう、できれば、仁に見せぬようにすべきであった。
のどかな風景を背に、真尋の背筋には冷たい汗が一筋流れたのだった。




