10.白き神牛
牛。
紛うことなき、牛である。
牧場でのんびり草を食んだり、美味しい牛乳を出してくれる、牛。
決して、でかい図体が観光地の真っ只中に挟まっていて良い動物ではない。しかし、真尋もいい加減に常識外れの事態に慣れてきた。
多分、神様関連だ。通りを塞ぐ牛は、輝く白さでいかにも神々しい見た目をしている。
牛と真尋の距離は100メートルほど離れているが、背後に見える由布岳と足を折って座っている牛の高さがほぼ同程度。遠近感が狂って目がおかしくなりそうだ。
「うむ、あの御仁は、わしと同門であるようだの」
ミカヨによると、どうやらこのお牛様は、病祓い、あるいは疫病に関わる神様のようである。
「ほれ、最近大きな疫病騒ぎがあったろう。おかげで人の治癒の願いが集い、わしら病に関わる神は少なからず力を蓄えたのよ」
「まぁ、今の世で神ができることは限られるのじゃがなぁ」と自嘲気味に呟いた。
数年前に、世界中でひとつの感染症が流行した。各地でパンデミックを巻き起こしたその病は、確かに人々に病の恐ろしさを再認識させることになる。
当時、真尋も感染し、一時的に味覚が無くなった。比較的軽い症状であったが、とても怖かった。
また、間の悪いことに姉の出産時期に重なり、立会不可となった挙句に入院中の面会も1日30分という短時間しか認められなかった。姉は最愛の旦那に中々会えず、飢えた狼のように気が立っておられた。
「つまり、信仰太りで詰まった?」
「ここらの地域は牛との関わりが深いようじゃからな、あの形になるのも分かるが…しかし、流石にあの詰まり方は妙じゃ」
「少し事情を聴いてくる」とミカヨはお牛様の鼻先に飛んだ。
真尋は、取り敢えず喉を潤すべく、近くのモダンなジュース屋でレモネードを買った。
「おぬし、わしと口繋がっているの忘れとらんか?
話してる最中、口が爽やかになって危うくとちるとこだったわ」
忘れていた。食い意地が優先だった。
レモネードは、紅茶のアールグレイの風味がプラスされたものを注文した。
爽やかな柑橘系の酸味と紅茶の風味が喧嘩せずに調和しており、夏にピッタリの味だ。
「うっかりでした。すいません。文句は美味しい味で相殺してください。
結局、あのお牛様はどうしたんです?」
ミカヨが聞いてきた所によると、何やら要領を得ない話だった。
お牛様は、やはり疫病封じの神様であった。例の感染症が日本全土を襲った際に由布院でも観光客が激減し、小さな街であることも相まって、通りの営業は中々に危機的状況にあった。
「早く感染が収まってくれ」と鬼気迫る地元民の祈りは、細々と農村で祀られていたお牛様に届けられ、その身はかつてない程に膨れ上がったという。
一番願いが籠もっており、人の往来の激しい「湯の坪街道」から「金鱗湖」にかけての道を練り歩き、日々疫病の元を食べ歩いていたそうだ。
「え、お牛様。ウイルス消化する系ですか?」
「神にもそれぞれやり方があるんじゃ。あの御仁は、牛の姿に並々ならぬ拘りがあるらしいからのう」
牛の姿に拘るようになったきっかけが気になりすぎる。
「とにかく、通りを行き来していると何やら透明な網のようなものに阻まれ、わけ分からないうちに絡まってしまったようじゃ」
「それは、大変です。お困りでしょうね」
「いや、たまにはこんなのも良かろうと、今はぼんやりしているそうじゃ」
「随分おおらかな御仁だ」とミカヨは苦笑いした。
「わしの見立てでは、そもそも大して強力な縛りではない。ただ、何やらゴチャついており、力尽くで解くとちょっとした大風が吹くやもしれぬ。
うーむ、これは、まるで…」
まるで、子どもがあやとりに失敗したような…
うううううぅももももももうううううぁ
白い牛より、存外優しい鳴き声が響く。
大きさのせいで結構な声量だけど。
声が風になり田舎の原風景を駆け抜ける。
山が揺れる錯覚。音に樹木が靡く。
観光客を呼び込んでいた店員が「今日は風が強いなぁ」と呟いた。
ミカヨが、ハッと何かに気付いた。
「真尋、いかん。何やら尻尾に何かが絡まったらしい」
「尻尾に」
「神の尾じゃ、捕まればその力を掴まれる。悪意はなくとも絡まった勢いで神の身体に引き込まれれば、人なら身体から魂が抜ける」
「相変わらず、何気なく怖い」
「行き逢ったのは偶然であるが、事が起これば必然じゃ。
絡まった尾を解決するか、そもそもの身体の縛りを解く。手伝っておくれ」
うちの神様の頼みなら、拒否するわけにもいかない。お牛様も絡まってばかりでは辛そうだ。
袖振り合うも多生の縁。これも、いかにも旅の僧侶っぽいイベントだ。
真尋とミカヨは、原因を探すべくひとまず通りを歩き始めた。




