■3. 出会い
日の光が眩しい。今度はなんだ。そして、どこだろう。
「オイ、大丈夫カ」
頭の上から声がする。さっきの魔物か? 喰われるのか? オレ。
「オマエ、早ク起キロ。コンナ所ジャア危険ダ」
おい魔物、お前と居る方がよっぽど危険だ。喰うなら早くしろ。
「チッ。仕方ガナイ奴ダ。ショウガナイ。荒療治ダガ……」
何言ってんだこいつ。……あれ、日の光が…消え…わぁ、鬼ィ!
オレは勢い良く起き上がって、目を開けた。目が眩んだからすぐには、まともに前を見れなかったが、見えるようになると、辺りを見回した。あたり一面に緑が広がっていた。草原だった。ん、何で草原なんだ?城外に出れたのか?でも、光や魔物とかは一体なんだったんだ?
「オマエ、鈍感。怖ガリ過ギ。唯ノ幻術ナノニ」
幻術だと? そんなの本当に存在するものなのか。というと、さっきのアレは全部……。
「ダイタイ何処カラ来タンダ?」
さっきの声だ。辺りを見ても、その声の主は見当たらない。
「気付ケ。上ダ、ウ・エ!」
上を見ろと言う声にオレは顔を上げた。だが、何もいない。溜め息をつき、再び前を見た。
「えっ!」
なんだコレは。木か鬼か。なんだよコレは。
「オマエ、今、鬼ト思ッタダロ」
少しイラってしながらそう言ったそいつは、簡単に言えば大きな植物の種に葉っぱと蔓のような尻尾と小さなツノが生えた、顔と身体が一緒になっている生き物だった。
「えっあっうん。ごめん。と言うか何なんだよ。人じゃないだろ。絶対に人じゃねぇし! しかも何か喋ってるし」
そう言ったオレに対して、そいつは、呆れたような態度をした。そして、
「一ツヅツ言ウ。オイラハ〝使木族 ″ト言ウ種族ノ者ダ。オイラ達〝使木族〟ガ〝守護〟ニ成ル場合、攻守シタリ、力ヲ貸シタリ等スル代ワリニ、対価トシテ睡眠時ニ見タ〝夢〟若シクハ、其ノ時ノ最モ想ッテイル〝感情〟ノ一部ヲ貰ウ。ト言ッテモ危険ダカラ偶ニダガナ」
そいつは一先ず話に区切りをつけた。その時にオレは〝守護〟とは何かと訊いた。彼は「忘レテタ」と一言言い話し始めた。彼が言うには、彼以外にも種族は多く居て、〝守護〟とは、人に付き仲間となっている種族たちのこと差す。又、その人達や族の者を差す。そして、種族によってそれぞれ違うが何らかの対価か何かを貰っている。まあ、貰わない者もいる、らしい。使木族は2つの内どっちかを貰わないと〝守護″になった時に力を要するから貰うことになる、と彼は話した。
「まあ要するに共に暮らす、て事だろ?」
とオレが要約すると、
「……ソウ言ウ事ダナ」
と答えた。
「ソウ言エバ、未ダ名前言ッテ無カッタナ。オイラノ名ハ〝コグロ〟ダ。因ミニ好キナ事ハ、イタズラ(笑)」
「あ~! さっきの幻覚はお前だったのか! 鬼とかドクロとか」
「面白カッター!アンナニ怖ガッテテ……ハハハハ」
「笑い転げるな!」
「可笑シクテ腹ガ痛ィ」
「笑い過ぎ。というより、趣味悪い」
「気ニシナイ、気ニシナイ」
コグロは笑いから立ち直ると、自己紹介を続けた。
「デ、特技ハ、〝読み取り(リーディング)〟ソシテ〝幻術〟ダ。妖術ハソンナ系統ト木術辺リガ得意ダナ。ダカラ、オマエノ事、大体分ッタ」
〝読み取り〟とは何かとオレが訊くと、心理を読み取って見る事、らしい。そして、
「ダケド、ソノ本人ガ悪意ガ無クテ最モ隠シタガッテイル真実ダケハ、読メナインダナァ、コレガ」
と悔しそうに顔をしかめた。オレはその後立ち上がって好奇心を見せながら、
「それじゃあソレが得意ならオレの事言ってみて」
と言った。
するとコグロは、分かったと言って、陽気にオレの事を言って見せた。
「名ハ、ウーグ・ロアイスト。十六歳。人間デ、多分〝ジン〟ノ民。旅ト仲間ヲ求メ此処迄キタ。ダガ、意図的ニ此処ノ草原ヘ来タ訳デナク、気付イタラ此処デ眠ッテ居タ。兄弟ガ居ルラシイ。何ダカ家業ト言ウカ何ト言ウカ何カ凄イラシイ。良ク分カラナイケド。其レデ以ッテ、ビビリ」
「誰がだ!」
「特技ノ様ナ事ハ、逃ゲ足」
「持久力だってば!」
「ソシテ、ズル賢イ」
「ズルは要らないだろ。ズルは!」
「コンナ物カ」
「なんだかオレがヘボいみたいだろうが!」
「ソウジャナイノカ?」
「違う!」
「マァマァ……。デモ良ク分カラナイ事ガ一ツ有ル」
コグロが少し声のトーンを落として言った。
「ん?」
「オマエ―…ウーグノ出身地ガ今一ツ判ラナインダ。コノ世界ニ存在シナイ地方ノ名前ダ」
「どういう事だ?」
「其ノ意味ノ通リダ」
「じゃあ、ここは、どこなんだ。マール地方じゃあないのか。ヴァナディークと言う名の世界じゃないのか?」
混乱してきた。どうなっているんだ。オレは何処に居るんだ? コグロも焦っているらしい。なんだか口調が。
「〝読み取り〟デ名ハ知ッタガ無インダ。コノ世界ニ。第一、此処ハ〝ディスカルク〟ト云ウ世界デ〝セルゥーク大陸〟ノ〝ランブル〟ト言ウ地方ダ」
「は、え? そんなの聞いた事がない。世界自体違っている……」
……―――もしかして、やっぱり母上から渡して貰ったあの石って……〝策略の水晶〟だったのか。本物だったのか?アレは……。―――あれ、何で首に重みが掛かってないんだ。石自体ない!鎖とリングだけになっている!
「ホント、ドウ成ッテイルノヤラ……。異ナル世界カラ来タッテ事カ?…。コノママ他者ニ言ウト変ニ思ワレルダロウカラ、言ワナイデオクガ。オマエモ、ソウシロヨ」
「え、あ、うん」
「……ドウシタンダ?サッキカラ。何ダカ凄い顔シテルガ……ドウシタ?」
コグロが気付いて訊いて来たが、オレは呆然としていた。母上は初めっからこんな風になるかもしれない事を知っていたのだろうか。『まだ今は詳しくは言えない』『その内、自分で気付くかもしれない』あれはそういう意味だったのか……?
「ドウシタ?オイラニ話シテクレナイノカ?」
「う~ん…」
「〝読み取り〟スルゾ」
「やめろよ」
「ハハハ、冗談。シテモ多分出来ナイダロウシ。誰ニモ言イタクナイ重大ナ事ダロ?ソレ」
「うん」
「ジャア、出来ナイカラ大丈夫ダ。デモ、何時カハ話シテクレナイカ」
「うん…―て、いつかってそれどういう――」
「〝守護〟ニ成ッテクレナイカ? オイラノ。オイラハ、ウーグ、オマエヲ気ニ入ッタ。ダカラ成ッテ欲シインダ」
「えっ、お前がオレの〝守護〟を!? 知り合ったばっかりなのに良いのか」
「オイラガ、ソウ願ッテルンダ。成ッテクレルト嬉シイ」
オレは少し考えた。右も左も分からないこんな所でオレ一人で生きていけるはずがない。自分の目的を成す前に力尽きてしまうに違いない。そして、今、仲間になってくれようとしている者が目の前に居るんだ。姿は人と言えるような成りはしていないが、信用できる奴だと感じる!
「駄目カ?」
「いや、決心した。コグロ、お前の〝守護〟になろう。いや、オレからもそう望む!」
コグロはその言葉を聞いて笑顔で嬉そうに、
「分カッタ。アリガトウ。ウーグ」
「うん」
コグロは真剣になった。真面目な話をするんだろうとそう察知した。
「デハ、今カラ、契約ヲ行ウ」
「契約?」
「ソウダ。契約ト言ッテモ、契リヲ交ワス様ナモノダ。〝使木族〟ト行ウ場合ハ〝紮〟ヲ交ワス、ト言ウンダ」
「へぇ。それで?」
「〝紮〟ヲスル際ニ〝根〟ヲ張ルノダガ」
オレは話を遮って〝根〟とは何か訊いてみた。
「〝根〟トハ、ソノママノ通リ根ダ。ホラ、木ヤ草花ガ持ッテイルアレ」
「まあそれ位は」
一般常識だし……。
「使木族ノ場合コレヲ張ッテ、対価ヲ貰ウンダ。用途ハ他ニモ有ルガ。大体ハコレダナ。詳シイ事ハ直グニ言ウカラ」
「ああ。で、それは何処に、どうやって――」
「腕ヲ前ニ出シテ」
「どっちの」
「好キナ方ヲ」
オレは利き手である右腕を出した。服の袖は邪魔になる、と言うので二つほど折って上に上げた。
「ジーットシテイロヨ」
彼はそう言うと自分の尻尾をオレに巻きつけ始めた(尻尾は自由自在に伸ばせるらしい)。
「〝根〟ハ、オマエノ中ニ張ル」
「オレに?」
「他ニ誰ガ居ル?」
尻尾を巻きつけ終わったらしい。これ以上伸ばそうとしていない。……なんか赤く煌めき始めてる――。
「〝紮〟ヲスルト、尾ヲ巻キツケタ場所ニ〝印〟ト云ウ紋章ミタイナノガ宿ル。ソレデ何族ト契約ヲ交ワシタトカガ判ル」
「じゃあ、そろそろ始めようぜ」
「ウーグ、可成リノ痛ミヲ伴ウガ……イイナ?」
オレは一度大きく深呼吸をし、意を決めた。
「判った」
「進行中、名前ヲ教エ合ウ所ガ有ル。言ウヨウ頼ム」
「了解」
了承を得るとコグロは一度だけ頷き、集中し始めた。そのあと直ぐにオレを見て呪文らしきものを唱えだした。
「――木句地陸印名置紋交電……―――汝、名」
(名前を教え合うんだったな)
「私はウーグ・ロアイスト。」
「我ガ名ハ使木族コグロ」
しばらく内容が聞き取れない言葉が続いたが、
「汝ト我ノ名ニオイテ今此処ニ〝紮〟ヲ行ウ成リ」
巻きつけた尻尾が更にきつく巻きつけ、赤く煌めいていた尾の先は一段と赤くなり紅に変わった。
「使木族ト人間ノ民ニオイテ契約ヲ交ワサン!」
その直後のことだった。オレの身体に何かが入り込んできた。
(!? ああああ!!痛てぇ…全身が、身体の内側全部が、焼ける!凄まじい電流が走り抜ける!とにかく、痛い…苦しい…)
あまりの痛さに全身がガクリと崩れ、跪く。声を上げて、寝そべりたかったが、儀式の途中だ。声を上げる訳にも倒れ伏すのにもいかない。オレが倒れ伏せば引っ張ってしまい邪魔になる。
オレは歯を食い縛りながら、喘ぎ喘ぎに呼吸をした。まともに息が出来ない。とにかく痛いくて苦しい!!
……コグロが心配しているのがぼんやりと見えた。だが、痛みと涙ぐんだ目のせいではっきりと見えなかった。
(この苦痛……いつになったら終わるんだ……)
だんだんと気が遠のいてゆく……。コグロがすべてを終えた頃にはもう、力無く倒れ込んでいた。
*
何かを唱える声で意識を取り戻した。
「おい大丈夫ガヤか?ゴメンナ、痛い思いさせて……」
陽気でちょっと掠れたような声が聞こえてきた。少し変わった聞き取りやすい声だ。オレは目を開けゆっくりと起き上がった。頭がボーっとする。
「もう大丈夫だガヤ。オイラが話す言葉がカタコトに聞こえないだろ?」
オイラとカタコトという言葉を聞いて目が冴えた。こいつの言っている事がはっきりと聞き取れる。何でだ?
「……何でカタコトに喋っていないんだ? コグロ」
「というよりも今まではウーグの世界の言語を借りて喋っていたんだガヤ。普通に話し掛けても何も伝わっている気配が無かったガヤ。だからウーグの記憶を読み取って慣れもしない言葉を喋ったから、カタコトに聞こえたんだろう」
「そうだったのか」
オレは頷いて納得した。
「でさあ、さっきから気になっていたんだけど、語尾に『ガヤ』ってどんな意味? 使木族の決まりか何か?」
聞いていた方が良いのかと何となく思って訊いてみた。すると、コグロは笑って、
「いや、コレはただオイラの口癖だガヤ。直らない」
「口癖? しかもただの」
「そうガヤ。普段はこれで喋っているから今後もよろしくガヤ」
「んじゃぁ、口癖を一切なしで喋ったらどうなる」
コグロは何度か口に出して普通に言ってみようと試みたが毎回噛んでしまった。しっかり意識すれば割と普通に話せるが気が弛むとつい「ガヤ」と言ってしまう。結局、ちゃんと言えず終いで諦めた。そしてオレを見て、
「もう無理……ガヤ」
と、諦めた。
それを見てオレはプフッと噴いて笑った。
「笑うなガヤ」
「怖かった幻覚のお返しだ」
今度はニヤリとして笑ってやった。
「ところで話は変わるがお前の世界には本物の魔物は居たガヤか」
コグロが不意に訊いてきた。読み取りで何か感じたのだろうか。オレはそれに答える。
「動植物は生息しているが、恐らくいないな。聞いたこともない。まあ迷信でならともかく」
「やっぱり知らない様だから言っておくガヤ。この世界には居るんだ。魔物が。害を加えない奴もいるが、大抵はこちらに襲って来るガヤ」
「え、じゃあここに居たら危ないんじゃあ……」
「この辺りは比較的安全だガヤ。比較的に」
「100%安全ではないんだ」
「当たり前だ」
そりゃそうだよなと返した。訊いてきた本人は呆れている様子だった。
「だから、冒険をしたいなら尚更、戦えるだけの力は必要になって来る訳だガヤ。命に関わる事もある重要なことガヤ。オイラだけの力では限界がある。ウーグ、何か護身術か武術か何かの経験はあるか?」
オレは一応王子だ(った)。剣術は出来る。少しばかりだが(サボっている事が多かったのが仇になったなぁ…)。
「剣術なら少しは出来るが、今一つ不安だ」
「剣術以外ではどうか?」
「少人数相手なら多少は護身術が使える」
「そうか。では、今のままで旅なんか絶対に行けないガヤ。防具も武器もないし」
「それ以前に金持っているのか」
突っ込みを入れると、あっ、と彼は声を上げてた。
「さきに仕事見つけないとな」
……ずっとだがオレの右腕はジーンッとして痺れたままだ。耐え難いほどの痛みではないが手を握るだけの力は無い。無意識にコグロが尻尾を巻きつけていた位置を見た。ん、何か緑で書いてある。刺青みたいに。
「なあ、コグロ。なんで、腕がまだ痛いんだ。腕枕し続けた時のあのジーンッとした感じの何倍かの痛みがあるんだが」
「人間には負荷が掛かるから暫くはそのままだガヤ。一日ぐらい経てば今の痛みは治まると思うんだが」
まぁそういうことなら仕方がないか。そういえばこの見たことが無いはずの文字、何故だか読める。
「お前がこっちの文字が読めるようになったのは、オイラの力のおかげだ。見かけ通り、オイラ(達)は木の力を持つ一族だ。木の力は凄いガヤ。太古から地に根を張り続けて、記憶力とその量も中途半端ではない。使木族と樹は繋がっている。だから、何処かでオイラか彼ら達が見聞きした情報を、オイラの力と一緒にお前に貸しているガヤ。だから、こっちの文字も読める。言葉だって、こっちの世界のモノを喋っているガヤ。気付かなかったか?」
「そうのか。いつも通り、淀みなく話しているつもりだったのだけど」
全く気が付かなかった。……言われてみれば何気なく違いがあるのは判断できないこともないけど。
「木ってすごいンだな。初めて知った。」
何だかつい感心してしまう。
「単刀直入に言うと、オレ城で育ったから、自然のこと詳しくないんだ」
「城で育ったのか!?」
「そう」
(だから〝読み取り〟した時、家族構成がゴチャゴチャして読み辛いかったガヤか)
コグロは一瞬驚いた顔をして、それから質問をしてきた。
「職業は何だった?」
「一応、王子だった。でも、個人の自由さ、というかそういうモノが一切無くってさ、束縛されていた。城外へ出たことなんて身に覚えが無い。退屈で人との関わりも制限されていて、仲間を、友人を作ることも許されなかった」
長々と語ってしまったがコグロはしっかりと聞いてくれた。
「だから、冒険がしたかったのか」
「あぁ」
「暗い話とか長話ばかりしているのもアレだから、それよりも街、行ってみないガヤか? こんなとこに居たって仕方がないし。取りあえず何とかしてでも武器とか術とか何とかしないといけないガヤ」
「そうだな」
膳は急げ、だ。
「街はどこにあるんだ?」
「ここから東へ2~3キロ位だ。そう遠くない」
その程度なら大したことはない。オレは城で育ったが体力なら自信がある。よく城を出ようとして重い荷物を背負い逃げていたからな。
「2~3キロなら平気だ。行こう」
そうオレが言うと、コグロは頷き薄っすらと光りだした。ん!? 光りだした?
「オイラだって〝紮〟で疲れているんだ。言っていなかったが〝根〟は同化することが出来るという用途もあるガヤ」
「同化って?」
「とにかく、ウーグ、目を瞑り深呼吸して、印を前に突き出しながら、書いてある文字を詠むガヤ」
オレは目を閉じ深く息を吸い集中した。そして、右腕を前に出し、意味は知らないがコグロが言った通り、腕にある文字を厳かに声に出した。その文字とは、
「樹送楝互」
その直後だった。コグロは緑を帯びた光となってスーッとオレの右腕の印から取り巻きながら同化した。同化すると同時に印も輝きを放った。
『さぁっ街に行くガヤ』
頭の中で声が響いた。ビックリはしたものの、オレはその声に、
「あぁ、そうだな」
と返事を返した。
ここから、長く、有意義で、そして険しい冒険が始まるとオレは確信した。
この澄んだ青い空とこの快い風と共に……。




