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16。次の駅は天国(上)

第十六章:次の駅は天国(上)

香城の夏の夜、涼しい夜風がビクトリア・ハーバーを吹き抜け、星耀殿の外には鮮やかなレッドカーペットが敷き詰められていた。巨星陳大文(チャン・ダーマン)が監督を務める新作映画『消えた永遠』の盛大なプレミア上映会である。無数のフラッシュが星のように瞬き、ドレスアップした人々の顔を照らし出していた。


会場の一角に、周囲の芸能界の雰囲気とは少し異なる空気を纏った夫婦の姿があった——ユキ‧リン(林蘥望)の両親である。二人は娘のスクリーンデビューを見届けるためだけに、遠くウォール街からはるばる香城まで飛んできたのだ。


ユキの父は、シルエットの美しいスタイリッシュなスーツに身を包み、襟元にはシルクのネクタイを締めている。その一挙手一投足からは、金融界のトップエリートらしい計算高さと落ち着きが滲み出ていた。彼は眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、少し離れた場所でマスコミに囲まれているレッドカーペットエリアを見つめながら、傍らの妻に小声で言った。


「こういう華やかな場は、やはり別世界だな。まさかユキちゃんが、我々をこんな世界に連れてきてくれるとは思いもしなかったよ。」


夏の大作映画の資金調達など、父も仕事で関わったことは少なくないが、自分と直接関係のない映画の舞台裏に立つのは、結局のところ感慨深いものがあった。


ユキの母は、上品なシニヨンに髪をまとめ、深青色のベルベットのイブニングドレスを身に纏い、洗練されつつも控えめなメイクを施していた。彼女は肩のショールを少し引き寄せた。その瞳の奥には、まだこの環境への不慣れさと、長年離れて暮らしていることによるわずかな距離感が現れていた。

「本当ね……うちの子は昔からこういう世界に憧れていたけれど。母親としては、スターになりたいなんて夢物語は心配でしかなかったわ。でも、ユキがここまで成長するなんて、なんだか自分の娘じゃないみたい。」


「おば様、おじ様、こちらへどうぞ。」


穏やかで落ち着いた声が、二人の傍らで響いた。エアリー‧ユー(汝涼風)は相変わらず端正で落ち着いており、余裕のある様子で、シンプルでありながら品格のある淡い色のドレスを着こなしていた。彼女はずっと林夫妻の到着を気にかけており、タイミングを見計らって自ら歩み寄り、絶妙な礼儀正しさと親しみやすさで案内を引き受けた。


「エアリーちゃんね。すっかり大きくなって、優秀なお嬢さんになって。気づかないところだったわ。実は、お母様とは電話でよくあなたのことを話しているのよ。あなたがどれだけ優秀か、よく知っているわ。」

エアリーはユキの母に向かって軽く会釈した。その笑顔には、人を安心させる力が宿っていた。


「おば様、褒めすぎです。私もユキや他のクラスメイトと一緒に成長してきただけですし、むしろユキが私たちにたくさんの驚きを与えてくれているんですよ。」

エアリーはスマートに返し、軽く手を挙げて道を案内した。

「おば様、おじ様、こちらです。会場は人が多いので、ある目上の方をご紹介しますね。学校のロウ校長(盧校長)です。今夜はユキの応援のためにわざわざ来てくださいました。」


エアリーの案内に従い、二人は上品で知的な雰囲気を漂わせる年配の教諭の前に進み出た。


「林さん、奥様。お会いできて光栄です。」

盧校長は微笑みながら手を差し出した。その眼差しは慈愛に満ちていた。


ユキの父は慌てて校長の手を握り、父親としての謙虚さを滲ませながら言った。

「ロウ校長、お噂はかねがね。娘が突然脚本を書くとか映画を撮るとか言い出して、一時は転校騒ぎにまでなり、海外にいる私たちは本当に心配していたんです。すべてが一時的な思いつきで、学業の妨げになるのではないかと。学校と盧校長の寛大なご対応には、心より感謝申し上げます。」


「ハッハッハ、林さんご夫婦もさぞご苦労されたことでしょう!」盧校長は微笑みながら夫婦と握手を交わした。「お嬢さんは非常に才能に溢れていますよ!ユキの文学や演劇に対する鋭い感性は、我々大人の教師陣でさえ感嘆するほどです。校内の成績はずば抜けているわけではありませんが、ユキは決して学業をおろそかにすることなく、むしろこの道で自分自身の本当の志を見つけたのですよ。」


エアリーも傍らからタイミングよく言葉を添えた。


「その通りです、おじ様。ユキは『時のパズル』の脚本を書いていた時、歴史書をくまなく調べて、面白くてアレンジできそうな題材をいつも一生懸命探していました。彼女は、この機会が二度とないほど貴重なものだからこそ、自分の限界を超える努力をしなければならないと感じていたんです。今夜のプレミア上映が、彼女が努力してきたことの最高の証明です。」


校長とエアリーの称賛を聞き、ユキの母は少し目頭を熱くした。母は振り返って夫と視線を交わし、瞳の中にあった見知らぬ環境への警戒心と疎外感は、ようやく完全に拭い去られた。


「お話を伺って、娘にはこれからもますます頑張ってほしいと思えました。」


ユキの母は小さくため息をつき、口元に微笑みを浮かべた。


「私たちは、娘を自立させた途端に何もできなくなってしまうのではないかと、ずっと心配していました。でも今の様子を見ると、彼女は最終的に素晴らしい先生や友人に出会えたのですね。」


エアリーのさりげない橋渡しにより、ユキの両親と盧校長はすっかり打ち解けた。学校での可愛らしいエピソードから、彼女の驚くべき創作の才能に至るまで話に花が咲き、当初の少しよそよそしかった空気は和やかな笑い声へと溶けていった。長年海外で暮らしていた両親も、過去数年間の娘の香城での生活に対し、また違ったリアルな実感を得ることができた。


映画の開演少し前、暗紅色のスーツに身を包んだ巨星が、人混みの中からいち早くエアリーたち一行を見つけた。彼は微かに微笑むと、手にしていたシャンパングラスを通りすがりのウェイターに渡し、自ら歩み寄ってきた。


「校長先生、林さん、奥様、今夜はご来場いただきありがとうございます。」

巨星の笑顔は温かく誠実で、一挙一動に特有のスターのオーラが漂っていた。彼は皆の顔を見渡し、最後にユキの父と母に視線を合わせた。

「ニューヨークから香城まで、長旅お疲れ様でした。」


ユキの父は丁寧にお辞儀をして彼と握手を交わした。巨星の風格は並外れていたが、見聞の広い父も引けを取らず、互いに認め合うような口調で言った。

「陳さん、ご丁寧にありがとうございます。娘があなたの目に留まるとは思ってもみませんでした。親として、今日という日は何としてでも現場で見届けたかったんです。」


巨星は快活に笑い、手を振って答えた。

「林さん、とんでもない。ユキは撮影現場で本当に素晴らしいインスピレーションを発揮してくれました。彼女のおかげで、この映画の撮影はとても順調で、楽しいものになりましたよ。」


そう言いながら、巨星の視線は傍らのエアリーに向けられた。その口調には、監督としての自信と、密かな感謝の念が込められていた。


「エアリー、本当にありがとう。今夜はユキも忙しくて手が離せないだろうから、私から君にお礼を言わせてくれ。」


エアリーは礼儀正しく優雅に頷き、隙のない穏やかな表情を崩さなかった。

「巨星さん、ご丁寧なお言葉恐れ入ります。私たちも素晴らしい映画を拝見できることを楽しみにしております。」


盧校長も笑顔で頷き同調した。

「陳さんの映画は常に高い評価を受けていますからね。かつての私は、学生がむやみにスターになる夢を見ることを好ましく思っていませんでしたが、才能ある学生には大胆に挑戦するよう奨励すべきですね。」


プレミアの記者会見エリアは眩い照明に照らされ、ユキはメディアのカメラの砲列にぴったりと囲まれていた。少しレトロな雰囲気の純白のワンピースを着た彼女は、フラッシュの中でひときわ輝いていた。ひっきりなしに焚かれるフラッシュと飛び交う質問の雨に直面しても、彼女は堂々としていた。


一人の芸能記者が素早くマイクを差し出し、早口で質問した。

「林蘥望ちゃん!こちらをお願いします!『時のパズル』の脚本家から一転、コンフォートゾーンを抜け出して巨星監督の新作『消えた永遠』のヒロインになったわけですが、この華麗な転身についてどう感じていますか?プレッシャーで押しつぶされそうにはなりませんでしたか?」


ユキはもちろん怯むことなく、背筋をピンと伸ばし、軽く咳払いをして、真剣で厳粛な態勢をとった。周りの記者たちは彼女のその様子を見て、表情の機微を一つも逃すまいと、さらに望遠レンズを近づけた。


ユキは会場全体を見渡し、彼女特有の子供っぽい声で、はっきりとした発音で口を開いた。

「プレッシャー、ですか。そりゃあ……少しはありますよ。でもね、古人の言葉にもあるように『多芸は身を助く』です。脚本家は頭脳を動かす魂であり、俳優は感情を動かす魂なんです。」


これを聞いて、記者たちはあまり面白みがないなと感じた。ところが、ユキは言葉の矛先を急転換させた。


「だから!今の私は若手女優とドラマ脚本家の『二刀流』なのです!メディアの皆様、これからは私のことを——『演芸界の宮本武蔵』と呼んでいただいて構いませんよ!」


この言葉が出た瞬間、会場の記者たちは一瞬あっけに取られ、数秒後に状況を理解すると、ついにこらえきれずにどっと爆笑した。


「宮本武蔵?じゃあ、演芸界の佐々木小次郎は誰なんだい?」

ある記者が大きな声でからかった。


ユキはカメラに向かってニコニコと手を振り、いたずらっぽくウインクをした。

「さあ、どうでしょうね。クレア(暁睛)が物干し竿で人を叩いたことがあるかどうか、ご本人に聞いてみてください!」

映画の撮影を通して、クレア‧イップ(葉暁睛)とも冗談が言い合えるほど親しくなっていたのだ。


シャッター音が激しい雨音のように響き渡り、中二病全開でありながらも底抜けに素直で、愛嬌たっぷりの生き生きとした少女の姿が、完璧にフィルムに収められた。


***


照明が徐々に暗くなり、映画が正式に始まった。ユキはスクリーンの下に座り、両親も彼女の隣の席に親切に案内されていた。巨大なスクリーンに映し出される映像を見上げながら、彼女の脳裏には、一生懸命演じたヒロイン視点の記憶と、撮影現場で泣き笑いしたエピソードが蘇ってきた:



映画は三年前の回想から始まる。内気でシャイな性格の夏は、親友の小夜に励まされ、背中を押されて、同級生の武に勇気を出して告白し、交際をスタートさせる。小夜も内心では武に密かな恋心を抱いていたが、その感情を深く心の底にしまい込むことを選び、三人は表面上は賑やかだが、微妙なバランスの上に成り立つ青春の三角関係を維持していた。


〇 シーン 2-1:中学校の校舎・屋上へ続く裏階段(昼、三年前)

【フラッシュバック】

格子窓から陽光が差し込んでいる。17歳の夏は内気で恥ずかしがり屋で、ピンク色のラブレターをきつく握りしめ、小夜の後ろに隠れている。

17歳の小夜はポニーテールで、活発でエネルギーに満ち溢れている。


小夜振り返り、夏の肩に手を置いて):「(夏!何ビビってんの?言っとくけど、武みたいな朴念仁は、あんたから積極的に誘わないと、一生あんたの気持ちに気づかないわよ!」

夏(顔を赤らめ、蚊の鳴くような声で):「(小夜……私……心臓がすごくドキドキしてて……もし断られたら、これからクラスでどうやって彼に顔を合わせればいいの?」

小夜(豪快に笑って):「(何言ってんの!この小夜様がついてるじゃない!いい、深呼吸して——行きなさい!あいつ角のところでぼーっとしてるから、今すぐ突撃すれば絶対うまくいくわよ!」


夏は頷き、手紙を握りしめて階段を駆け下りる。

小夜は夏の後ろ姿を見送ると、徐々に笑顔を収め、壁に寄りかかって静かにつぶやく。


小夜:「武……あんたってバカ、本当に幸せ者ね……」


〇 シーン 2-2:校門前の並木道(昼、三年前)

17歳の武が、片手で学生鞄を背負って木の下に立っている。夏が息を切らして走ってきて、緊張しながらピンク色の手紙を高く掲げる。


夏(目をギュッと瞑って大声で):「(武くん!わ……私、高校一年の時からずっと武くんのことが気になってました!私と……私と付き合ってください!」


武は呆然とし、頬を赤らめる。

木の陰から小夜が飛び出してきて、武の背中をバシッと力強く叩く。


小夜(大笑いして):「ちょっと、武!あんた木石みたいに突っ立って何してんのよ!夏が告白してるんだから!返事、どうすんの!」


武(慌てて手紙を受け取り、どもりながら):「よ……喜んで!夏、ありがとう!」


夏は驚きと喜びに満ちて顔を上げる。小夜は隣で大声で拍手喝采するが、後ろに回した手は、誰にも気づかれないようにきつく拳を握りしめていた。


〇 シーン 2-3:昔ながらの喫茶店(昼、三年前)

テーブルの上には、大きなフルーツかき氷が置かれている。武と夏が並んで座り、テーブルの下で二人の手がこっそりと触れ合い、またすぐにサッと離れる。

小夜は向かい側に座り、ポラロイドカメラを構えている。


小夜:「いち、に、さん——笑って!カシャ!」


写真が吐き出される。写真の中では、武と夏が照れくさそうに並んで写り、この上なく純真な笑顔を見せている。


小夜(写真を見つめ、微笑みながら):「本当にお似合いね……夏、絶対に幸せになりなさいよ。」


スクリーンに映る自分の姿を見つめながら、ユキは暗闇の中で思わず忍び笑いを漏らした。何せ、暁睛とは違って、アタシは誇り高き正真正銘の「現役JK」なのだ。22歳の暁睛が高校の制服を着て「若返り少女感」を演出する必要があるのとは訳が違う、アタシには微塵もそんな必要はないのだから!


シーン2-2の撮影の時、巨星監督が彼女から「極限まで恥じらう」リアルな生理的反応を引き出すために、拡声器を使って全スタッフの前で、彼女の「初期作品」——『星の魔王決戦ダーク魔法少女』を朗読しろと強要してきたのを、彼女は今でも鮮明に覚えている。


「このお話が君のスマホのメモ帳に隠されてることは知ってるぞ!みんなが定時で帰れるように、もう一息頑張ってくれ!」


自分がどれだけ「ソーシャル・デス」されながら限界に挑んだか、そしてそれが間違いなくエアリーママのリークによるものだと考えた瞬間、ユキの顔は再び真っ赤になり、その赤みは耳の裏まで広がり、羞恥心のあまり撮影現場の床を足の指で掘って地底に埋まりたい衝動に駆られた。その様子を見た巨星監督は即座に叫んだ。


「アクション、アクション!彼女を立ち位置に押し戻せ!カメラ!」


***


夏は病院で昏睡状態から目覚めず、夏の母親は財団の支援を受けて夏を療養施設に移すことを決め、弟の冬馬を連れてカナダへ渡り別々に療養することを選択する。

武は「俺がもっと優しくしてやれたはずなのに」という極度の自責の念と精神的トラウマに深く囚われ、生活は完全に破綻してしまう。小夜もまた「私まで離れてしまったら誰が残るの」という強烈な責任感を背負っていた。贖罪と互いを支え合うため、小夜は自暴自棄になった武を献身的に世話するようになり、二人は互いの温もりを求めるように恋人関係へと足を踏み入れていく。


〇 シーン 3-1:病院のICU前の廊下(夜、三年前の事故直後)

【フラッシュバック】

冷え切った白い廊下。窓の外は土砂降りの雨。

ICUの赤いランプが消える。医師が出てきて、険しい表情を浮かべる。

夏の母と15歳の弟・冬馬が駆け寄る。小夜と武は後ろに立っている。


医師:「(重々しく首を振り)奥様……ご主人は病院に運ばれる前にすでに死亡が確認されました。ご主人は最後の瞬間……自分の体で夏さんを守り抜きました。夏さんは一命を取り留めましたが、脳に深刻なダメージを受け、現在は深い昏睡状態にあります……」


夏の母は崩れ落ちるように悲鳴を上げ、その場にへたり込む。弟の冬馬は母親に抱きついて号泣する。

武は冷たい壁に寄りかかり、足から力が抜けてゆっくりと座り込む。彼は自分の両手を見つめ、声もなく涙を溢れさせた。


武:「(震える声で自責する)俺が……俺がもっと優しくしてやれたはずなのに……どうして俺はあいつに意地なんて張ったんだ……どうして、もっと大切にしてやらなかったんだ……」


小夜は武の傍らに立ち、病室の中の夏を見つめながら、音もなく涙を流していた。


〇 シーン 3-2:病院のロビー(昼、事故から半年後)

夏の母は黒い喪服を着てスーツケースを引いており、弟の冬馬はランドセルを背負い、冷たく無感覚な目をしている。

小夜と武が向かいに立っている。


夏の母(極度の疲労で掠れた声):「小夜ちゃん、武くん……夏のために、この半年間毎日病院に通ってくれてありがとう。でも……夏を長期療養施設に入所させることに決めました。一生そこで過ごせるだけの資金を用意しておきました。」


小夜:(焦って):「おば様!どこへ行くんですか?夏はまだ目覚めてないんですよ!」


夏の母:(目を赤くして、顔を背ける):「冬馬を連れてカナダへ行くわ……ここには、もう一秒たりともいられないの。夏を見るたびに、あの人の亡くなった瞬間を思い出して……私が頭がおかしくなりそうなの!冬馬ちゃんにも新しい生活が必要よ!」


夏の母は冬馬の手を引き、一度も振り返ることなくロビーを出て行った。


武と小夜はガランとしたロビーに取り残され、彼女たちが去っていく後ろ姿を見つめながら、骨の髄まで凍りつくような寒気と絶望を感じていた。


〇 シーン 3-3:武が借りている小さなアパート(夜、二年前)

部屋の中は真っ暗で、床には空のビール缶とゴミが散乱している。

19歳の武は無精髭を生やし、床に座り込んで、手には三年前の喫茶店で撮った写真を握りしめている。

小夜がドアを開けて入ってくると、カーテンを開け、黙々と床のゴミを片付け始める。


武(手で目を覆い、掠れた声で怒鳴る):「閉めろ!出て行け!君の世話なんか頼んでない!」


小夜は彼を無視して、片付けを続ける。

武は突進してきてゴミ袋を奪い取り、怒鳴りつける。


武:「小夜!出て行けって言ってるだろ!こんなクズみたいな俺を見て、吐き気がしないのかよ?!」


小夜の動きが止まり、振り返って武を睨みつける。


小夜(氷のように冷たい声で):「武、あんた、いつまで腐ってるつもり?夏はまだ療養所にいるのよ!まだ目覚めてないのよ!」


武(感情が崩壊し、髪をかきむしって号泣する):「俺がもっと優しくしてやれたはずなのに!もし俺がもっと大切にしてたら……もし俺があいつを悲しませてなかったら……小夜、俺は毎日目を閉じるたびに、あいつの事故の光景が浮かぶんだ!どうやってあいつに顔を向けりゃいい?どうやって自分自身に向き合えばいいんだよ!」


武はその場に崩れ落ちるように膝をつく。崩れ落ちた武を見て、小夜の目からついに涙が溢れ出す。彼女は駆け寄り、後ろから武を力強く抱きしめた。


小夜(ヒステリックに泣き叫ぶ):「武!おば様も冬馬くんも行っちゃった……おば様たちでさえ諦めたのに……もしあんたまで離れたら、この世界の誰があの子の世話をするっていうの?誰が私と一緒にこの重荷を背負ってくれるのよ?!じゃあ、私はどうなるの?!」


武の体が激しく震える。


武(崩壊し):「もう、一番の自分には負けてしまった……」


小夜(武の首元に顔を埋め、体を震わせて泣く):「夏は本当に一人ぼっちになっちゃう……お願いだから、放さないで……私一人じゃ、もう耐えられないの……」


武はゆっくりと振り返り、涙で顔をくしゃくしゃにした小夜を見つめた。


二人の視線が暗い部屋の中で絡み合う——それは、孤立無援と後悔に打ちのめされ、傷だらけになった二つの魂だった。


武は震える手を伸ばし、小夜を抱きしめた。


小夜は身を乗り出し、武の唇を激しく塞いだ。


このキスに甘い言葉などなく、あるのは唇を濡らす涙と、「もうお互いしかいない」という重い覚悟だけだった。


〇 シーン 3-4:療養所の病室(昼、一年前)

2年間の眠りから、ついに夏が目を覚ました。主治医は病室の外で小夜と武に念を押す。


医師:「夏さんの精神年齢は、6、7歳程度で止まっています。彼女の世界では、自分はまだ小学生の女の子なのです。絶対に無理に刺激を与えたり、真実を突きつけたりしないでください。


小夜と武は顔を見合わせ、その目には深い悲痛が宿っていた。


病室のドアが開く。6歳の心を持った夏がベッドの上に座り、入り口に立つ武と小夜を見て、この上なく純真な笑顔を浮かべる。


夏(手を振り、澄んだ声で呼ぶ):「お兄ちゃん!お姉ちゃん!あなたたちはだぁれ?パパが私と遊ぶために呼んでくれたの?」


小夜は鼻をすすり、無理やり極度に優しい「お姉ちゃん」のような笑顔を作り、ゆっくりと近づいていく。


小夜:「そうだよ、夏ちゃん。私たちは……とっても優しいお兄ちゃんと、とっても優しいお姉ちゃんだよ。これから毎日一緒に遊んであげる、いいかな?」


武も前に歩み寄り、ベッドの横にしゃがみ込み、優しく夏の頭を撫でた。


武:「うん……お兄ちゃんが一緒に遊んであげる。」


夏は嬉しそうに笑った。目の前にいるこの「お兄ちゃんとお姉ちゃん」が、背後にどれほど重く残酷な決断を抱えているかなど、知る由もなかった。



スクリーンに武のアパートでの号泣シーンが流れた時、ユキはあの日「場外のエキストラ」としてこなしたサブクエストを思い出していた。その日は彼女の出番は全くなかったのだが、過密スケジュールの合間を縫ってわざわざ現場へ見学に行っていたのだ。


主演俳優(武役)が写真に向かって崩れ落ちて号泣しなければならないシーンで、巨星監督がユキを「感情移入用小道具」として引っ張り出し、カメラの横に立たせたのだ。主演俳優が泣けずにいると、ユキは彼に向かって「なんで私にもっと優しくしてくれないの?」という視線を送った。


結果的に、彼女の意地悪な媚びとあざとすぎる顔に俳優が耐えきれずに吹き出してしまい、巨星監督も撮影をスムーズに進めるため、「武くんが夏ちゃんに対して憎しみしか残らなくなるまで追い詰める」のはやめてくれと、彼女を宥めるしかなかった。


***


3年後、彼女の記憶と精神は6、7歳の頃で止まっており、家庭崩壊が始まった時期の記憶から完全に切り離されていた。医師は武と小夜に対し、いかなる精神的刺激も夏を再び崩壊させる恐れがあると警告した。夏の健康のため、二人はすべての悲痛と罪悪感を飲み込み、彼女の言う「とっても優しいお兄ちゃんとお姉ちゃん」を演じ切ることを選ぶ。


〇 シーン 4-1:療養所・主治医の診察室(昼)

診察室内は、患者が目覚めたからといってリラックスした雰囲気にはなっていなかった。武と小夜は医師のデスクの前に並んで座っている。二人の表情は3年前の幼さが消え、歳月に苛まれたような疲労感が漂っていた。医師は夏の脳のスキャン結果を手に持ち、深く眉をひそめている。


医師(厳しい口調で):「武さん、小夜さん。夏さんが目覚めたことは、医学的には確かに奇跡です。ですが、ここ数日の精神科および心理学の専門家による評価の結果、夏さんの記憶と精神は、完全に6、7歳の段階で止まっていることが分かりました。」


小夜(両手をきつく握りしめ、唇を白くして):「先生、それはつまり……夏は今、自分のことを小学生だと思っているということですか?」


医師は頷いた。


医師:「その通りです。精神分析の観点から言えば、これは「解離性健忘」と呼ばれる状態です。彼女は3年前の事故のトラウマや、家庭崩壊の時期の記憶を、脳から完全に隔離してしまったのです。これは脳の極端な自己防衛メカニズムです。」


武(掠れた声で、苦痛に満ちた目をしながら):「それじゃあ……あいつはいつになったら俺たちのことを思い出すんですか?3年前の出来事を思い出すんですか?」


医師(身を乗り出し、極めて深刻な表情で):「よく聞いてください、ここが非常に重要です。絶対に彼女の本当の記憶を呼び覚まそうとしないでください。ほんの少しの精神的刺激でも、脳が耐えきれず再び崩壊し、二度と目覚めなくなる可能性があります。」


武と小夜は顔を見合わせ、二人の瞳に絶望と恐怖の色がよぎった。


小夜:「じゃあ私たちは……どうすればいいんですか?」


医師:「彼女の認識に従うのです。彼女の世界では、あなた方は見知らぬ人です。夏さんの健康のために、あなた方は彼女の脳の準備が整うまで、「信頼できる人」、つまり「とても優しいお兄ちゃんとお姉ちゃん」として接するしかないのです。」


〇 シーン 4-2:療養所の病室(昼)

カーテンの隙間から陽光が病床に差し込んでいる。6歳の心を持った夏は病衣を着て、クレヨンを手にスケッチブックに落書きをしている。


病室のドアがそっと開く。それは診断を聞いた後、武と小夜が初めて目覚めた夏と向き合う瞬間だった。二人は深呼吸をし、極度に優しい、少し大げさなくらいの笑顔を無理やり作って入室する。


夏(顔を上げ、澄んだ無邪気な瞳で、嬉しそうに手を振る):「あれ?お兄ちゃん!お姉ちゃん!あなたたちはだぁれ?パパが私と遊ぶために呼んでくれたの?」


小夜は鼻をすすり、心臓を抉られるような痛みをこらえながら、ゆっくりと近づいていく。


小夜:「そうだよ、夏ちゃん。私たちは……とっても優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ。これから毎日一緒に遊んであげる、いいかな?」


武も前に歩み寄り、ベッドの横にしゃがみ込み、優しく夏の頭を撫でて、背中に隠していた小さな袋を取り出した。


武:「うん……お兄ちゃんが一緒に遊んであげる。夏ちゃん、今日はいい子にしてたかな?お兄ちゃんが夏ちゃんの一番好きなプリンを持ってきたよ。」


夏(歓声を上げて):「わあ!お兄ちゃん、ありがとう!お兄ちゃんもお姉ちゃんも本当にいい人だね!パパもママもいつもいないから、とっても優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんがいてくれてよかった!」


小夜は夏の天真爛漫な笑顔を見て、瞬時に目を赤くした。彼女は慌てて顔を背け、テーブルの上のコップを片付けるふりをしながら、こっそりと目尻の涙を拭った。


小夜(声が微かに震え、必死に隠しながら):「夏ちゃんが喜んでくれてよかった……お姉ちゃん……お姉ちゃんはずっと夏ちゃんと一緒にいるからね……」


夏はプリンを食べながら、小さな手で武の髪を優しく撫でた。


夏:「お兄ちゃん、どうしてそんなに疲れた顔してるの?夜ちゃんと早く寝なかったの?」


武(指先が一瞬こわばるが、すぐに笑顔を作る):「そうなんだ、お兄ちゃん、夏ちゃんに会いたくて眠れなかったんだよ。」


武は、目の前にいる、かつて深く愛し、自分を深く愛してくれた少女を見つめながら、今はこのような偽りの身分でしか接することができない無力感に、巨大な石で胸を押し潰されるような思いだった。夏のために、彼らは絶望の中でこの残酷なロールプレイを続けるしかなかった。


スクリーンでこの涙を誘う「病室の再会」のシーンを見ながら、ユキは思わずあの時のもっと緊迫感のあった出来事を思い出していた。


脚本には、精神年齢が6歳に退行した夏が、ベッドの上で天真爛漫にクレヨンで落書きをしていると書かれていた。リアルさを追求するため、巨星監督は撮影前にわざわざユキにこう釘を刺した。「6歳の子供が描きそうなものを適当に描いてくれ。お花とか、太陽とか、楽しく手をつないでる棒人間とか、とにかく純粋で無邪気な感じで頼むぞ。」


結果として、それがユキにとってまた「アドリブ劇」を仕掛ける絶好のチャンスとなった。


本番が始まり、カメラがゆっくりとズームインしていく。主演俳優の武は、極度の苦痛と自責で目を赤く腫らし、深くうつむきながら、言葉を詰まらせるような声で感涙必至のセリフを口にする。そして自然な流れで、愛おしそうにユキの手にある「子供の絵」に視線を落とした瞬間——


彼の目に飛び込んできたのは、純粋な小花や草などでは決してなく、クレヨンでワイルドに描かれた、視覚的インパクト絶大の『ウサたん暗黒無限破』だった……。ユキは極めて写実的な筋肉のラインを描き込んだだけでなく、黄色のクレヨンで筋肉ウサギに一撃必殺のエネルギー弾まで描き足していたのだ。


その瞬間、主演俳優の瞳孔は激しい地震を起こした。彼は奥歯を死ぬほど噛み締め、爆笑を堪えるために顎の筋肉を激しく痙攣させた。巨星監督も全てを察し、即座にNGを出した。


ユキはただ少し小賢しいイタズラをしただけだ。この「6歳の心」が生み出したハードコアな絵畫を、スケッチブックの小花や草の落書きの裏に隠しておき、カメラのポジションが変わってスケッチブックがフレームアウトした隙に、自分がより手間暇かけた画期的な作品を俳優に見せつけたのだ。巨星監督は無情にもそのスケッチブックを取り上げ、力強い筆跡で二行の注釈を書き込んだ。「(お花や草の落書きは)必要」「(ウサたん暗黒無限破の落書きは)不要」。


「このノート、記念に持って帰りなさい。君がこういうことやりたかっただけってことくらい、みんなお見通しだからな!」


ユキは胸をギュッと締め付けられながら、自分の悪ふざけのセンスも捨てたもんじゃないな、と密かに悦に浸っていたのだった。


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