表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

悪夢は静かに忍び寄る


 夢だ。夢だと分かっている。

 それなのに赤い血が、冷たい雨が、白い肌が忘れられない。

 死体。

 もうここに「ある」だけの存在。物質と変わらない存在。それでも信じたくなくて冷たい肌を撫でる。

 名前を呼ぶ。返ってくるのは暗い静寂。

 身体が震える。指先から氷るように冷たくなって、気付けば冷たい涙が流れる。


 これは夢だ。

 これは「リョク」のことだ。なのに──どうしてエルピスのことが脳裏に過る?


 これは夢だ。エルピスは関係ない。

 それなのに何故だ。


 エルピスの死を、誰かが告げている。





***





 城に来てからずっとエルピスは聞けないことがあった。

 ディルたちの母の存在。

 父親は「外交好きの馬鹿」と言うけれど、母親にはそんなこと言わない。


 エルピスにも老父母がいた。血は繋がっていなかったし、二人は物を覚えていられなかった。だから二人は、エルピスの名前は呼ぶ度に変わっていた。あるときはアンで、ある時はキャシーで。またあるときはミーシャだった。名前はないようなものだった。それでも二人は優しかった。死ぬまで。


 ディルたちの間に母の話題は一度も出てこない。エルピスにも、それが簡単に触れてはならないことくらい理解できた。けれど、日々を過ごすにつれ、知りたいと思うようになってしまった。深く3人と触れ合ってきたからかもしれない。

 明るい太陽を見上げる。それなのに、こんなにもぼんやりしてしまうのは、確か老父母が死んだ頃だからだ。

 今思えば、エルピスの本当の母親はどこにいるのだろう。エルピスを無駄だと思って捨てたのか、それとも泣く泣く捨てたのか。できれば後者だったら、少しは救われると思った。


「……お母さん、か」

「お母さんがどうした?」

「うわっ」


 いきなり声をかけられて、エルピスは驚く。気付かなかったが、ディルがすぐ近くにいた。エルピスは誤魔化し笑いを浮かべる。


「いや私の本当のお母さんってどんな人だったのかなって思ってたんです。私、捨て子だったので」

「……そうか」


 その金の瞳は太陽を浴びてきらきらとしているのに、影を感じる。

 やっぱり駄目だ。エルピスは話題を変えようとする。だがそれをディルが阻む。


「聞かないのか」

 

 問いに対して、心臓が鳴った。エルピスは逡巡のあと、言った。


「聞いてディルが後悔しないなら」

 

 沈黙を、風の音と草の音が埋めていく。ディルが口を開く。


「……母上は繊細だが、とても優しい方だった。いつだって俺たち兄弟を分け隔てなく愛してくれていた。だが……」


 ディルは言葉に詰まる。表情こそ変わらないが、エルピスは分かる。

 暗く重い感情を持つ人。こういった感情に苦しむ人々をエルピスは沢山見てきた。だが、そういった時エルピスはいつだって、正しい言葉が見つからなくて落胆する。こういう時、本当に優しい人は、そういった人を救うような言葉を口にすることができるのだろうに、とエルピスは思う。それができないから、せめてエルピスは問う。


「私が聞くことでディル、貴方の何か助けになれませんか? 捌け口でもいい、嘆く場所でもいい、殴る蹴ることでもいい、あなたの胸に刺さったものが少しでも緩むなら……」

「生憎嗜虐趣味はない。だが……そうだな。もう過ぎたことだ。躊躇う必要もない。こんな明るい場所で話す内容でもないが」


 ディルは煙草を取り出して、煙を吸って、吐き出した。

 白い煙が上っていく。


「母上は自殺した。9年前だ」


 エルピスは目を見開く。ディルは目を伏せる。その目元に影が出来る。太陽の日差しが濃いから尚更暗かった。

 灰の子として石を投げられた時のことを思い出す。


 ──『大切な人間を殺されたからだ』


 しっかりしなくてはならないのに、声は震えてしまった。


「殺されたって前、言っていたのは……」

「違う。母上は自ら命を絶っただけだ。殺されたのは別の者だ」


 ディルは煙草をくわえ煙を吐き出すと、言った。


「第五皇子。リョクシール。殺されたのは俺たち兄弟の末っ子だ。殺害理由も分からず、犯人も未だに捕まっていない。母上はリョクの死が耐えきれなかったのだろう。それで自殺した。これがお前の知らなかったことだ」

「……そう、だったんですね」

「俺は」


 淡々と話していたディルの声に、感情が僅かに籠もる。抑えているといったほうが正しかった。


「リョクを殺した犯人を必ずこの手で殺す。この世に生まれたことを後悔させるくらいに」


 満月色の瞳に冷たい殺意が宿る。

 エルピスは落ちそうになった煙草の灰ごと「無」くす。それに気付いたディルがこちらを向く。エルピスは言う。


「じゃあその時は、ディルが満足するまでお願いします。その後、もし灰のような感情が残ったら──私が飲み干しますので」

「……エルピス」

「あ、そうだ。歌でも聞いてくれませんか? ひとつ考えてみたんです」


 ディルが目を瞬かせる。


「考えてみた? お前が?」

「はい。お気に召さなかったらすぐに頭を叩いて止めてください」

「だから俺にそんな嗜虐趣味はないと言っている」

「人を突き落とすのは好きなのに?」

「さっさと歌え」


 無視するディルにくすりと笑って、エルピスは歌う。澄んだ水のように美しい歌声は、空へと響いていく。少しでもディルの痛みが薄くなればいいと思った。太陽の光と水の反射を意識した歌。ディルは気に入ってくれるだろうか。

 歌い終わると、ディルはこちらを見ていた。その金の瞳は、先程よりも、明るさを取り戻していた。


「……お前の歌はすごいな」

「ディルにそんなふうに褒められるなんて思いませんでした。ありがとうございます」

「不思議な声を……綺麗な声を、している……もっと」


 そこまで言うと急にディルは立ち上がった。その耳の端は赤い。


「ディル?」

「……以前も言っていたように今夜も任務だ。用意をしておけ」


 そう言うとディルは中庭を出て行ってしまった。

 残されたエルピスは歌なんかじゃ気が紛れるわけないよな、と思った。

 それでも──ほんの少しでも、慰めになればいいと思った。




***




 闇オークション。

 通常闇オークションというと舞台が設置され、その舞台に「商品」が置かれ競売にかけられる。けれどこの闇オークションは他とは変わっていた。厳重なセキュリティチェックは勿論のこと、招待状が送られる人間は「匿名」で一定額送金しないと、「匿名」の招待状は送られないというシステムだ。その為、富裕層しか立ち入れられない。

 陽も沈み夜の帳が降りた頃。エルピスとディルは会場の入り口で持ち物検査をしていた。小型の通信機がないか、ナイフなどの危険物がないか、毒薬がないか。事細かにチェックされる。


「すごいですね」


 艶やかに大人びたメイクを施されたエルピスがディルを見上げる。今のエルピスはどう見ても18才には見えない。大人の色香を纏い、紺色のドレスを纏っていた。ディルはそれを見て溜息をつく。エルピスは眉根を寄せる。


「何ですか。今夜の化粧に不満でも?」

「そうじゃない。俺はいつものお前が……」

「……私が?」

「いや、いい。それより……随分と斬新なオークション方式だな」


 悪意を絡ませてディルは言う。そうですね、とエルピスは白い空間をぐるりと眺める。そこにはまるで石像のように椅子に座らされ、拘束された人々がいた。等間隔に配置された人々は、どれも清潔に整えられ、沈黙している。喋れないのは──おそらく、首の後ろに刺さった小さな針だとディルは言う。


「反抗すればスイッチ1つで針に仕込んだ毒薬が注入されるんだろう」

「……趣味が悪いですね」


 小声で会話する。「商品」の中には子どもから老人、男、女とおり、その傍らにはまるで美術館の説明書きのように小さなパネルが立っている。その人間がどのような人間で、名前や出自、最低価格まで書かれている。

 エルピスはひとりひとり、吟味するようなふりをして、番号のついた人を見ていく。


「女20才、南の秘境に住まう巫女。愛玩用にも実験用にも。最低価格220,000ins」

「男69才、ヴァルディナント商会会長。脅迫又は身代金に。最低価格454,000ins」

「女15才、レッティング王国町娘、背にある赤鉱石が特徴的な少女。売買、愛玩用にも。最低価格190.000ins」


 悪趣味な世界をディルと共に歩いていると、ぴたりとディルの足が止まった。その説明書きを見てディルは眉根を寄せる。エルピスも見た。そして、どうにか感情を抑えて、じっと目の前にいる美しい女性を見た。


「推定100~120才、北の海に棲む人魚。水の中でも陸の上でも棲まうことのできる絶滅危惧種。愛玩用にも実験用にも」


 絶滅危惧種。嫌悪感で一瞬表情が崩れそうになったが、すぐにエルピスは「楽しむ」ようにそれを見ていった。隣にいるディルも、微笑みながらも激しい嫌悪感に襲われているのが分かる。

 不意に隣にブロンドの男性と女性をつれた2人組がやってくる。いかにも富裕層といった感じだ。2人はディルとエルピスを見ると馬鹿にするように、ふ、と笑った。それから女が長い爪で人魚の娘を指さす。


「ねぇあなた。これ、欲しいんだけど?」

「こんなに安っぽいものでいいのかい? おい、君。これの顔をもっとちゃんと見たいんだが」


 男が競売人に言うと、一旦毒針のスイッチが止まる。

 男は人魚の娘の髪を掴むと、ぐっと持ち上げる。痛そうに顔を歪める人魚に、2人は笑って確認する。

 ぱっと髪の毛を離してやると、再び毒針のスイッチが入れられる。


「どうですか? 見目も麗しいでしょう?」


 競売人の言葉に、女は満足したように頷いた。


「ええ、いいわ。いらなくなったら売るか、捨てちゃえばいいもの」


 人魚の娘が恐怖でびくりと震える。女性と男性の目がこちらを向く。


「こんなものも買えない所の方は、かわいそうね」


 そう言って嘲笑のみ残して去って行く。ディルは淡々と告げた。


「あれはキシュタリア公爵だな。歴史ある名家だ。だが最近馬と鹿がつく息子と恋人の所為で経済が傾いているとか……エルピス、分かっているな」

「ええ、大丈夫です。私はここでは良き【顧客】なので」


 にっこりと笑顔でディルを見る。ディルは微笑む。けれどお互いに思っていることは同じだった。

 

 ──命を、安っぽいなど。いらないなど。捨てればいいなど……!


 そんなこと絶対に許せなかった。あの言葉で人魚の娘がどれほど心を痛めたかと思うと怒りで震え出しそうだった。黒のエレメンツが手の平から滲み出しそうになるのを、拳を握ることで押さえた。


 チリン、と鈴の音が鳴った。

 上等そうなスーツを纏った競売人が「No.21、北の海に棲む人魚。推定100~120才。水の中でも現在のように陸の上でも棲まうことのできる絶滅危惧種です。愛玩用にも実験用にも。キシュタリア様ビッド。135,800,000insです」と言う。周囲が一気にざわめく。先程、エルピスたちを嘲笑していた2人は、こちらを見てくすくす笑う。

 だがそんな安い挑発にのっている暇はない。

 エルピスはディルへと尋ねる。


「135,800,000insって言ったら……」

「ノヴァーリス公爵の持つ財産の、20分の1くらいの財だな。奴の隠し財産も含めると80分の1くらいか」

「……いずれにせよどちらも凄い額なのは分かりました」


 けれど、とエルピスはディルを見上げる。


「どうするんですか? このままだと……」

「ああ、すぐに搬送されるだろうな。なにせ今日の目玉だ」


 ディルは厳しい目をする。悲しげな人魚の娘は故郷に帰りたいのだろう。水の中ではなく、陸に縛られて生きる娘を見ると怒りがこみ上げてくる。

 競売人は「それではウィナーはキシュタリア卿ということで」と言った。

 瞬間。


「──アウトビッド」


 ディルの声が凜と響く。一気に周囲がどよめく。

 もう落札したも同然だと思っていたのだろう。金髪のキシュタリアも驚いていた。

 ディルはにっこりと言う。




「245,800,000insをビッドする」




 それは先程落札された額の、二倍の額だった。競売人が焦る。


「お、お待ちください……! 245,800,000insといったら……!」

「私を誰だと思っての発言ですか?」


 にっこりとディルは微笑み、名乗る。


「私はクロナーヴィア・デ・ノヴァーリス公爵ですよ。それとも──私がこの程度の額で、傾くとでも?」


 目をすっと細めて競売人を見ると、競売人は震える。心の中でエルピスは謝る。あの雪が止まない世界遺産の城の中、ノヴァーリス公爵に。

 ノヴァーリス公爵の名前を出すと辺りは一層混乱した。それはそうだろう。ノヴァーリス公爵はこのような場に出るような人間ではない。人間嫌いで有名なノヴァーリス公爵が──こんな闇オークションに顔を出すなど。

 キシュタリアはというと、この場で一番に羨望の目で見られると思っていたのだろう。悔しそうな顔をして「アウトベッド!」と叫ぶ。


「320,000,000ins、アウトベッ」

「515,000,000ins、アウトベッドする」


 ディルが遮った額にキシュタリアは愕然とする。キシュタリアと女が目を見開いてディルを見る。ディルは微笑んで、優しい声で言った。


「キシュタリア公爵、無理はしない方が良いですよ。ああ、それともお金で敵わないようであれば、エレメンツで勝負しましょうか?」

「お、お待ちください! それは流石に……!」


 慌てる競売人にディルは悠然と微笑む。


「ご安心ください。一瞬で終わると思いますし、万が一、私が負けたら515,000,000insに加え、ここにある商品全てを言い値で買い取りましょう。キシュタリア公爵が買った場合は515,000,000insの2倍、お詫びにお支払いします」


 もう桁が分からなくなってくる。キシュタリアは会場全員に聞こえるように「皆証人になるように!」と叫んでいる。その隙を狙って、ディルは首の後ろをトントンと叩く。エルピスは頷く。拘束されている人の毒針を【無】くせ、ということだ。

 キシュタリアは余程自信があるのか、上着を脱ぐ。ディルはそのままだ。


「ああ、そういえば私が勝った場合ですが」 

「なんだ?」


 ディルは微笑みを崩さずに言った。


「金銭以外の【権利】を望みます。ああ、命ではないのではご安心を」

「権利……? まぁいい。早くかかってこい」

「キシュタリア様からどうぞ」

「は?」

「手早く済ませたいのですが、私は慈悲深いので」

「それなら──【火のエレメンツ】よ! 我の敵を跡形も無く焼き尽くし給えッ!」


 轟、という音と炎の光が会場を包む。その間にエルピスは黒のエレメンツで一気に全員の毒針を消す。

 炎がディルに迫っていた。悲鳴が上がる。ディルはその時、残忍に笑って──炎を手の平で受け止めた。そうして集まった炎をくしゃりと、手の中で潰す。一瞬の出来事だった。

 キシュタリアは愕然としていた。ディルは「今度はこちらの番ですね」と言うと、


「風よ。──切り裂け」


 音も無く疾風がキシュタリアを包み、下着以外残して全裸にした。

 わざとらしくディルは首を傾げる。


「おかしいですね。肉片にする予定だったんですが……手加減し過ぎたようです。それではもう一度──」

「ヒイイィッ、や、やめてくれ……ッ! ま、まけ、負けでいいから……!」

「そうですか。では私の勝利ということで【権利】の番ですね」

 

 すっと鋭利な刃のようにディルの瞳が細められる。笑っているのに笑っていない。

 ディルはキシュタリアの髪を掴んで引きずる。痛い、痛い、と言うが無視だ。連れられたのは人魚の前。


「キシュタリア様。動かないでくださいね。あ、これは恋人ですか?」


 これ扱いされたことが苛ついたのだろう。文句を言おうとしようとした女の髪を掴み、またもやディルは引きずっていく。

 2人は人魚の前で跪く形になる。全く訳が分からないのだろう。ディルは、さて、と言った。


「人魚のお嬢さん、どちらが許せないかな? ああ、もう喋っても大丈夫だよ」

「……両方」

「そうだよね。ありがとう。じゃあキシュタリアとその恋人、ここで【権利】を使わせてもらう」

「け、権利ってな────ッブハッ!!!」


 ディルは思い切り顔面に向かってキシュタリアに蹴りを入れる。恋人の女が悲鳴を上げる。キシュタリアから鼻血が漏れ、歯が一本欠け落ちる。そこからディルは腹に蹴りを入れ、胴体を思い切り踏みつける。

 ふう、とディルが息を吐き出す。キシュタリアがガタガタ震えながら抗議する。


「け、権利って、こんな」

「どんな権利かは言ってなかったじゃないですか。これはね、【私が好きにしていい】権利です」

「や、やめてあげて! この人は悪くないの!」


 恋人がディルの腕に巻き付く。ディルは言う。


「これのことですか?」

「え?」

「これです。これのことを言っているんです」


 ディルは頭に足を置いて、ぽんぽんと踏む。恋人は屈辱で顔を赤くしながら、頷く。


「よろしい。貴方たちがちゃんと自分たちが『これ』と分かっているなら」


 ディルはキシュタリアの頭から足を退く。同時に恋人がディルの背後からバッグを叩きつけようとした。ディルはそれを掴んだかと思えば──そのまま顔面に拳を入れた。がっ、と声を上げた女はふらふらとしながらディルを睨み付ける。


「あ、あんた! ただじゃおかないわよ……!」

「ああ、あなたも『これ』と同じ物体でしたね。ですが私は心優しい。ですので、女性に手荒な真似をしたくないのですが──」


 ディルの瞳が殺意に塗れたものへと変わる。



「──お前が今すぐ地獄に落ちたいというのなら、話は別だ」


 

 ディルは手の中に風の刃を作る。先程の威力を見せつけられたからこそ、キシュタリアと恋人は腰を抜かして退く。ディルは冷たい声で言う。


「何故恐れる? お前たちなど安いものだ。捨てるのも面倒なくらいだ。此処で細切れになればいい。ああ、掃除する人間には迷惑をかけるがな」


 殺伐とした空気にオークション会場が騒がしくなる。ディルから【赤】の暗号が送られる。おそらく銃器を持った警備兵が出てくるのだろう。ディルの予想通り、武器を手にした警備兵がディルを取り囲んだ。勿論、神子のディルであれば1人で簡単に始末できる量だ。だが神子と明かすことはできない。

 だからこそ──遠巻きに眺めるフリをしていたエルピスが、呟くように言う。


「【黒のエレメンツ】よ。この場の銃器を全て【無】くせ」


 瞬時に、警備が持っていた銃器が全て、忽然と無くなる。ディルは安全が確保されたのを確認すると、



「────警備隊ッ! 1人残らず確保しろ!!」



 通信機と共に叫ぶ。

 外で控えていた法務警備兵たちが中に入り、エルピスによって戦力を無くした兵たちを次々捕縛していく。拘束されていた人々は解放され、異常がないか確認されると護送車に乗せられていく。ただその中にいる──七才くらいの少年だろうか。恐怖で椅子に座ったままだった。エルピスはその少年に声をかけようとすると、それより先にディルが少年の前にしゃがみ、頭を撫でた。


「……安心しろ。もう大丈夫だ。悪い奴は俺が全員倒したからな」


 そう告げると少年は力を抜く。ディルは少年を抱き上げて、よく頑張った、と声をかけた。

 その優しい姿を見て、エルピスは思う。

 きっとディルは亡くした弟──リョクシールにも、あんなふうに愛を注いでいたんだ、と。

 少年とディルを見る。微笑むディルは優しい。


 それは喜ぶべき光景なのに、エルピスには、苦しいほど切なく映った。





ここまでお読み下さってありがとうございました。

よければ高評価、ブクマいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ